経済学は何を研究しているのか?

経済学者は何を研究しているのか? From VoxEU

Christopher Snyder,  ダートマス大学経済学部教授

2017年8月12日

 

概要: メディアが経済学にネガティブな光を当て続けているなか、我々の分野が一般層にどのように語られているのかについて再考する価値はあるでしょう。このコラムは、経済学の基本的な原理ですら多くの人々が可能だと考えているよりも広い範囲の問題を説明する力があって非経済学者を驚かせることができることを説明します。

カクテルパーティーの場で、あなたが経済学者だと誰かに知られたなら避けられない質問は、「株式市場はどうなるのかな?」です。素晴らしい質問ですよね。もし私が生まれた日に、その後のトップパフォーマンス株であったAltriaに両親が私のために100ドルを投資しておいてくれていたなら、私はミリオネアだったでしょうから。

もちろん、われわれ経済学者の大半は、株式市場について考えることに時間を費やしていません。

われわれが何をやっているかについてメディアにはメディアなりの常にポジティブとはいかない見解があって、われわれが未来を予言できないとか(Harford 2014)、現実の世界にちゃんと関わっていないとか(The Guardian 2017)、われわれが人間よりも数学を大切にしている(Smith 2015)とか批判されたりするわけです。経済学者として、どうやってこういうネガティブなステレオタイプと戦ったらいいのでしょう?たぶん、経済学者が考えている問題の幅広さと、それらについてどう考えているのかをより良く説明することででしょうか。What Are the Arts and Sciences? A Guide for the Curiousという本に収録された一章(Snyder 2017)のなかでわたしは最近、これを試みてみました。

簡単にいうと

簡潔な答えとしては、経済学は人々の物質的な厚生について、人生の「ビジネスサイド」に焦点をあわせた社会科学だというものがあります。人々はどうやって生活費を稼いでいるのでしょう。稼いだお金で彼らはなにを買うのでしょう?どうしたら経済は成長するのでしょうか?

それが始まりでした。ですが経済学の分野は拡大を続けてきており、他の社会科学との境界を曖昧にしてきました。たとえば、犯罪はかつては社会学者の、汚職は政治学者の独占的問題でした。しかし経済学者がこういった社会的問題も経済的インセンティブに反応するものであること、対処されずに放置されると生産的な経済を破壊しかねない事を理解するようになって、こういった問題も主流派経済学の一部となるようになりました。

アート・オークション

人生の「ビジネスサイド」からアート以上に離れているものはないと思うかもしれませんが、しかしこれもまた経済学者の研究の対象となっているのです。2015年、ピカソの「アルジェの女たち」、図1 [1]図1はこちらに載せていません。リンク先は「アルジェの女たち」の画像検索です。 の絵画ですが、これがアート・オークションでの最高価格の記録を破りました。経済学者はその筆使いの巧みさについては大した眼識もないでしょうが、国際的なオークションハウスであるクリスティーズで行われたこのオークションの結果については深い見識を持っています。

入札は激しいものでした。開始価格が1億ドルで、入札者たちはこれを落札価格となる1億8000万ドルまで10分で押し上げました。入札(ビッド)の上げ幅は100万ドルだったのですが、そのオークション中、何度か入札者たちは前の入札額を1000万ドルも上回り(ジャンプし)ました。

多くの人達にとって、この大幅なジャンプビッディングは謎です。1000万ドルも入札額が上がる前に他の入札者が諦めて、絵をより安く手に入れられる可能性を潰しているわけですから。一部の経済学者は、ジャンプビッディングは他の入札者たちを諦めさせるための戦略的行動ではないかと示唆しています。ライバルたちはお金を無駄にするのも厭わないほどこの商品を高く評価しいる誰かと競り合うのはバカバカしいと思うのではないかと考えてだろうと(Avery 1998)。

ジャンプビッディングはこのオークションの唯一の興味深い特徴ではありません。クリスティーズはなぜ8000万ドルや1億2000万ドルではなく、1億ドルを開始価格として選んだのでしょう?公開で価格を叫んで価格を競り上げていくかわりに、入札者が一度だけの秘密の入札をしないのでしょう?

理論的原理

経済学者が研究するトピックは雇用から、汚職、そしてアートまでに及びますが、あるコアのコンセプトはその考えたかの基本にあります。おそらくもっとも重要なのは希少性です。

リソースをあるプロジェクト、例えば糖尿病予防に使うということは、他の価値あるプロジェクト、たとえばガンの治療にそれを使えないということです。なのである選択を下すべきかどうか決めることについて経済学が述べることの一つは、プロジェクトの利益は単独で考えられるべきではなく、そのコストと比べて考えられるべきだというものです。コストは、ある選択がくだされて、他の選択が却下された時に諦めることになったものの金銭的価値です。

価値とはどのように決まるのでしょう?学者たちはこれについて長い間悩んできました。ただの装飾品でしかないダイヤモンドがこんなに高価なのに、人間の命にとって欠くことのできない水が公共の噴水で垂れ流されているのは何故なんでしょう?中世において、哲学者たちが公正価格論(just-price theory)を発展させました。これは価値というものはものに内在する特性であるとしています。この説によると、ダイアモンドが高価なのはその内在的な質が高いからであり、水はそうではないとなります。しかし、この説は満足のいくものではありません。この内生的な価値といいうものがどこからくるのか説明していませんし、文化や時代の違いによる価格の変化とも整合性がとれません。カール・マルクスは労働価値説を主張して、ものの価値はその生産に費やされた労働者の努力のことだと述べました。この労働説にも独自の問題点があって、1時間かけた抜歯は1分で済んだ抜歯よりも60倍も価値があるという具合の悪い結論になってしまいます。

こんにちでは、経済学者は一般に価値は内生的でも、なんらかの一つの要因によって決められるわけでもなく、複数の非個人的な市場の力の相互作用の結果であると考えています。水とダイアモンドのパラドックスは、図2にあらわされているような供給と需要の曲線を描くことで簡単に説明することが出来ます。売り手の行動は赤の供給曲線によってあらわされます。右上がりであることは、価格が高くなると既存の供給者がその活動を拡大したり、新規の供給者が市場に参入してくることで供給が増える事を意味しています。買い手の行動は青い需要曲線であらわされます。右下がりであることは、価格が下がると買い手がより多く購入しようとすることを意味しています。

図2 市場供給と需要

均衡は供給曲線と需要曲線が交差するところで決まります。その他の点においては、供給が需要を上回って、売り手が売れ残りを処分しようとして価格が下がるか、あるいは需要が供給を上回って、買えないよりはと買い手がより高い価格を受け入れる事で価格が上昇するかします。均衡価格P*がものの価値を決めるわけです。

このモデルを使うと、水とダイアモンドのパラドックスが簡単に解決できます。水の供給は豊富であり、需要曲線との交差はゼロに近い価格において起こります。この価格では、水は喉の乾きで人が死なないように使われるだけでなく、芝生での散水にも使われるわけです。それに対して、ダイアモンドは世界のわずかの箇所で採掘されるだけで、制約のあるその供給曲線は需要曲線と高い価格で交差するのでダイアモンドは非常に価値のある用途、たとえば結婚の誓いなどの為にとっておかれるわけです。

実証経済学における因果関係

その最初期のころから、経済学は理論的なものでした。哲学の一分野として出発したのです。ですが近年では、経済学の研究は、豊富なデータと強力なコンピュータによって実証の方向へとシフトしてきています。

現在の実証での経済研究の大きな躍進の一つが因果関係の識別です。明白に相関関係であるものを因果関係と間違ったりせずに、因果関係を見つけ出すことです。因果関係を見つけ出す事は経済学では難しいことです。実験をおこなう機会は、市場においてコントロールされた介入を行うことの費用とその倫理的問題により制限されています(研究室内とその外での実験への関心の爆発的増大によって、そういう機会は増えてはきているのですが)。

実験から得られたわけではないデータの中に因果関係を見出す為に、経済学者は上手い方法を編み出す必要があります。好みのやり方を選ぶわけです。ミクロ分野の経済学者なら、Dale and Krueger (2002)のやり方を選ぶかもしれません。より権威のある大学を出ていることがその卒業生の所得を上げるのかどうかについての研究ですが、この問題は、その両者の間の正の関係はより能力の高い学生がより良い大学に入学を認められる事からによるものだと説明しています。マクロ分野の経済学者ならRomer (1992)のやり方を選ぶかもしれません。これは大恐慌からの合衆国の回復にとって財政政策と金融政策のどちらがより役立ったのかについての研究です。これの難しいところは、経済状態がひどい場合、有益な政策もダメであるように見えてしまうことです。

株式市場へもどって

あなたが何をやっているのかの説明を辛抱強く聴いたでも、あなたの聴衆はたぶんまだ100万ドルの質問への答えを待っているでしょう。「株式市場はどうなるの?」もしかしたら私をミリオネアにしてくれていたかもしれない株、Altriaを思い出してください。Siegel (2005)によると、過去数十年においてトップパフォーマーです。Altriaが何を作っているか、興味がありますか?なにかハイテクの、多分、コンピュータか薬品関係というのが推測されるでしょうか。

Altriaはタバコを作っています。最近のスピンオフまで、Altriaはマルボロやその他のタバコブランドを作っているフィリップ・モリスの親会社でした。豊かな国々において喫煙が高い税金や規制により減少していく中、タバコ製造業がいい投資であるなんて信じがたいことです。

タバコの驚くようなパフォーマンスは株価についての有益な経済学的洞察を与えてくれます。平均的な投資家でも市場を上回る事ができると考えたくなるものですが、研究に次ぐ研究が、基本、そんな事はないと明らかにしてくれています。多くの株への分散投資と長期保有をするのが良いでしょう。

参照文献

Avery C (1998), ‘Strategic Jump Bidding in English Auctions,’ Review of Economic Studies 65: 185-210.

Dale, S and A Krueger (2002), ‘Estimating the Payoff to Attending a More Selective College: An Application of Selection on Observables and Unobservables,’ Quarterly Journal of Economics 117: 1491-1527.

The Guardian (2017), “How economics became a religion”, 11 July.

Harford, T (2014), “An astonishing record – of complete failure”, Financial Times, 30 May.

Romer, C (1992), ‘What Ended the Great Depression?’ Journal of Economic History 52: 757-784.

Siegel, J (2005), The Future for Investors: Why the Tried and True Triumphs Over the Bold and the New. Crown Business.

Smith, N (2015), “Economics Has a Math Problem”, Bloomberg, 1 September.

Snyder, C (2017), “What Is Economics?” in D Rockmore (ed.), What are the Arts and Sciences? A Guide for the Curious. Dartmouth College Press.

References

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1 図1はこちらに載せていません。リンク先は「アルジェの女たち」の画像検索です。
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