グローバルなインフレ上昇を理解する (2022年5月27日)

Luca Fornaro、CREIジュニア・リサーチャー、ポンペウ・ファブラ大学非常勤講師、Barcelona School of Economicsリサーチ教授

Federica Romei、ストックホルム商科大学助教、CEPR リサーチアソシエイト

原文リンク

[訳者注:訳文中の「流出」についてあるところでコメントをいただきましたので、少し説明を書いておきます。「流出」としているものの原文は”spillover”です。おそらく訳の定番は「波及」だと思うのですが、本当は国外に出て行ってほしくないものが出ていく事について使われている言葉なので、この意味を強調したくて「流出」にしています(と言いつつ「波及」の方も使っている箇所もありますが。)]

概要:パンデミック発生以来、世界全体で貿易財への需要が非貿易財であるサービスと比べて異例なまでに高まっている。このコラムはこの通常ではない需要パターンは、貿易財の不足によって世界経済をスタグフレーションへと追い込みかねないと主張する。貿易赤字の国は外国へ高インフレを輸出するので、貿易財の生産を増やしたり経常黒字を生み出す政策は良性のディスインフレとして作用する。フリーライドの問題故に各国の金融当局は協調の罠におちいり、過剰な失業率の上昇を招く可能性がある。エネルギー価格の高騰はこれらの影響を悪化させる。

Covid-19 不況からの回復においての際立った特徴はそのアンバランスさだ。世界全体で財への需要は旺盛なのだが、接触集約的なサービスに対する需要は低迷している(図1)。財は通常、国を越えて取引されるが、サービスの多くはそうでないことを考えると、世界経済は事実上、非貿易サービスから貿易財への需要の大きな再配分を経験していることになる。驚くような事ではないが、この世界全体で財への需要が例外的に高い今、財価格の上昇やグローバルサプライチェーンへのストレスも同時に起こっている(Eo et al. 2022)。

   図1 総消費支出に占める財・サービスの割合

データソースについてはFornaro and Romei (2022a)を参照

最近の論文(Fornaro and Romei 2022a)において我々は、この異常な需要パターンのマクロ経済的な意味を理解するための複数セクターを持つ複数国ケインジアンモデルを提出した。我々の分析は3つの問いを中心に組み立てられている。サービスから財への世界的な需要の再配分に対する最適な金融政策の反応はどういうものか?国際的な流出効果は世界の景気回復とインフレ見通しにどのような影響を与えるのか?国際協力からの利益はあるのか?

金融政策とインフレに対する構造主義的アプローチ

我々は貿易財と非貿易財であるサービスを生産する国々からなる世界を想定した。名目賃金は硬直的であるため金融政策は実物的な効果を持ち、需要の低迷による非自発的失業が発生しうる。我々は世界的な再配分ショック、つまりパンデミック時に見られた財への消費支出の割合の増加のような、サービスと対しての財への消費者の需要の一時的な増加を考察する。

我々の最初の発見は、サービスから財への需要のこのような再配分は世界経済をスタグフレーションに追い込み得るというものだ。簡単に説明すれば、需要の減少によりサービス業の企業が生産を減らし従業員の一部を解雇する、という事だ。失業率の上昇を抑制するためには、貿易財部門のインフレ率の上昇が必要となる。一方、物価の上昇は財部門の企業に労働者を増やして生産を増加させるよう誘導する。さらに、労働者が貿易財部門からより多くの所得を得るとともに、サービスに対する彼らの需要が高まる[1] Guerrieri et al. (2020)はCovid-19パンデミック期間中の部門間での需要補完性の役割を強調している。これの所得効果により、財価格の上昇はサービス部門の雇用も押し上げる。

最適な金融政策は、雇用の増加に対して高インフレのコストのトレードオフをはかるものとなる[2] … Continue reading。よって再配分ショックはコストプッシュ・ショックとして働き、インフレと失業を同時に増大せしめる。これらの結果はインフレの構造主義的な見方(Olivera 1964, Tobin 1972, Guerrieri et al.2021)と一致している。これは異なる部門間で労働者をスムーズに再配置するためにはある程度のインフレが必要であると主張するものだ。しかし、その研究は主に閉鎖経済に焦点を当てたものであるのに対して、我々はその国際的な意味合いに関心をもっている。

資本移動、貿易不均衡、インフレ波及効果

金融的に統合された世界では、国は世界から借金をして貿易赤字を出すことで、貿易財の消費を増加させることができる。実際、我々のモデルでは、貿易財の需要が最も大きく増加した地域が他の地域に対して貿易赤字を出すことで帳尻がつけられている。このことは、Covid-19不況からの回復期において、アメリカの貿易収支が悪化した理由を説明するのに役立つ。なぜなら、アメリカでは財の消費の増加が特に顕著であったからだ。

しかし、貿易赤字は国際的なインフレの波及を引き起こす。ある国が貿易赤字を出すとグローバル市場における貿易財の不足が深刻化して、他の国々においてインフレと雇用のトレードオフが悪化する。この経路を通じて、貿易財への需要が増加した国は高いインフレ率を国外へ輸出することになるのだ。

我々の研究は、最近のインフレの上昇、これは先進国間でほぼ同期していた(Forbes et al.2021)が、これにはグローバルな要因が重要な役割を果たしているという考えを公式化するものだ。またこれは、たとえばアメリカとユーロ圏の間などでの需要の相対的な強さを測るためにインフレ率の差を利用することに警告を発するものとなっている。米国の高い財需要とそれに伴う貿易不均衡が、ユーロ圏のインフレ率を引き上げてしまうからだ。したがって需要の違いを理解するためのより完全なアプローチは、インフレ率と貿易不均衡の組み合わせに注目するものとなる。

フリーライドと金融政策協調による利益

また我々は、各国の中央銀行の間にはフリーライダー問題があることも強調しておく。これは貿易財に対する世界的な需要が例外的に高い場合に起こるものだ。ある国が金融緩和を実施すると貿易財の生産が促進され、国外への純輸出が増加し、よって貿易財への世界市場での圧力が緩和される。世界の消費者が貿易財供給へのアクセスをより多く手に入れることができるようになるにつれ、非貿易財であるサービスへの需要が増加する。この経路を通じて、金融緩和は国内だけでなく、その世界のその他の地域での総需要と雇用をも押し上げる。

この国外への総需要の流出の存在は、各国の中央銀行が協調の罠に陥る可能性が高いことを意味する。理由は簡単だ。金融緩和に伴うインフレのコストは国内の主体が完全に負担する。需要や雇用の増加という利益は、しかしながら、部分的に世界の他の地域も享受することになる。よって各国の通貨当局には国外の金融緩和にフリーライドするインセンティブがある。これは国際協力がなければ、貿易財への需要が異常に高い時期に過度の失業につながりかねない事を意味する。

この結果は大きな貿易黒字をもつ国が引き起こす国際的な外部性の議論と関連している。世界的な需要が乏しいときには経常黒字は有害であると長く伝統的に論じられてきた。内需の弱さを海外に輸出するからだ[3]この考えが、長く黒字を続ける国への罰則という1941年のケインズの計画の基礎となっている。Fornaro and Romei … Continue reading。しかしCovid-19不況からの回復期のように貿易財に対する世界の需要が高いときには、状況は大きく異なることを我々は示した。この場合、貿易財の国内生産を、そして経常黒字を促進する政策は世界の財市場に対する圧力を緩和し、他の国々に対して良性のディスインフレをもたらす力として作用する。このように考えると、経常黒字は世界の需要が弱いときには抑制され、世界の供給が弱いときには促進されるべきものとなる。もちろん、この事は国際貿易の不均衡を規制する制度の設計を困難なものにしている。

世界経済におけるエネルギーショック

ロシアのウクライナ侵攻の影響もあり、世界のエネルギー価格は急速に上昇している。現在進行中の研究(Fornaro and Romei 2022b)において我々は、エネルギー価格の上昇が上記のすべてのスタグフレーションの働きを悪化させることを明らかにしている。高価なエネルギー価格は、実際、製造業の生産コストを上昇させ、世界的な貿易財の不足をもたらす。上で論じたように、貿易財が不足すると、中央銀行はインフレと雇用のトレードオフに直面し、貿易赤字は世界へとデフレを流出させ、金融緩和は諸外国へ正の需要流出をもたらす。大きな違いは、今回のケースでは、ロシアのエネルギーへの依存の為にユーロ圏が最も大きな影響を受ける地域となりそうな事、ゆえにECBはインフレ抑制と経済活動の維持の間で特に厳しいトレードオフに直面しそうだということだ。

参照文献

Eo, Y, L Uzeda, and B Wong (2022) “Goods inflation is likely transitory, but upside risks to longer-term inflation remain”, VoxEU.org, 29 April.

Fornaro, L and F Romei (2019), “The paradox of global thrift”, American Economic Review 109(11): 3745-79.

Fornaro, L and F Romei (2022a), “Monetary policy during unbalanced global recoveries”, CEPR Discussion Paper 16971.

Fornaro, L and F Romei (2022b), “Energy shocks in the global economy”, forthcoming.

Forbes, K, J Gagnon, and C Collins (2021), “Pandemic inflation and nonlinear, global Phillips curves”, VoxEU.org, 21 December.

Guerrieri, V, G Lorenzoni, L Straub, and I Werning (2020), “Viral recessions: Lack of demand during the coronavirus crisis”, VoxEU.org, 6 May.

Guerrieri, V, G Lorenzoni, L Straub, and I Werning (2021), “Monetary policy in times of structural reallocation”, University of Chicago, Becker Friedman Institute for Economics Working Paper No. 2021-111.

Olivera, J H (1964), “On structural inflation and Latin-American ‘structuralism’”, Oxford Economic Papers, 321-332.

Tobin, J (1972), “Inflation and unemployment”, American Economic Review 62(1): 1–18.

References

References
1  Guerrieri et al. (2020)はCovid-19パンデミック期間中の部門間での需要補完性の役割を強調している
2 モデルにおいては、インフレーションはエージェントに直接的な効用の損失をもたらす。これは、個人間での望まれざる再分配だとか、あるいは経済が物価安定の為のノミナルアンカーを失うリスクなど、高インフレに関連した様々なコストをとらえようとしたものだ
3 この考えが、長く黒字を続ける国への罰則という1941年のケインズの計画の基礎となっている。Fornaro and Romei (2019)において、我々はこの構想を明確化してこのようなダイナミクスが2008年の後の10年間において働いていたのではないかと論じた。
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