ラルス・クリステンセン 「アメリカ版ケインズ主義を取り戻す? ~トランプ政権のマクロ経済政策の行方を占う~」(2016年11月9日)

●Lars Christensen, ““Make America Keynesian Again””(The Market Monetarist, November 9, 2016) [1]訳注;原エントリーのタイトル “Make America Keynesian … Continue reading


本日のことだが、デンマークにあるラジオ局からドナルド・トランプ次期大統領の件で何かコメントしてくれないかと取材の申し込みがあって、トランプないしは彼が掲げている経済政策について何か称えるべきところはないかと問われた。「申し訳ないけど、他をあたってくれ」と断りの返事をしておいた。トランプという人物に称えるべきところなんて一切無いというのが私の率直な意見だからだ。

ドナルド・トランプという人物は、下劣極まりない人物だというのが私の評価だ。移民や貿易といったテーマについても、考えがまるっきり正反対だ。選挙期間中は、「大統領選挙の行方は、金融市場を大きく揺るがすような重大事じゃない」と折に触れて強調してきたが、(選挙が終わった翌日にあたる)今日のマーケットの反応を見る限りでは、その判断に間違いはなかったようだ。

マーケットの声に耳を澄ませる

共和党が上下両院で過半数を占めるだけでなく、トランプが次期大統領を務めることになるわけだが、そのことが経済に及ぼす影響についてマーケットはどう評価しているだろうか? 今日のマーケットの反応は、一体何を物語っているだろうか?

何よりもまず指摘しておくべきことは、マーケットは(トランプが勝利したという)今回の選挙結果をかなり冷静に受け止めているということだ。それもこれも、トランプは「公約」の多くを実現できない(あるいは、本気で実現する気がない)だろうと見なしているゆえというのが私の考えだ。トランプは、貿易や移民問題との絡みで奇天烈な「公約」の数々を口にしてきたが、大統領になったとしてもその中の多くは実現できそうにない(あるいは、本気で実現する気がない)というのがマーケットの判断なのだ。

次に言っておくべきことは、今回の選挙結果がアメリカの景気を悪化させる一因になることもないし、世界的な経済危機を招く一因になることもない、というのがマーケットの判断と見なして間違いないことだ。米国の株式市場も今日に入って持ち直しているし、ドル相場も過去24時間を通じてほとんど変化していないのだ。

共和党系ケインジアン

しかしながら、今回の選挙結果にかなり大きく反応したマーケットが一つある。債券市場だ。以下の2つのグラフをご覧いただきたい。

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10年物国債の利回り(10年物金利)の推移を跡付けたのが上のグラフで、2年物国債の利回り(2年物金利)の推移を跡付けたのが下のグラフだ。

10年物金利が(トランプの勝利が判明した後の)一夜の間に10ベーシスポイント(0.1%)近く上昇していることがわかる。かなり大きな反応だ。しかしながら、2年物金利の動きも同じく見逃せない。一夜の間に若干ではあるが下落しているのだ。

このことは何を意味しているのだろう? マーケットは睨(にら)んでいるのかもしれない。「トランプ大統領」は、「古いタイプのケインジアン」のように振る舞う可能性が高いということを。よく知られているように、トランプは、インフラを整備するために公共投資を増やすつもりだし、大規模な減税も実施するつもりだと「約束」している。共和党が上下両院で過半数を占めている事実も考え合わせると、その「約束」のうちのいくつかを履行するのは決して無理な話じゃないはずだ。

これまでの歴史を振り返ると、共和党出身の大統領が「ケインジアン」のように振る舞う例というのは珍しくも何ともない(大統領本人にとっては、「ケインジアン」というのが何を意味しているのかチンプンカンプンだとしてもだ)。共和党が政権を握っている(大統領が共和党出身である)時の方が、民主党が政権を握っている(大統領が民主党出身である)時よりも、公共支出の伸び率が高いのだ。以下のグラフをご覧いただきたい。

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第二次世界大戦が終わって以降の時期をひっくるめて考えると、共和党(GOP)が政権を握っている間の公共支出の伸び率は、民主党(DEM)が政権を握っている間の公共支出の伸び率を年あたりで0.25ポイント(0.25パーセントポイント)くらい上回っているのだ(左側のグラフ)。

連邦政府による公共投資(の伸び率)に目を向けると、違いがより鮮明になる。

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連邦政府レベルでの財政赤字の規模(対GDP比)に目を向けても、同様のパターンが確認できる。

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これまでの歴史を踏まえると、共和党出身の大統領は、民主党出身の大統領よりも、財政面で保守的かというと、そうとは言えないのだ。この面ではトランプ大統領もこれまでの共和党出身の大統領と変わらないだろうというのが、今日の債券市場の反応から伺えるマーケットの判断なのだ。

トランプ大統領は、何にお金を使う(何に公金を投じる)つもりなのだろうか? マーケットがどう予想しているかは容易にわかる。インフラ整備だ。トランプ本人も勝利演説で次のように語っている

「都市内部のスラム街の問題を解決するつもりだ。高速道路、橋、トンネル、空港、学校、病院の再建を図るつもりだ」。トランプの演説はさらに続く。「インフラを再建して、どこに出しても恥ずかしくない一級品のインフラを整えるつもりだ。インフラの再建に伴って、数百万人規模の雇用も生み出されるだろう」。

トランプのこの演説をマーケットがどう解釈したかを知りたければ、今日の銅の価格に目を向けてみるといい(以下のグラフを参照)。

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「ケインジアンの大統領」+「ケインジアンのFRB議長」=「サムナー批判」の不成立(No monetary offset)

トランプ大統領は、拡張的な(積極果敢な)財政政策に前向きに違いないというのがマーケットの判断のようであり、債券市場の反応はそのことを如実に物語っている。しかしながら、一夜の間に上昇したのは長期金利(10年物金利)だけであり、2年物金利は若干ながら低下しているという点は見逃せない。

2年物金利が若干ながら低下しているのは、なぜなのだろう? 拡張的な財政政策によって総需要が刺激されても、FRBは何もせずに放っておくに違いないとマーケットが睨んでいる証拠なのではあるまいか?

拡張的な財政政策が試みられる一方で、FRBが政策金利を据え置くようだと、金融緩和と同等の効果が生じることになる。拡張的な財政政策の影響で、均衡金利に上昇圧力がかかるからである。均衡金利の上昇にあわせてFRBが政策金利を引き上げなければ、政策金利が均衡金利を下回って、金融緩和と同等の効果が自動的に生み出されることになるのだ。

・・・というのが、政策金利が「ゼロ下限制約」に直面しているケースでのニューケインジアンモデルから得られる標準的な結論である(この点については、こちらのエントリーを参照されたい)。

いわゆる「サムナー批判」は成り立たないというのがマーケットの判断ということなのだろうか? 中央銀行が「インフレ目標」(あるいは「名目GDP目標」)の達成を本気で志しているようなら、拡張的な財政政策は総需要に何の影響も及ぼせないはずと説くのが「サムナー批判」である。その理由は、中央銀行が金融政策を引き締めて、拡張的な財政政策の効果を打ち消そうと試みるはずだからだ。拡張的な財政政策によって総需要が刺激されるのを放っておくと、インフレ率が高まって目標値を上回ってしまうおそれがあるのだ。

しかしながら、中央銀行が「インフレ目標」を達成する気がないのではないかとマーケット(ないしは国民)から疑問視されていたり、中央銀行が「インフレ目標」を達成できずにいるようなら、「サムナー批判」は必ずしも成り立たない。今はまさにそのような状況であるように思える。というのも、アメリカのコアインフレ率は、FRBが掲げる目標値を下回り続けているのだ。逆に言うと、拡張的な財政政策によって総需要が刺激されても、「インフレ目標」を達成する邪魔にはならないわけであり、それゆえにFRBは(拡張的な財政政策の効果を打ち消すために)金融政策を引き締める必要がないのだ。

「インフレ目標」を達成するために――言い換えると、総需要を刺激するために――、FRBが独力でやれることは色々あるのは言うまでもない。例えば、近いうちに追加利上げに動くのではないかとの観測を打ち消したり、インフレが再び低下しはじめるようなら量的緩和に再び踏み切ることも辞さないと匂わしたりと選択肢は色々とある。

しかしながら、FRBは「メンタル面」で問題を抱えているようだ。FRBのお偉方の大半は、政策金利をしばらく据え置く(“low for longer”)ことに伴う弊害を懸念しているようなのだ。量的緩和を再開するなんて以ての外(もってのほか)と考えているようなのだ。

言い換えると、FRBは自分で自分の手を縛っているわけだ。さらなる金融緩和という選択肢を自ら封じているわけだ。FRBのお偉方の間で財政刺激策を待望する声が上がっているのもそのためだ。FRBの複数の高官の口から、古いタイプのケインジアン流の財政政策(財政刺激策)の出番を求める声がここのところ相次いで上がっているのだ。

すべては今年の8月に遡るようだ。ジャクソンホール・シンポジウムでの講演(8月26日)で、ジャネット・イエレンFRB議長は次のように語っている。

金融政策以外ですと、財政政策も深刻な景気後退に立ち向かう上でこれまでに重要な役割を果たしてきました。景気の変動を和らげるために役立ちそうな財政政策の手段の候補は、いくつもあります。例えば、自動安定化装置の機能を高めるというのもそのうちの一つですし、景気後退の最中に州政府や地方政府に対する財政面での援助を増やすのも有効な策だと説く経済学者もいます。しかしながら、常に心にとめておかねばなりませんが、財政政策の面で何かを試みる場合には、長期的な「財政の持続可能性」を損なうことがないように注意するのも重要です。

最後になりますが、最も野心的な話題に目を転じたいと思います。社会全体の目標として、生産性の伸びを高めるための手段を探っていく必要があります。生産性の伸びが高まると、金利も全般的に上昇することになるでしょう。そうなれば、景気が悪化した時にFRBが金融政策を緩和する余地も広がることになります。しかしながら、それ以上に重要なのは、生産性の伸びが高まると、国民の生活水準も高まるということです。金融政策という狭い枠の外に目を向けると、生産性の伸びを高めるために役立ちそうな政策の候補として検討に値するものは、たくさんあります。いくつか例を挙げますと、教育制度の改善、職業訓練の充実、官民双方による資本投資(設備投資)や研究開発投資の促進、経済面・金融面・社会面での目標の達成を妨げない範囲で規制の重荷を和らげる等々です。

「官民双方による資本投資(設備投資)の促進」というのは、「インフラを整備するために公共投資を増やせ」ということだ。

8月以降に、FRBの高官の口から何度も何度も似たようなメッセージが語られるのを耳にしてきた。例えば、ニューヨーク経済クラブでの講演(10月17日)で、スタンレー・フィッシャーFRB副議長は次のように語っている

民間投資の促進、公共インフラの改善、教育の質の改善、規制改革。これらが組み合わされば、生産性の伸びも国民の生活水準も高まる可能性があります。

言い換えると、FRBの議長も副議長も二人とも古いタイプのケインジアンであり、ホワイトハウスにもう一人のケインジアン(の大統領)が新たに加わるかもしれないわけだ。

どういう結果が待っているだろう? インフラを整備するために大規模な公共投資が実施されるようなら、均衡金利が高まるだろう。そうなれば、FRBが利上げに踏み出す(政策金利を引き上げる)余地が生まれることになる(FRBがあれやこれやの理由から切に求めている僥倖だ)。とは言え、利上げされても金融引き締めを意味するとは限らない。利上げのペースが均衡金利の上昇ペースを上回らない(政策金利が均衡金利を下回っている)限りは、金融引き締めにはならないのだ。

このことが何を意味しているかというと、トランプ政権とFRBとの間で事実上の「ケインジアン同盟」が結ばれる可能性があることを指し示しているのだ。つまりは、来年(2017年)は金融政策も財政政策もどちらもが緩和スタンスに転じる可能性があるわけだ。そして、マーケットもそうなる可能性に薄々勘づいているようだ。

その証拠として、過去24時間の間に長期的な予想インフレ率(5年先5年物の予想インフレ率)がどんな動きを見せたかをご覧いただきたい。

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過去24時間の間に、長期的な予想インフレ率が0.25ポイント(0.25パーセントポイント)近く上昇しているのだ。

(インフラを整備するために大規模な公共投資を実施するつもりと約束している)ドナルド・トランプは、均衡金利を高める(政策金利が均衡金利を上回っている状態を解消する)のに手を貸すことによって、大幅な金融緩和効果を生み出しているのだ。ポール・クルーグマンは、トランプを愛すべきなのだ。

「サムナー批判」の反転攻勢:「ケインジアン同盟」が瓦解する可能性は?

ケインジアン流の財政政策が実施されて総需要が刺激されたら、その結果としてコアインフレ率が(FRBが目標値として掲げている)2%を上回るかもしれない。

そうなったとしたら、FRBとトランプ政権との間で結ばれる「ケインジアン同盟」が試練にさらされる可能性も十分あり得る。金融政策も財政政策もどちらもが緩和スタンスに転じる結果として、失業率が自然失業率を下回り、インフレ率(および予想インフレ率)が2%を超えて上昇を続けるようなら、FRBは遅かれ早かれ金融引き締めに転じなければならなくなるだろう。すなわち、今後のアメリカ経済は、ブームとその崩壊に翻弄される可能性があるわけだ。1年から2年はブームが続くものの、FRBが矢継ぎ早に利上げしてブームの息の根が止められる可能性があるのだ。

そうなったら、FRBとトランプ政権との間で激しい対立の火花が散ることになる可能性もある。トランプの気性と性格を考えるに。

これまでの話は、あくまでも大雑把な推測に過ぎない。とは言え、トランプ政権もFRBもどちらも同じポリシー・ミックス―――「拡張的な財政政策」&「緩やかなペースでの利上げ」(均衡金利を上回らない範囲で政策金利を引き上げる)――に乗り気で、今のところは利害が一致しているようでも、古いタイプのケインジアン流のストップ&ゴー型の政策が平穏無事な結末を迎えるとはどうしても思えないのだ。

「2017年はインフレの年」になる?

来年(2017年)は、アメリカ国内でインフレがこれまでになく上昇するかもしれない。そのような可能性を予想するというのは、私個人としては2008年以来一度として無かったことだ。そうなるのをいくらかは待ち望んではいるが、気になることもある。ルール重視の――「名目的な安定」の確保につながる――新たな金融政策の枠組みが採用される結果としてではなく、古いタイプのケインジアン流の政策(ストップ&ゴー型の総需要「管理」政策)に逆戻りする結果として、インフレが上昇しそうなのが気がかりなのだ。

(追記)今回のエントリーでの「ケインジアン」という用語の用法について、学究肌の真面目な(ニュー)ケインジアンの面々には申し訳ないと思っている。今回のエントリーでは、1970年代に試みられた――そして、壮大な失敗に終わった――類の総需要管理政策を是とする立場を指して「ケインジアン」と表現している。そのような「ケインジアン」もケインズ経済学の発想にヒントを得ていたわけだから、ケインジアンと表現しても間違いじゃないだろう。とは言え、現代のケインジアン――ニューケインジアン――も1970年代に試みられたような総需要管理政策に賛成しているかというと、そうとは限らない。

(追々記)今回の大統領選挙の件で、ジオポリティカル・インテリジェンス・サービス(GIS)にコメントを寄せたばかりだ。トランプが大統領になろうとも、「アメリカが世界で一番偉大な国であることに変わりはない」と考える理由を語っている。あわせて参照されたい。

(追々々記)続編となるエントリーを書き上げたばかりだ。あわせて参照されたい。

References

References
1 訳注;原エントリーのタイトル “Make America Keynesian Again”(「アメリカ版ケインズ主義を取り戻す」)は、トランプ陣営が大統領選挙で掲げていたスローガン “Make America Great Again”(「偉大なアメリカを取り戻す」)をもじったもの。
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