クルーグマン「フランスの格下げはイデオロギーによるもの」

Paul Krugman, “France’s Ideological Downgrade,” Krugman & Co., November 15, 2013.


フランスの格下げはイデオロギーによるもの

by ポール・クルーグマン

Richard Perry/The New York Times Syndicate
Richard Perry/The New York Times Syndicate

さて,スタンダード&プアーズがフランスの信用格付けを格下げしたわけだけど,ここから何がわかるだろう?

答え:「フランスについては大してわかんない」 格付け機関は,国の支払い能力について特別な情報なんてもちあわせちゃいない――とくに,フランスみたいな大国についてはなおさらだ.この点は,いくら強調してもしたりないくらいだ.S&P はフランスの財務状況について内部知識をもちあわせてたりするのかな? いいや.国際通貨基金なんかよりもすぐれたマクロ経済モデルをもってたりする? いやいやご冗談でしょう.

じゃあ,この格付けはどういうことなの? ここで,IMF によるフランスについての予測と,他の国についての予測を比べてみると有益だと思う.比較対象の国は,格付け機関からすばらしいお言葉を頂戴してる国,イギリスだ.下記のチャートをみてもらうと,World Economic Outlook Database から引用したデータを載せてある――2012年の現実の数字からはじまって,2018年までの IMF による予測値が続いている.

まず,1人あたりの実質国内総生産をみよう:これまでのところ,フランスはイギリスをずっと上回っているし,IMF の予想ではこの優位はこれからも続くとされている.

KRU-FRANCE-1115-2

次に,GDP比で見た債務をみてみよう:フランスの方がちょっとばかり債務が少なくて,IMF はこの差がちょっとだけ広がるだろうと予測している.

KRU-FRANCE-1115-1

じゃあ,どうしてフランスは格下げになったの? なぜなら,S&P によると,フランスが中期的な成長見通しを強化する改革を実行してこなかったからだそうだ.

それってどういうこと?

OK.薄汚れた秘密をもう一つ明かそうか.どの経済的な改革が経済成長を生み出すのか,そして,それによってどれくらいの経済成長が生み出されるのか.これについてぼくらは何を知っているだろう?――何をほんとに知っているだろう? 答え:大したことは知らない.欧州委員会みたいなところの人たちは,自信たっぷりに,構造改革やそれがなしとげるすてきなことについて語るけれど,その自信を裏づける明瞭な論拠はほんのわずかだ.フランス大統領フランソワ・オランドの政策がもたらす経済成長が,欧州委員オッリ・レーンが責任者になった場合にとる政策とくらべて,X.X パーセント緩慢なものになるのか――正確にはその差は 0.X パーセントだろうけど――ほんとに知ってる人なんているだろうか? いいや.

というわけで,もいちど聞こう.「この格下げはどこから出てきたの?」 失礼ながら言わせてもらうと,S&P が改革の欠如に不満を言うとき,実際に不満の対象になっているのはオランド氏が富裕層への課税を減税するどころか増税してる点,そして一般に彼が十分に自由市場万歳じゃない点なんだ.思い出そう.2ヶ月前,レーン氏がフランスの財政立て直し(実のところ模範的な立て直し)にダメ出ししたのは,フランスがセーフティネットの削減をせず,こともあろうに増税したからだ.

つまり,緊縮を進める動機がほんとは財政責任に関するものじゃないのと同じく,「構造改革」を推し進める動機もほんとは経済成長に関するものじゃあない.どちらの場合も,主な動機は福祉国家の解体にある.

S&P は完全に意識しながらこの福祉国家解体ゲームに参加してるわけじゃないのかもしれない.この手の界隈の内輪に入ると,ほんとは誰も知らないような事柄が,誰もが知ってる事柄に変貌してしまう.ともあれ,この格下げはフランスの状態にほんとに腐ってる部分があるという証明だと受け取らないでほしい.これは,正当化できる経済分析というより,イデオロギーの問題なんだ.

© The New York Times News Service


【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

意味のない評価

by ショーン・トレイナー

11月8日,格付け機関スタンダード & プアーズは,フランスの信用格付けを上から2番目の AA+ から AA に格下げした.これにより,フランスの信用度はベルギーと同水準,イタリアよりたった2段階上になった.

S&P は,この変更の理由をいくつか挙げている.そのなかには,欧州連合が設定している債務ガイドラインを満たすために,政府支出を削減するかわりに増税を行う意思決定をフランスが下したことも含まれる.また,スタンダード & プアーズは,フランスの失業率がずっと高いままになっていることで,将来の緊縮策の実施に対する国民の支持をむしばんでしまったとも述べている.S&P のアナリストによれば,そうした緊縮策はフランス経済の成長力にとって決定的に重要だとされる.

フランス当局は,この主張をしりぞけた.フランソワ・オランド大統領は,投資家達は同国に対する信用をなくしておらず,フランス債務に低い金利を提示しており,これは信用評価の結果としてほとんど変化していないと発言した.スタンダード & プアーズは,2012年1月にフランスの格付けを AAA から格下げしている――この変更のあとまもなく,他の格付け機関ムーディーズとフィッチもフランスの格下げを行った.ところが,この前回の格下げでも今回の格下げでも,フランスの借り入れコストが劇的に変わったりはしていない.

『ニューヨークタイムズ』に最近掲載された記事で,デイヴィッド・ジョリー記者は格付け機関と市場価格の新たな乖離を調査している.「今日,3つの格付け機関すべてから最高評価のトリプルAをつけられている主要国はほんの一握りしかない.そのなかには,ドイツ,ノルウェー,スイスが含まれる.」 だが,ジョリー氏はこう指摘する――格付け機関はかつての地位を失ってしまっており,「全世界的な金融バブルの最中,サブプライム・ローンをはじめとするリスクの高いローンを最高評価の金融商品に変えるのにウォール街が使っていた金融工学を可能にしたことで,格付け機関は広く批判を集めている.」ジョリー氏の報道によれば,金融サービス企業「ユニクレジット」のエコノミストをつとめるエリック・ニールセンは,フランスの格付けに関連する経済的副産物の可能性を否定している.

「要するに,プライド以外のいかなる観点でもこの格付けは無関係なのですよ」と彼はジョリー氏に語っている.

© The New York Times News Service

Total
0
Shares

コメントを残す

Related Posts