オセア・ジュンテーラ, マティアス・リーガー, ロレンツォ・ロトゥンノ 「食の貿易による体重増化: メキシコの実証成果」(2018年2月2日)

Osea Giuntella, Matthias Rieger, Lorenzo Rotunno, “Weight gains from trade in foods: Evidence from Mexico“, (VOX,  02 February 2018)


いまや肥満成人の過半数が見られるのは発展途上国である。本稿では、貿易が肥満におよぼす影響に関するメキシコ発の新たな実証成果を紹介する。本研究結果の示すところ、メキシコ諸州をとおしてみたばあい、合衆国から輸入した食品に占める不健康的食品の割合が1標準偏差分増加すると、個人が肥満である確率が5%ポイント増加する。世界中の発展途上国はその食品市場を工業化国に開放することで、自国において目下進行中の栄養転換 (nutrition transition) を加速させ、医療制度にたいし大きな将来コストを課している可能性がある。

肥満は、南半球諸国 (global south) について考えたとき真っ先に思い浮かぶ健康問題ではない。肥満と聞いて連想されるのはむしろ北半球諸国 (Global North)、とりわけ合衆国である (炭酸飲料・ファストフード・運動不足を想起されたい)。しかしこの社会通念はもはや時代遅れだ。いまや肥満成人 – 肥満度指数 (body mass index) が30以上の者 – の過半数は発展途上国に見られるのである (Ng et. al 2014)。南半球諸国はいま医療と栄養の転換期の真っただ中に置かれている (Popkin and Gordon-Larsen, 2004)。伝染病や栄養不足に (ゆっくりとした) 減少傾向が見られるなか、非伝染病や栄養過多が人口に蔓延しはじめている、それも極めて急速に。

肥満についてはさまざまな健康リスク (たとえば糖尿病や心血管疾患) や経済コストが知られている。このような知見を所与としたとき、南半球諸国の政策立案者は肥満比率が大流行というべき水準に達するのを防止するため何ができるだろうか? たとえば既にこうした転換期を通過した国の経験や、公共政策により馴致し得るような潜在的因子の調査をつうじて、なにか重要な教訓が得られるかもしれない。そうした取り組みにとって理想的なのがメキシコの事例である。同国のケースには既に数多くの議論の蓄積があるからだ。

肥満と貿易: メキシコの事例

1980-2012年にかけてメキシコの肥満率は10%から35%へと増加した (成人女性からなる本分析サンプルによる)。ただでさえ肥満傾向のあるOECD諸国のあいだでも、メキシコの順位は2015年の時点で第二位となっており、これを上回るのは合衆国ただ一国のみである (OECD 2017)。

人々の健康に関するこうした深刻な変化と時を同じくして、メキシコはもっぱら合衆国とのあいだで食品貿易に門戸を開放している。現在のところ、メキシコによる食品輸入の80%超はアメリカ産である。図1に示すのは、メキシコによる合衆国からの食品・飲料 輸入の継時的な推移である。全体的な食品輸入にも劇的な増加が見られるが、通例不健康なものと見做される食品の急増にはじつに目を見張るものがある。特に、2012年における 「調製品 (food preparations)」 の輸出が1989年の23倍になっている点は注目に値する。

図 1 継時的に見たメキシコによる合衆国からの食品・飲料 輸入

図2では、メキシコによる合衆国からの輸入について、それが健康的なものかそれとも不健康的なものかで分類している。なおその際利用したのは、合衆国農務省 (USDA: United States Department of Agriculture) の 「〔アメリカ人のための〕食生活指針 (Dietary Guidelines)」 である (たとえば、「濃緑色野菜 (dark green vegetables)」 は消費の増加が推奨されているが、「精製された穀粉および混合粉 (refined flour and mixes)」 は消費の抑制が推奨されている)。合衆国からメキシコへの輸出は1980年代以降両食品クループともに増加しているが、その増加は不健康食品のグループのほうが遥かに急速に進んでいる。

図 2 メキシコによる合衆国からの不健康的/健康的食品・飲料の輸入

このような傾向から自然と浮上してくるのは、合衆国産食品の消費が増えると肥満有病率が増加するという因果関係の疑いである (例: Jacobs and Richtel 2017, Rogoff 2017)。しかしながら、肥満と貿易の直接的因果関係を推定しようと試みる論文は、今日に至るまでまったく現れていない。

食品の貿易による体重増加を推定する

こでわれわれは新たなワーキングペーパーの中で、1988年から2012年までの期間のメキシコ諸州における個人の肥満確率にたいし、合衆国の食品輸出がおよぼした影響の定量化を試みた (Giuntella et al. 2017)。この目的を果たすため、数回にわたる身体測定サーベイ調査および家計支出サーベイ調査を、製品レベルの食品貿易データとマッチングさせている。なお本研究の主な成果は、長期にわたる本対象期間をとおしデータが利用可能であった、成人女性に基づくものである。

まず合衆国農務省による 「アメリカ人のための食生活指針」 を利用して食品項目を分別し、合衆国からの食品輸入に占める不健康的食品のシェアを計算した。つづいてこれら輸入食品の総計値 (健康的/不健康的) をメキシコ諸州に割り当てた。もっと具体的にいうと、食製品毎に見た過去の支出につき、貿易統合にさきだつ段階でメキシコ諸州のあいだに見られた違いを利用したのである。本識別戦略では、総合的貿易ショックは、時間-不変的変数ないし 「ベースライン」 変数からなる関数の形を取り、地方単位 (sub-national units) に不均一な影響を及ぼすものと仮定している (例: Dix-Carneiro and Kovak 2017, Autor et al. 2013)。メキシコ諸州のあいだには、肥満率および過去の食品支出パターンにつき相当な不均一性が存在することを、ここで指摘しておきたい。この点も本モデル化手法採用の動機となっている。

本実証モデルはさらに、州ならびに個人に関する一連の共変量 (州の共変量の例を挙げれば、食品価格・GDP・FDI・移住状況など)、ならんで州固定効果および州固有時間トレンドの分の調整も行っている。第二の実証戦略では、州レベルでの肥満率の長期的な差分を、ベースライン共変量の条件のもと、不健康的食品輸入の変化と関連付けた。メキシコにたいする合衆国の不健康的食品の輸出に、その他の国にたいする合衆国の輸出で対応するものを用いて操作変数的処理を加えた。また操作変数に代えて 「重力残差 (gravity residuals)」 を用いることで、不健康的食品の生産において合衆国がメキシコに有する比較優位の剔抉も試みた (Autor et al. 2013と同種の手法)。

食品貿易による体重増加を定量化する

さて結果だが、輸入シェアに占める不健康的食品の割合が1標準偏差分増加すると (14%ポイントの増加に相当)、肥満確率が約5%ポイント増加することが判明した。この効果はサンプル平均肥満率の18%に対応する。長期的差分モデルと操作変数推定値を用いた発見も、また重力残差を用いた発見も、定量的に類似しており – 何らかの信憑性のある因果的効果の存在を指し示している。

本主要発見は一連の頑健性チェックおよびプラシーボチェックを通過している:

  • 合衆国からの輸入品でも恐らく無関係なもの (たとえばアパレル製品) には肥満への影響がない。
  • 爾余の世界各国からの食品輸入と結び付いた効果は、小さくかつ有意でない。これは肥満に関して合衆国食品に固有の重要性があることを裏付ける。
  • 同様に、合衆国にたいするメキシコの不健康的食品の輸出は、肥満と相関していない。
  • 合衆国からの食品のうち最終需要として輸入されたものを利用したばあいも、類似のパターンが現われている。
  • 全体的な (健康的および不健康的を合計した) 食品輸入は、肥満と相関していない。これは 「不健康的」 と 「健康的」 の区別の重要性を引き立たせる。
  • 本主要成果はメキシコ諸州から各州を1つづつ除去したばあいにも頑健性を保った。
  • 結果変数として、肥満度指数を用いたばあいにも (分位点回帰による) 過剰体重を用いたばあいにも、類似のパターンが得られた。

健康格差と貿易

貿易ゆえの体重増加は社会経済集団により異なる。図3に示されるように、女性で教育水準の低い者は、より大きな貿易惹起型肥満リスクに直面している – 不健康的食品輸入への露出が平均的なメキシコの州では、この集団の肥満リスクは教育水準のより高い女性のそれを5%ポイント上回る。この差は該当州の貿易露出が14%ポイント (1標準偏差) 増加すると、8%ポイントにまで高まる。教育と貿易のあいだのこの交互作用効果は、州-時間 固定効果の組み入れ (つまり地方的な貿易露出効果のうち主だったものの消去) にたいしても頑健性を保った。この結果は、〈教育水準がより高い個人ほど、教育水準がより低い個人とくらべ効率的な健康投資を行う〉 というよく知られた仮説とも整合的である。この種の教育水準に由来する勾配 (gradient) は、個人の直面する不健康的食品の選択肢が多い食品環境ではさらに悪化する可能性がある (Mani et al. 2013, Mullanaithan 2011, Dupas 2011)。

図 3 教育水準が異なる集団のあいだの肥満リスク格差と、不健康的食品の輸入

所得・物価・嗜好 

合衆国の食品輸出がメキシコにおける肥満有病率に及ぼしている直接的影響が確認できたので、つづいて考え得るメカニズムの考察に進む。貿易は所得・物価・嗜好 (たとえば外国のライフスタイルや広告への露出をとおして) に影響する。これらのいずれも、観察された肥満への影響を駆動している可能性がある。第一に指摘したいのは、本研究における主だった効果が、州の一人あたりGDP・州ごとの食品総支出に占める不健康的食品の割合・健康的な財の不健康的な財にたいする相対価格、の分を調整しても頑健性を保っている点である。第二に、不健康的および不健康的な食品グループを対象とする需要方程式の推定をとおし、合衆国からの不健康的食品にたいする露出が全体的な支出の方向を不健康的食品に向け直していることが判明している。この観測されたシフトは実質所得および物価の分を調整しても頑健性を保っている (類似の実証戦略としてはAtkin 2013を参照)。換言すれば、合衆国との貿易はどうも、相対的に不健康的な食品に向かわせる方向で嗜好に作用しているようなのである。不健康的食品のバラエティの増加は需要を後押しする。こうしたパターンは、ベルリンの壁崩壊以降に東ドイツ人のあいだで見られた 「西側の (Western)」 食品に向かう消費シフトおよび体重増加とも軌を一にしている (Dragone and Ziebarth 2017)。

政策的含意

諸国民が貿易により得るところは大きい。しかし食品の貿易による体重増加や関連した健康面での損失は、概してそこでの等式から省略されてきた。世界中の発展途上国は、工業化国 – こうした国はえてしてより加工度が高く健康性の劣る食品に比較優位をもっているものだが – に向かって自らの食品市場を開放することで、自国で目下進行中の栄養転換を加速させている可能性がある。南半球諸国における将来の医療制度と経済にたいし、肥満が大きな負担を課すおそれがある。

そもそもの問題として、栄養転換の逆転はその緩和の試みより困難だと思われる。肥満と不健康的な食習慣はえてして執拗だ。そうした中でのメキシコの経験は南半球諸国にとって啓発的である。最優先事項とすべきは、栄養その他の健康問題を、食品貿易政策形成のうちに統合することだ [1]。そうした懸念こそ将来の貿易交渉アジェンダの上位を占めるべきなのである。

今回の発見は、健康的な輸入品と明らかに不健康的な輸入品との区別が、世界中で見られる肥満の長期的趨勢を遅らせる手掛かりとなる可能性を示唆する。

参考文献

Atkin, D (2013), “Trade, tastes, and nutrition in India”, American Economic Review 103(5): 1629-1663.

Autor, D H, D Dorn and G H Hanson (2013), “The China Syndrome: Local Labor Market Effects of Import Competition in the United States”, American Economic Review 103(6): 2121-68.

Colantone, I, R Crino and L Ogliari (2017), “Import competition and mental distress: The hidden cost of globalization”, mimeo.

Dix-Carneiro, R and B K Kovak (2017), “Trade Liberalization and Regional Dynamics”, American Economic Review 107(10): 2908-46.

Dragone, D and N R Ziebarth (2017), “Economic Development, Novelty Consumption, and Body Weight: Evidence from the East German Transition to Capitalism”, Journal of Health Economics (51): 41-65.

Dupas, P (2011), “Health behavior in developing countries”, Annual Review of Economics 3(1): 425-449.

Giuntella, O, L Rotunno and M Rieger (2017), “Weight Gains from Trade in Foods: Evidence from Mexico”, University of Pittsburgh Working Paper No. 17/010.

Jacobs, A and M Richtel (2017), “A Nasty, Nafta-Related Surprise: Mexico’s Soaring Obesity”, New York Times, 11 December.

Mani, A, S Mullainathan, E Shafir and J Zhao (2013), “Poverty impedes cognitive function”, Science 341(6149): 976-980.

McManus, T C and G Schaur (2016), “The effects of import competition on worker health”, Journal of International Economics 102: 160-172.

Mullainathan, S (2011), “The psychology of poverty”, Focus 28(1): 19-22.

Ng, M et al. (2014), “Global, regional, and national prevalence of overweight and obesity in children and adults during 1980-2013: a systematic analysis for the global burden of disease study 2013”, The Lancet 384(9945): 766-781.

Pierce, J R and P K Schott (2016), “Trade Liberalization and Mortality: Evidence from U.S. Counties”, NBER Technical Report No. 22849.

Popkin, B M and P Gordon-Larsen (2004), “The nutrition transition: worldwide obesity dynamics and their determinants”, International Journal of Obesity 28: S2-S9.

Rogoff, K (2017), “The US is Exporting Obesity”, Project Syndicate, 1 December.

原註

[1] 関連研究は製造業輸入品が労働者の健康に与える悪影響についての実証成果を提示している – たとえばColantone et al. (2017) およびこれと連関したVoxEU column、McManus and Schaur (2017)、またPierce and Schott (2016) を参照。

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