英『エコノミスト』誌は世界で最良の雑誌だと思っている.だからこそ,こんなにしょっちゅう引き合いにだしてるわけだ.最近,2回ほど,『エコノミスト』で信条ベースの推論の事例を見かけた.まず,最近の日本の景気回復について書かれた記事:
日本経済のひどい失調はあまりに長引いてしまって,回復のきざしを探そうとすることもやめてしまった人が多い.それでも,じっくりみてみると,たしかに回復のきざしはある.何年も金融・財政の大規模な刺激策を続けてきたことで,いくらかの効果がもたらされているようだ.失業率は 3% を下回っているーーこの23年でもっとも低くなっている.それに,賃金も上昇しつつある.少なくとも,非正規労働者の賃金はあがっている.物価もじわじわと上昇している.とはいえ,日本銀行の 2% インフレ目標にはまだまだ遠い.
ほほう,大規模な刺激策ですか? 大規模どころか,アベノミクスでは財政政策の急激な縮小がなされている.その大半は,全国的な消費税増税によるものだ.財政赤字は劇的に縮小しつつある.たしかに,1990年代や2000年代序盤は財政政策が拡張的だった.だが,その時期は,先進国のなかでも総需要の実績が最悪となった19年間におそらくは重なる.この1993年から2012年までの期間に,名目 GDP は下降しつづけた.日本の名目 GDP が息を吹き返したのは,2013年のはじめになってのことだ.
次に,ビットコインの記事でこんな見出しが踊っているのに出くわした:
狂熱と狂乱と当初のビットコイン値付け暗号コインをめぐる熱狂は,バブルのイカレた側面とそれほどイカレていない側面の具体例をみせてくれる
バブルの具体例になるどころか,ビットコインほど完璧にバブル仮説を反証してしまうものはそうそう見つからない.それなのに,『エコノミスト』はビットコインをバブルの見本だとみている.
思い出そう,2012年にビットコインが12ドルで取引されていた頃,『エコノミスト』はすでにこれをバブルと呼んでいた:
こうした興味深い特性があるために,ビットコインはコモディティ通貨であると同時に不換紙幣でもある存在になっている(ビットコインをつくりだすことを「マイニング」と呼ぶ.ひとえに,そうやって生まれたコインを人々が受け入れているからこそ,ビットコインは価値をもっている).だが,ビットコイン推進者たちはビットコイン・バブルに火をつけてしまった.この通貨が立ち上げられてまもなく,こう主張するあれこれの文章がインターネットに拡散していったーー「ビットコインはハイパーインフレから財産を守ってくれる」「アーリーアダプターはひと財産築けるぞ」 人気のオンラインビットコイン取引所マウントゴックスが蓄積したデータによれば,ビットコインの対ドル価格は,2010年に単位あたりほんの数セントだったのが,2011年6月には30ドル近くのピークに達した(グラフ参照).不可避の事態として,ビットコインはそのあと崩壊し,2011年11月には2ドルでビットマイニングされている.
「不可避の事態として」? 『エコノミスト』の記者たちは,恥というものを知らないんだろうか? 2012年にビットコインを買っておけば,いまごろぼくはとんでもないお金もちになっていただろうに,『エコノミスト』はとんだ邪魔をしてくれた.それだけでもわるいのに,2012年に「バブルだ」と投機的にまちがった見立てをしたあとにも,彼らは同じ予測を毎年毎年なんども繰り返した.ビットコインは,明日にも99パーセント下落しておかしくはない.もしそうなっても,『エコノミスト』のバブルという見立てが完全に間違っていたことには変わりない.どうかお願いだから,資産価格を予測しようとするのをやめてほしい.ぼくは,投資のヒント目当てに『エコノミスト』を買ったりしない.
2009年(このブログをはじめた年)から1日また1日と過ぎていくにつれ,EMH〔効率的市場仮説〕を否定する4つの論はますます弱く見えるようになっていく.ナスダック5000? 6700を超えたばかりじゃないか(実質で見ればだいたい 5000).住宅価格? また急上昇しつつある.ヘッジファンドや大学の資産運用が市場を出し抜いてる? もうそんなことはなくなってる.ビットコインが30ドルでバブル? そんな値段で買えるところがどこにある?
とはいえ,こんなことはどれも問題にならない.「財政刺激がなされている」「バブルがおきてる」と人々が信じるのは,べつに事実を見てのことではない.証拠はその手の説を強く反証している.そうではなく,価格が急上昇すればいかにもバブルっぽく思えるし,大きな政府がいろんなプログラムで経済を後押ししてるっぽく見えるのだ.こうして,どれほど多くの否定的な証拠が積み上がっていようと,人々はこうした神話を信じ続ける.
PS. さらにひどい話.ついにビットコインの価格が急落すると(およそ変動のきわめてはげしい資産価格はいつかそうなる),バブルを信じ込んでいる向きは「やっぱり自分の説はずっと正しかったんだ」と考える.それまでずっと自分が間違い続けていたことは一顧だにしない.
救いようがない.