MARKUS GOLDSTEIN “Cash transfers: beyond protection to productive impacts“(blogs.worldbank.org, February 12, 2014)
今日はなぜ現金給付 [1]訳注;資金を元に何らかの援助事業を行うというのではなく、直接的に現金を配るという援助方式。 を行うか(世銀の同僚らによる最近の議論についてはここを参照)や、その計り知れないほどの効果(無数の文献があるが、例えばここにあるバークの議論や、ここ[邦訳]のデヴィッドのものを参照)についてもう一度話すのではなく、それよりもとある一つの事業に焦点を当ててみたいと思う。この事業は、FAOとUNICEFの保護から生産へ(PtoP;from protection to production)という事業なのだけれど、これは多数の現金給付プログラムをアフリカでやっていて、農業や小規模ビジネスといった生産的活動に対する影響を評価している。
ここからもたらされている結果から、私は家計の農業とビジネスの成果を高めるにあたって現金は特定の場合においては良い選択肢だという結論を下すに至っている。でもその裏でこの事業が示しているように(そしてあらゆるところの研究が示しているように)、これはそうした成果にとって常に良い選択肢であるわけでは決してない。そこでもちろん次のような疑問が湧き上がる。じゃあどういった場合に有効なんだろうか、というものだ。ここではこの疑問に回答することはしないけれど、何が起こっているかを把握するにあたってPtoP事業からの証拠を見てみる価値はある。
マラウィの例から始めよう。マラウィの社会的現金給付プログラムの効果について調べた2つの論文がある。これは比較的大きな非条件付き現金給付 [2]訳注;子供をちゃんと学校へ通わせるなどの条件を付けて現金を給付する事業(CCT)と対照的に、無条件で現金を給付するもの。 で約14ドル/月を給付していて、これはこれらの共同体では十分位数で最下位の生活水準 [3]訳注;家計を生活水準で順番に並べて十等分したときの一番下の層 を平均にまで引き上げるに十分なものだった。対象となったのは貧困家計で、従属人口指数 [4]訳注;生産年齢人口とそれ以外の人口(子供と老人)の比率 、食料消費の低さ、資産の不足の組み合わせを使って、さらに追加的な共同体の対象化も組み合わせた。ランダム化を段階的に導入し、この2つの論文は幅広い生産的成果を調べている(注:彼らは少数の共同体を用いているのでバランスがあまり良くなく、これらの結果はランダム化によるDIDとマッチング推定の双方からもたらされることになっている [5] … Continue reading)。
どういった結果になっただろうか。Boone, et. al.(登録者しか見れないがここを参照)はこの給付が農業用具(クワ、鎌、斧)の所有を顕著かつ大きく上昇させ、鶏の所有もかなり大量に増えた(約50パーセント・ポイントの上昇)ことを示している。家計の大人たちは自分の畑での労働時間を増やす方向に動きつつ、他人の畑での臨時労働を減らしている。もう一方の論文、Covarrubias, et. al.ではヤギやウシの所有が顕著に増えていることが示されている。というわけでマラウィについては、私たちは労働パターンの変化と生産的資産の上昇を目の当たりにしているように思われる。
ザンビアに目を移すと、Seidenfeld and coによる論文が子供手当プログラムの効果について調べている。これも非条件付き給付で、対象とされているのは非常に貧しい地域、そしてその中でも5歳未満の子供がいる家計だ(このプログラムの開始当初、彼らは3歳以下の子供がいる家計を探した)。家計は約12ドル/月を給付され、これは家計の支出と比べると相当な額だ。Seidenfeld and co.はこのプログラムにあたって効果を調べるためにランダム(共同体)割り当てを使っている。
そしてその効果はかなり印象的だ。食料支出が増加して極度の貧困は5.4パーセントポイント下がっている。生産面での効果については、このプログラムはそれ以上に着実な形で大きな成果を上げている。作付されている土地は18パーセントポイント(34%)上昇し、生産費用への家計の支出が18パーセントポイント増えるとともに農業用具の所有も増えている。収穫高は基調線よりも50%上昇している(ただこれは10%有意水準でしかない)。家計は作物を販売する傾向を強め、販売によってより多くの収入を稼いでいる。農場以外に目を向ければ、家計は非農業事業を行う確率を17パーセントポイント高めるとともに、比較対象のグループと比べるとその操業はより長く続き、売り上げと利益も高い傾向にある。このような影響を見ると、一般均衡効果に関する疑問が湧き上がるはずだ [6] … Continue reading 。Thome and coが、Seidenfeld and coの報告書の一環として地域経済一般均衡モデルを用いたところによると、プラスのスピルオーバーが示されているように思える。
PtoPによる他の2つの論文は、それよりもより控えめではっきりとしない影響を示している。孤児と脆弱な子供のためのケニア現金給付プログラムの評価において、Asfaw et. al.は家畜の所有について多少の影響を示しているが、それは不均一効果まで調べた場合だけだ [7] … Continue reading 。ガーナにおける暮らしに力を与える反貧困プロジェクト(Livelihood Empowerment Against Poverty Program)の評価において、Handa, et. al.は生産的な効果が見られないとしている(この件については、現金給付の散発的な支払いがその原因の一つである可能性がある。)
というわけで、完全な勝利というわけではないのは確かだ。しかしザンビアのような特定の例においては、(私が以前のエントリで指摘したように)同じような額の平均的な農業やビジネスの発展プログラムが小さく見えてしまうほどに、とても大きな生産的効果が得られている。私たちにこれから必要なのは、どういったところで現金はうまくいって、どういったところでは何か別の方法が必要となるのかを調べるために、こうした教訓(とくにアフリカで)の積み重ねを始めることだ。その手始めとなるものの一つとして、これらのプログラムの対象となった様々な人口分布について検討をすることだ。ザンビアの例は本当に貧しい地域を対象としているけれど、幼い子供を対象としているために明らかにたくさんの生産年齢の大人を含んでいる。ケニアやマラウィのようなプログラムはその一方で、働いている大人が減少しているであろう家計を狙って対象としている。これは手始めとなるけれど、総まとめをするにあたっては単なる保護との比較における社会保護(もしくはその双方)のための現金給付について何を学ぶことができるかについても考えてみよう。
(本エントリは世界銀行のウェブサイト使用条件に従って掲載しています。The World Bank: The World Bank authorizes the use of this material subject to the terms and conditions on its website, http://www.worldbank.org/terms.)
References
↑1 | 訳注;資金を元に何らかの援助事業を行うというのではなく、直接的に現金を配るという援助方式。 |
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↑2 | 訳注;子供をちゃんと学校へ通わせるなどの条件を付けて現金を給付する事業(CCT)と対照的に、無条件で現金を給付するもの。 |
↑3 | 訳注;家計を生活水準で順番に並べて十等分したときの一番下の層 |
↑4 | 訳注;生産年齢人口とそれ以外の人口(子供と老人)の比率 |
↑5 | 訳注;事業の効果を測定する際には事業を行った共同体と行わなかった共同体の結果を比較する必要があるが、別の要因による影響を省くためには比較される共同体の条件が完全に同じになっている必要がある。そうした条件のそろった共同体を見つけて比較を行うのがマッチング、多数の共同体をランダムに抽出した上で二つのグループに分けてそのグループ同士を比較する(多数の共同体をサンプルにしたので全体としては条件が揃っているとみなせるという発想)のがランダム化によるDID。ここでは対象となった共同体の数が中途半端なので両方行っているという趣旨と思われる。 |
↑6 | 訳注;経済が均衡しているということを考えると、このプログラムのプラスの効果はどこか別の場所でそれを相殺するマイナス効果を生んでいるのではないかという疑問 |
↑7 | 訳注;対象となっている家計の条件は当然ながら各家計ごとに異なっている(不均一)ので、プログラムの実際の効果のほどは家計によって異なる。このケニアのプログラムではヒツジやヤギといった家畜を所有している小規模あるいは女性が家長である家計について効果が見られたものの、全体だけを見ると特に効果がなかったというもの。 |