●David Beckworth, “Monetary Policy Ended the Great Depression…”(Macro Musings Blog, November 25, 2008)
大恐慌を終わらせたのは、財政政策ではなく金融政策。1992年にJournal of Economic History誌に掲載された論文(pdf)で、クリスティーナ・ローマー(Christina Romer)はそのように結論付けている。どうしてローマーの論文をわざわざ引っ張り出してきたかというと、タイラー・コーエンがこちらのエントリーで言及しているからだ。アレックス・タバロックとエリック・ローチウェイ(Eric Rauchway)、それにポール・クルーグマンらを中心として、ニューディール政策をめぐって激しい論争が繰り広げられている最中だが、コーエンがローマーの論文に言及したのもその渦中でのこと。遅ればせながらではあるが、ローマーの論文の内容についていくらか詳しく掘り下げることで、私も論争に一枚噛ませてもらいたいと思う。
ローマーの発見をまとめると、次のようになるだろう。財政政策は、1930年代の前半から中盤にかけてだけではなく、1942年の段階においても、これといって重要な役割を果たさず仕舞いだった、というのがまず一つ目の発見だ。この発見は、第ニ次世界大戦に伴う財政政策 [1] 訳注;軍事支出こそが大恐慌を終わらせたとする、よく聞かれる見解に疑問を投げ掛けるものである。次に二つ目の発見だが、大恐慌を終わらせた要因は、1930年代の中盤ならびに後半に生じた「マネタリーな動向」にあるというのがそれだ。この点については、ローマー本人の言葉を引用するとしよう。
「アメリカ国内のマネーサプライは、1930年代の中盤ならびに後半に、急速な勢いで増えることになった。その理由は、アメリカ国内に大量に流入してきた金が不胎化されなかったためである。1930年代の後半にアメリカ国内に金が大量に流入してきた主たる理由は、ヨーロッパにおける政治情勢に求めることができるが、金の流入が一番激しかったのは、1934年にルーズベルト政権が平価切り下げに踏み切った直後のことであった。つまりは、アメリカ国内に金が大量に流入してきたのは、(ヨーロッパにおける政治情勢という)「歴史上の偶然」の結果でもあり、(1934年の平価切下げという)「政策」の結果でもあったということになる。それに加えて、金の流入に伴うマネーサプライの拡大を容認する(金の流入を不胎化しない方針に切り替えた)決定も、少なくともある面では、それ自体独立した一つの政策(政策上の選択)であった。(金の流入を不胎化せずに)金準備の増大が続けば、それに伴って、低迷中の経済が刺激されるに違いない。そのような期待を抱いて、ルーズベルト政権は金の流入を不胎化しない方針に切り替えたのであった。」(pp. 781)
つまりは、事実上の(de facto)金融緩和こそが、1933年~37年の景気回復に加えて、1938年以降の景気回復をもたらした原因というわけだ。
以上の発見にさらに肉付けするために、「拡張的なマクロ経済政策が仮に試みられていなかったとしたら、どんな展開になっていたと予想されるか」を問う反実仮想的な(counterfactual)検証にも乗り出されている。つまりは、実際に実質GDPが辿った経路(実線)と、仮に拡張的なマクロ経済政策が試みられなかったとした(仮想的な)場合に実質GDPが辿ったであろう経路(点線)とが、比較されているのである。これら二つの経路の差は、対象となる期間中に試みられた拡張的なマクロ経済政策の重要性(インパクトの大きさ)を表すことになる。まずは、財政政策のインパクトから見てみることにしよう。
二つの経路の間には、これといった差が見られないことがわかるだろう。つまりは、1942年の段階においてさえも、「拡張的」(「景気刺激的」)と形容し得るような財政政策は手掛けられなかったわけである。
次に、金融政策のインパクトを見てみることにしよう。
二つの経路の間には、大きな違いが見られることがわかる。ローマーは次のように結論付けている。「仮にマネーサプライの伸びが過去の趨勢 [2] 訳注;過去の趨勢=1923年~1927年までのマネーサプライ(M1)の伸び率(年率)の平均。ちなみに、その値は2.88%。と変わらないようであったとしたら(マネーサプライの伸びが過去の趨勢を上回らないように抑えられていたとしたら) [3] … Continue reading、1937年においては、実質GDPは実際よりもおよそ25%ポイント低い水準にとどまり、1942年においては、実質GDPは実際よりもおよそ50%ポイント低い水準にとどまる結果になっていたことだろう」。
「第ニ次世界大戦が大恐慌を終わらせた」とする説の真偽を巡る議論は、これでおしまい。・・・といきたいところだが、第ニ次世界大戦は、通常語られるのとは異なったかたちで、大恐慌を終わらせることに貢献した可能性がある。この点についてローマーは次のように述べている。
「しかしながら、ブルームフィールド(Arthur Bloomfield)やフリードマン&シュワルツの分析が示しているように、ヨーロッパの国々が戦争に乗り出すのに伴って、アメリカ国内のマネーサプライは急速に増大することになった。その理由は、戦争に揺れるヨーロッパの国々から資本逃避が生じて、アメリカに向けて金が大量に流入するに至ったためである。戦争は、このような経路を通じて、アメリカ国内のマネーサプライの急増をもたらし、その結果として、1938年以降のアメリカ経済の回復を後押しすることになった可能性がある。つまりはこう言えるだろう。第ニ次世界大戦は、アメリカにおける大恐慌の終息を手助けした可能性がある。ただし、戦争に伴う景気刺激効果は、財政政策という形態を通じてではなく、マネタリーな動向への影響を介して生じたのである。」(pp. 782)
「金融政策は大事」(monetary policy matters)ということが、改めて思い起こされようというものだ。
(追記)一つだけはっきりさせておかねばならないことがある。ローマーが言わんとしていることは、「財政政策には、景気を刺激するだけの力が備わっていなかった」ということではない。ローマーの真意は、「あの当時、財政政策(拡張的な財政政策)はそもそも試みられてさえいない(景気を刺激するための手段として、積極的に利用されずに終わった)」というに過ぎない。この点について詳しくは、マーク・ソーマのエントリーを参照されたい。
0 comments