●Paul Romer, “Fish Proverb v2.0 (Bringing in Rules)”(July 29, 2009)
経済学の分野でおそらく何よりも重要なのは、「モノ」と「アイデア」の区別だろう。人口が多いほど、一人ひとりに割り当てられる「モノ」の数は減る。その一方で、人口が多いほど、新たな「アイデア」が閃(ひらめ)かれる――新たな「アイデア」を思い付く人が潜んでいる――可能性が高まって、利用できる「アイデア」の数が増える。これまでを振り返ると、利用できる「アイデア」の数が増えたおかげで、一人ひとりに割り当てられる「モノ」の数が減るというデメリットを補えてきている。かつてに比べると、一人当たりの(耕作可能な)土地(という「モノ」)の面積は減っているのに、一人当たりの食料の消費量は増えているのは、これまでに発見されてきた数々の「アイデア」が普及したおかげなのだ。
「アイデア」を対象とした経済学の研究の大半では、「テクノロジー」にばかり目が向けられてきた。しかし、「アイデア」という集合に含まれているのは、「テクノロジー」だけではない。「アイデア」という集合に含まれている別の要素である「ルール」に対して経済学者の目が注がれるようになるまでには、しばらく時間を要した。
魚釣りに関する格言(老子の言葉) [1] 訳注;「人に魚を与えれば一日で食べてしまうが、釣り方を教えれば一生食べていける」。を少し書き換えると、これから話題にすることの要点を簡潔に述べることができる。
人に魚を与えれば一日で食べてしまうが、釣り方を教えればどこぞの水界生態系が破壊されてしまう。
これまでの数千年を通じて、魚を釣るための「テクノロジー」――フック(釣り針)のついた釣り糸、網、トロール船などなど――が人から人へと伝わるのに伴って、水界生態系の破壊も進むことになった。漁場を守るために色んな「ルール」――例えば、漁獲可能な期間に縛りを設ける――が試されたが、うまくいかなかった。しかし、最近になって優れものの「ルール」が発見されて試されている。譲渡可能な漁獲割当制度がその一例だが、優れものの「ルール」のおかげで、自然環境のさらなる破壊を抑えつつ、魚を釣るための「テクノロジー」の恩恵を存分に享受することが可能となる。持続可能で効率的な漁獲が可能となる。にもかかわらず、優れものの「ルール」が試されているのは、世界中のごく一部の漁場に限られている。残念な話だ。
新しい「ルール」はどのようにして発見されるのだろう? 一旦発見された「ルール」が “どこで”/“いつ” 試されるかを左右する要因は何なのだろう? パレート改善を約束する(全員が得をする)「ルール」はあちこちで真似されてもよさそうなのに、必ずしもそうなっていないのはどうしてなのだろう? 社会科学者は、こういった一連の問い――「ルール」の革新(イノベーション)にまつわる問い――にもっと目を向けるべきだ。その一方で、新しいものを発見する人間の能力に対して楽観的な実務家は、「テクノロジー」の進歩だけでなく、「ルール」の進歩を後押しするためにも全力を尽くすべきだ。
「チャーター都市」構想のすごさは、「ルール」の革新と普及を促す可能性を秘めているところにあるのだ。
●Paul Romer, “Fish Proverb v2.0 (Continued)”(August 21, 2009)
ニューヨーク・タイムズ紙のこちらの記事で、大昔の人類が海洋生態系に及ぼした影響に関する最新の研究成果が紹介されている。一部を引用しておこう。
何万年も前の「狩猟採集民たちは、極めてシンプルなテクノロジーを使って、海洋生態系の破壊を積極的に進めていたのです」。
人類は、類まれな才能を発揮して、海洋から莫大な量のタンパク質を摂取するのを可能にする「テクノロジー」を次々と発見してきている。その一方で、海洋資源の乱獲や無駄使いを防ぐ「ルール」の発見(と実施)は遅々としている。
References
↑1 | 訳注;「人に魚を与えれば一日で食べてしまうが、釣り方を教えれば一生食べていける」。 |
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