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ミチェル・ホフマン, ジャンマルコ・レオン, マリア・ロンバルディ 『義務投票・投票率・政府支出: オーストリアからの実証データ』 (2016年10月30日)

Mitchell Hoffman, Gianmarco León, María Lombardi  “Compulsory voting, turnout, and government spending: Evidence from Austria“, (VOX, 30 October 2016)


 

近年、先進民主主義諸国では選挙参加率の低下が続いている。本稿は、義務投票が政府政策に及ぼす影響を検討することで、投票率の増加が公共政策の変化に直結するのか、この点を見極めようという試みである。オーストリアの実証データの活用を通し、義務投票は政府支出に然したる影響を与えるものではないこと、但し、歴史的に投票率が低い国では異なった結果が生ずる可能性があることが分かった。

選挙は民主主義の要である。しかし先進民主主義諸国の選挙参加率は過去50年に亘り着実に減少を続けており (図1)、Brexitレファランダムや最近コロンビアで執り行われた和平合意をめぐるレファレンダムなどの重要な選挙での記録的な低投票率に達した。Lipjart (1997) の示唆する様に、投票に現れない者に対する政府の処遇が不十分なものになってしまうのであれば、下降線を辿る投票率には政治過程に歪を引き起こす恐れが有る。事実、民族的マイノリティ・移民・貧困層はEUや合衆国における不投票者を過剰に代表しているとの由がこれまでに報告されている (例: Timpone 1998, Gallego 2007, Linz et al. 2007)。有権者と実際に投票に現れる者とのいびつな分布図は、配分的帰結にも広範な影響を及ぼしかねない。こうした問題意識が後押しとなり、投票率および選挙民構成の変化が公共政策に如何なる影響を及ぼすかを研究対象とする文献群が政治学および経済学で新たに成長してきた。例えばMiller (2008) は、20世紀初頭の合衆国における女性への参政権付与が、女性から比例逸脱的に選好される公共財である政府保険支出の増加に繋がったことを明らかにしている。同じ様に、より最近の研究でブラジルにおける電子投票システム導入の影響を調べたFujiwara (2015) では、シンプルで直感的に利用できる投票ステーションの導入が、ともかく事実上、文字の読めない投票権者への参政権付与の役割を果たし、これが保険支出の増加ならびに小児死亡率の減少に繋がったことが判明した。

図1 OECD諸国における平均投票率, 1950-2016

原註: 図は国際民主化選挙支援機構 [International Idea] からのデータを活用して著者が作成したもので、1950-2016年の各十年間にOECD諸国で執り行われた全ての任意投票選挙の平均投票率 (登録済み投票者における%で表示) を示している。オーストリア・カナダ・チェコ共和国・デンマーク・エストニア・フィンランド・フランス・ドイツ・ハンガリー・アイスランド・アイルランド・イスラエル・イタリア・日本・オランダ・ニュージーランド・ノルウェイ・ポーランド・スロバキア・スロベニア・スペイン・スウェーデン・スイス・トルコ・英国における議員選挙、およびフランス・韓国・合衆国における大統領選挙が対象である。なお合衆国はこれら諸国中で唯一、義務的有権者登録も自動的有権者登録も採っていない国であり、したがって投票年齢に達した人口層に対する投票者の%を投票率としている。

諸政府は投票率の引き上げに利用し得る様々な政策ツールを保持しており、例えば投票所数を増やす、代理投票ないしは不在者投票 [mail voting] 等々がこれに当たる。選挙参加率の低落に抗してよく用いられる方法に投票の義務化がある。現在のところ、何らかの投票義務を課す法律を持つ国は世界で18ヶ国 (図2を参照)。なお過去50年の間に義務投票 [CV] を執り行った経験のある国だとその数はさらに増加する (International Ideaを参照)。バラク・オバマ大統領すら2015年5月に合衆国における義務投票の導入を提案しており、「もし全ての人が投票すればその影響は革新的と言ってよいものになる。金の力に対抗するのにこれより有効なものはないだろう。全ての人が投票する、それだけでこの国の政治版図は一新する。投票を行わない傾向が有るのは若い人達、所得の低い人達であり、移民層やマイノリティ層にかなり強く偏っている…一部の人がこうした人達を投票から遠ざけようとするのには理由がある」  (CNN 2015) と論じたのだった。

スイス・ブラジル・オーストラリアといった互いに相異なる多様な国々における幾つか研究を通して、不投票に対する罰金がほんの僅かであったり、罰則執行水準が貧弱であっても、選挙参加率は義務投票下で有意に向上することがこれまでに判明している (Funk 2007, De Leon and Rizzi 2014, Fowler 2013)。しかしながら、Miller (2008) やFujiwara (2015) の研究で分析された諸政策と違って、義務投票が故に選挙一般への参加に誘導された投票権者の選好が、任意投票時における平均的投票権者の選好と有意に異なると考えるべき理由はアプリオリには存在しないのである。よって、義務投票を用いた投票率の向上が公共政策の変化に繋がるかどうかは定かでない。新たな論文で我々が取り組んだのはこの問題だ (Hoffman et al. 2016)。

図2  義務投票制をもつ世界の国々

出展: International Idea.

オーストリアにおける義務投票制と政府支出

その他数多くの国々と同じく、オーストリアでも投票への参加には社会経済的格差が見られ、貧しい人は富裕層よりも投票に足を運ばない傾向がある。高い選挙参加率を確保する為、オーストリア9州は第二次世界大戦終結以降、諸般の義務投票関連法律を設けてきた。興味を惹くのは、これら法律が様々に異なる時点で様々に異なるタイプの選挙に関して変転を辿ってきた点だ (図3)。投票棄権の妥当な理由を提示できなかった不投票者に対して罰金を科す責務を負うのは諸々の地方当局だが、実際にそうした罰金賦課を執行することは稀であり、不投票のエクスキューズもかなり広く、例えば病気・仕事上の都合・『その他の已むに已まれぬ事情』 といった程度でも容認してきた。ともかく事実上は、投票を怠ったことに対する懲罰の執行は極めて手緩いものだったのである。義務投票関連法律の在り方は様々な時期・州・選挙タイプ毎にバラツキが有り、おかげでこうした法律が投票率や選挙結果、またいっそう重要な公共政策といった要素に及ぼした影響を研究するには絶好の環境となった。

図3 オーストリアにおける義務投票制、1949-2010

原註: 棒線は、それぞれの州で義務投票による選挙が行われていた時期を示す。

議会選挙・大統領選挙・州選挙に関する行政データを活用し、我々は先ず投票率の比較を行った。義務投票関連法律の有る州・無い州の間、つづいて1949-2010年期間で義務投票関連法律を改変した諸州内部で、それぞれ投票率を比較したところ、義務投票制が投票率をおよそ10%増加させていたことが判明した。さらに、義務投票という制度は無関心層投票権者を投票所に引っ張り出すことで投票率を増加させる可能性があるとの仮説とも整合的な点だが、義務投票制が無効票の占める割合の上昇にも繋がっていたことも分かった。とはいえ、その推定値は極めて小さい。具体的に言うと、義務投票のために投票に動員された者10人につき、無効票1票を投ずる者は僅かに1.5人から3人だ。こうした結果は一連の頑健性チェックを経ても維持された。例えば、因果性の向きは逆方向で、州は投票率の低下に対処するために義務投票制を導入したのではないかといった懸念も在る訳である。本論文は、こうした懸念も本件には当て嵌まらなそうだと示している、つまり過去あるいは未来における義務投票制は現在の投票率と関連性していないのである。加えて、1992年における連邦レベルでの義務投票制廃止に州政府は全く影響力を持たなかったが、同廃止の効果に考察を限定しても、本結果は維持されることも我々は確認している。

1980-2012年の州支出内訳データを活用し、我々は義務投票関連法律が州レベルの支出に及ぼした影響を分析した。面白いことに、州固有ファクター・国家規模の年度固有ファクター・州レベルの支出トレンド分を調整してしまうと、義務投票関連法律の変化は州レベルの支出水準・構成の有意な変化に繋がるものではなかったと判明している。とりわけ、州レベルの支出額にせよ、行政支出・福祉支出・インフラ支出に対するそうした予算の割当比率にせよ、義務投票制の導入・廃止に伴う有意な変化は見られなかったことが本実証結果から明らかになっている。支出カテゴリをさらに細分化した場合であってもこのゼロ効果が持続していること、義務投票関連法律の改変はそれに先立つトレンドによって引き起こされているのではなさそうなこと、さらに州政府の主導によらない義務投票関連法律改変の一事例 (1992年における連邦レベルでの義務投票制廃止事例) を考察した場合でもなお同効果が存続することも、我々は明らかにしている。

義務投票が投票率に相当の影響を及ぼしながらも政策結果には全く影響しなかったのは一体どうしてなのか?

この問いに対する答えを求め、我々は義務投票が国民議会選挙ならびに州選挙の結果に変化を生み出したかどうかを調べた。観察されたゼロ効果の説明としては、義務投票制が故に投票に現れる人達の政治的選択が、平均的に見ると、任意投票制時に投票を行っていた者のそれと類似しており、したがって選挙結果に変化は生じないのだ、という説が在り得る。他には、中位投票者の選好に変化があり選挙結果に影響を及ぼすのであっても、コミットメント問題ないしエージェンシー問題のために政府支出に依然として影響が無いのだという説明も考え得る。これは第一の説と整合的な点だが、議会選挙と州選挙のどちらについても義務投票は右翼・左翼政党の得票率に全く影響を及ぼさないことが分かっている。さらに、政治的供給 [political supply] からの反応も全く無いようである – つまり公職獲得に向け選挙活動を行う政党数にも、勝利政党の付けた得票差やその得票率にも変化は無いのだ。

本論文の最後で、我々は以上の結果の背景に在るメカニズムにも光を当てている。1986年度および2003年度オーストリア社会調査 [Austrian Social Survey] からの個人レベルデータを活用しつつ、義務投票関連法律と投票者特徴の相互関係に注目することで、義務投票導入のために選挙民の構成がどの様に変化したかを調査した。(この2つの調査年度の間に位置する) 1992年に3つの州で見られた議会選挙における義務投票制の廃止事例を利用し、我々は義務投票が女性と低所得層の間で比較的大きな影響を持ったことを示す実証データを確認した。影響は政治への関心が薄い層、支持政党の無い層、情報量が相対的に不足している層 (これは新聞購読の習慣で代理した) でも比較的大きいようである。こうした結果は示唆的ではあるが、義務投票制の導入ないし廃止のために投票したり投票棄権したりする者は政策や政党に関して強い選好を持っておらず (平均的に言って)、したがって選挙結果に然したる影響をもたない或いは全く持たないとの説とも整合的である。付け加えれば、こうした投票権者の支援政党決定が政策に無反応であるなら、政党側にもこの様な投票権者の選好に合った政策を形成するインセンティブは無いかもしれない。

示唆

本結果は、義務投票という制度で投票率が向上するとしても、政府支出にまで有意な影響が出るとは限らないことを示す実証データを提供するものとなった。勿論、こうした結果はオーストリア固有のものである。とはいえ我々はこの結果は高い投票率を持つその他の先進民主主義諸国、例えばドイツやスカンディナビア諸国などにもかなり関連していると考えている。ただ、合衆国をはじめとする投票率の低いその他諸国に対してこの結果がどの様に外挿 [extrapolate] されるかとなると、こちらはそれほど明白とは言えない。

参考文型

CNN (2015), “Obama: Maybe it’s time for mandatory voting”, 19 March.

De Leon, F L L, and R Rizzi (2014), “A Test Tor the Rational Ignorance Hypothesis: Evidence from a Natural Experiment in Brazil”, American Economic Journal: Economic Policy 6 (4), 380-398.

Fowler, A (2013), “Electoral and Policy Consequences of Voter Turnout: Evidence from Compulsory Voting in Australia”, Quarterly Journal of Political Science 8 (2), 159-182.

Fujiwara, T (2015), “Voting Technology, Political Responsiveness, and Infant Health: Evidence from Brazil”, Econometrica 83 (2), 423-464.

Funk, P (2007), “Is There an Expressive Function of Law? An Empirical Analysis of Voting Laws with Symbolic Fines”, American Law and Economics Review 9 (1), 135-159.

Gallego, A (2007), “Unequal Political Participation in Europe”, International Journal of Sociology 37 (4), 10-25.

Hodler, R, S Luechinger, and A Stutzer (2015), “The Effects of Voting Costs on the Democratic Process and Public Finances”, American Economic Journal: Economic Policy 7 (1), 141-171.

Hoffman, M, G León, and M Lombardi (2016), “Compulsory voting, turnout, and government spending: Evidence from Austria”, Forthcoming, Journal of Public Economics. Barcelona GSE Working Paper 809.

Lijphart, A (1997),”Unequal Participation: Democracy’s Unresolved Dilemma”, American Political Science Review 91 (1), 1-14.

Linz, J, A Stepan, and Y Yadav (2007), Democracy and Diversity: India and the American Experience, 50-106.

Miller, G (2008), “Women’s Suffrage, Political Responsiveness, and Child Survival in American History”, Quarterly Journal of Economics 123 (3), 1287.

Timpone, R J (1998), “Structure, Behavior, and Voter Turnout in the United States”, American Political Science Review 92 (1), 145-158.

 


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