Gary Hufbauer, Euijin Jun,”Evaluating Trump’s trade policies“, (VOX, 29 September 2016)
常軌を逸脱しかつ潜在的危険性をもった政策提案によりドナルド・トランプは安定して新聞の見出しを飾っている。WTO脱退を仄めかすかと思えば、貿易協定の再交渉、メキシコと中国からの輸入に対する関税賦課など、彼の提案は様々だ。本稿では、法的・経済的側面からこうした提案に考察を加えてゆく。古い時代のものにせよ近代のものにせよ、法令のなかには合衆国大統領に以上の様な政策の施行を許してしまう可能性をもつものが在り、そこから合衆国経済に極めてネガティブな影響が出ることも考えられる。
アメリカの投票権者にとって、合衆国大統領という地位がもつ権限の過小評価 – 或いはラディカルな政策の手綱を握るためのチェックアンドバランス機能の誇張 – は、取り返しのつかない過ちともなり得る。
共和党大統領候補者ドナルド・J・トランプはこれまでWTO脱退 (Mount 2016)・北米自由貿易協定 (NAFTA) の再交渉 (Needham 2016)・メキシコと中国からの輸入にそれぞれ35% / 45%の関税賦課 (Johnson 2016) を仄めかしては、新聞見出しを飾ってきた。しかしトランプにはこういった威嚇を合衆国議会の同意無しに実行する権限が有るのだろうか? 裁判所のほうでも彼にストップを掛けるのではないか?
答えは単純で、大統領となれば、トランプはそうした権限を保持することになるだろうし、司法府により彼の取った法的措置が頓挫する可能性も低いのだ (Hufbauer 2016)。前世紀を通し、合衆国議会は大統領に対し、貿易およびその他の形態の国際通商の制限に係る権限を大幅に委譲してきた。念の為付言すると、最も関連性の有る5つの法規 (表1にまとめた) は上記のようなものとは異なる目的を念頭に制定されたものである。しかしそうした法律も依然として法典に残存し、大統領なら誰でも援用できる状態に留まっている。スカーリア裁判官が訓辞したように、法規解釈における最大の導きは法律文言それ自体であって、その歴史的文脈や立法審議過程ではないのだ。
トランプの貿易威嚇が実行に移された場合、事業会社やさらには諸般の州からの法的異議申立てが数多打ち寄せて来るだろうが、彼の行動はそうした法廷闘争を生き延びる公算が高い。付け加えれば、合衆国議会による抗議であっても、圧倒的多数 [super-majorities] がトランプの拒否権を乗り越えて当該法規の修正をする場合のほかは、殆ど効果が無いだろう。
法規は老衰で斃れることはない。そして今や齢も一世紀という老齢の御爺さん法が、1917年敵対取引法 [Trading with the Enemy Act of 1917] である。TWEAは大統領に対し、戦時中、国際貿易および資金流動の一切を制限し、外国資産の凍結または差押を行う権限を与えるものである。同権限の強力さには唖然とするほかなく – なんと同措置は軍事敵相手に限られてはいないのだ1。TWEAがひとたび援用されれば、如何なる外国通商も危機を免れ得ない。
さらに、殊TWEAの趣旨に関する限り、諸般の合衆国議会宣言および決議 [Congressional declarations and resolutions 2] を通して、合衆国は第二次世界大戦いらい常時戦争状態に在ったといっても過言ではないが、平和が邪魔になれば、1977年国際緊急経済権限法 [International Emergency Economic Powers Act of 1977] が大統領に対し、国家的緊急事態が続くあいだ貿易と金融に制限を課すことを許す。大統領による緊急事態宣言は端的に裁判所から疑義を受けない。外交政策目的で経済制裁を課すためにIEEPAを援用するのが大統領達の間で慣例となっているが、だからといってこの法規を自らの通商目的のために援用することからトランプ大統領を阻止するものは何も無いのである。
表 1. 大統領が外国通商の統制に利用できる法規のまとめ
原註: FTA = free trade agreement; MFN = most favoured nation; NAFTA = North American Free Trade Agreement
出展: Hufbauer (2016).
NAFTAには、書面による6ヵ月の事前通知をカナダ・メキシコに送付したのち同協定から脱退することをトランプに許す規定が在る。そうなれば合衆国議会と協議したうえで、彼は互恵性の不十分を主張し、メキシコに35%の関税を課すことが可能となる – 或いは国家的緊急事態を宣言したうえでIEEPAを援用するというのも在り得るが、こちらも結果は同様である。大統領トランプは同じ様にその他の自由貿易協定も破棄し得る。最も破局的なケースでは、WTOから脱退し、合衆国の最恵国関税をスムート・ホーリー法時代の水準に引き戻してしまうケースさえ起こり得るが、これは大恐慌 [Great Depression] 以来絶えてなかったことだ。
トランプもこうした措置はあまりに苛烈だと感じるかもしれないが、そうした場合はもう少し制約の有る冷戦時代の3法規を利用できる。第一の法規 [1962年通商拡大法] (232条(b)) は国防に対する危機が明らかとなった場合に輸入制限を課すことを大統領に許すものである。第二の法規 [1974年通商法] (122条) は合衆国の大統領に、巨額かつ深刻な国際収支赤字に対処するため、150日の間、全て若しくは一部の国に対し、最大15%の関税、若しくは量的制限の賦課を許す。第三の法規 [同法] (301条) は外国が合衆国の通商に不公正な形で制限を加えていると発覚した場合に、大統領が貿易措置などの報復的措置を実行すること許すもの。
合衆国の貿易措置によって被害を受けた場合、貿易相手国はトランプの行動に異議を申立て、WTOを通した補償を請求するだろう。しかし貿易相手国はWTOでの立証を待つまでもなく、端的に合衆国の輸出・知的財産権・投資筋を標的とした報復措置に打って出るかもしれない。
Noland et al. (2016) はトランプの提案する貿易政策が合衆国に及ぼす経済的影響を、3つの相異なるシナリオをスケッチしながら推定している。同研究はムーディーズ・アナリティックスに依拠しつつ、特に短期的経済ショックの評価を行うもので、メキシコ (35%) 並びに中国 (45%) といった合衆国関税障壁の劇的引上げから生ずる、GDP・雇用率・民間消費・部門/州/群レベルでみたその他数値の変化が算出されている。
第一シナリオは全面的貿易戦争であり、トランプの新関税を受けたメキシコ及び中国は、合衆国輸出に対する同等の関税を以て応酬する。第二シナリオは非対称的貿易戦争で、中国は合衆国からの特定の財・サービス輸出に対し報復措置を取り、メキシコのほうでは全ての合衆国輸出に最恵国関税を課す。第三シナリオは貿易戦争未遂であり、合衆国関税が一年間のみ一方的に賦課され、メキシコおよび中国も同じ期間だけ報復措置を取る。
図1 ベースライン状況・全面的貿易戦争・貿易戦争未遂シナリオ時の合衆国GDP予想, 2015-2026
全面的貿易戦争シナリオでは、合衆国のGDP成長率に十年間に亘る相当な減速が見られる (図1を参照)。合衆国経済が最も厳しい打撃を受けるのは2019年で、この年に消費は2.9%、投資は9.5%も落ち込み、失業率は8.4%に達する。2019年の民間部門雇用ではほぼ480万近く職が無くなるが、これはベースライン状況の民間部門雇用を5%以上も下回る。最も強く影響を受けるのは高速ドライブおよびギア製造部門であり、雇用は10.2%も落ち込む (表3を参照)。しかしながら、絶対的雇用喪失数の観点から言うと、卸売および小売貿易・レストラン・ヘルスケアなどの部門で最も多く労働者が切り捨てられている。州レベルの影響の観点では、ワシントン州が最も強烈な打撃を被り5%の雇用喪失となり、これにカリフォルニア州・マサチューセッツ州・ミシガン州が続く (地図1を参照)。郡のなかで最も強烈な打撃を受けるのはロサンゼルス郡で176,000の雇用喪失、これにコック郡 (シカゴ州) における91,000の雇用喪失が続く。
表 2. 全面的貿易戦争および貿易戦争未遂の結果として生ずる一部マクロ経済変数の変化予想, 2017-2026
出展: Noland et al (2016).
表3. 全面的貿易戦争によって最も被害を受けると予想される部門
出展: Noland et al (2016)
非対称的貿易戦争シナリオでは、中国は合衆国からの航空機輸入 (ボーイング機) を取止め、合衆国企業から購入するサービスを減らし、合衆国大豆の輸入に終止符を打つものと想定されている。中国の航空機購入取止めは179,000の合衆国雇用喪失を引き起こす可能性が有り、とりわけシアトル市-タコマ市-エバレット市の連なりやウィチタ市などの都市部への影響が懸念される。中国による合衆国企業サービス購入の減少のほうも85,000の合衆国雇用喪失を引き起こしかねず、その場合ロサンゼルス郡が最大の被害を受ける。中国の大豆輸入取止めは、ミシシッピ州・ミズーリ州・テネシー州・アーカンソー州の田園地帯における雇用を崩壊させる恐れがある。
地図 1. 州毎に見た民間部門雇用喪失パーセンテージ
出展: Noland et al (2016)
貿易戦争未遂シナリオとなると、経済的ダメージも幾分和らぐ。考え得る3つのアウトカムとしては、サプライチェーンの中断・金融市場の混乱・消費財の枯渇が挙げられる。合衆国民間部門雇用はこのシナリオでは一時的に130万の雇用喪失を被ることになる。
以上のシナリオを考慮すると、旧来および近代の諸法規がトランプ大統領に合衆国経済を織り成す国際的要素を、合衆国議会の同意を何ら要せずしかも裁判所からの有効な異議申立てもないままに、破棄することを許してしまう恐れがあり、これは全く悩ましいかぎりである。現在の大統領選キャンペーンを見る限り、合衆国議会は外国通商規制に関して自らが有する合衆国憲法上の権限の投げ売りを改め、適切な修正案を以て前述の諸法規の効力を狭めてゆくべきだろう。
参考文献
Hufbauer, G C (2016) “Could a President Trump shackle imports?” In Assessing trade agendas in the US Presidential campaign, PIIE Briefing 16-6, Washington: Peterson Institute for International Institute, September.
Johnson, S (2016) “Trump’s tariff proposal would gut US export jobs”, Boston Globe, 26 June.
Mount, I (2016) “Donald Trump says it might be time for the US to quit the WTO”, Fortune, 25 July.
Needham, V (2016) “Trump says he will renegotiate or withdraw from NAFTA”, The Hill, 28 June.
Noland, M, S Robinson and T Moran (2016) “Impact of Clinton’s and Trump’s trade proposals” in Assessing trade agendas in the US Presidential campaign, PIIE Briefing 16-6, Washington: Peterson Institute for International Institute, September.
原註
[1] フランクリン・ルーズベルトは銀行業務休止 [a bank holiday] の宣言を行う際に、リンドン・ジョンソンは対外直接投資の制限に、またリチャード・ニクソンは10%の輸入課徴金賦課に、それぞれTWEAを利用しており、当該大統領権限範囲はこうした例を以て知ることができる。 [2] 合衆国議会の対イラク・アフガニスタン戦争決議は今現在有効であり、裁判所はTWEA援用の目的に関しては行政部門のシリア・イェメン・その他標的に対する軍事行動を以て十分と見做すかもしれない。