悲しいけど,警告されてたことなんだよね.
関税でアメリカ経済が下水に流されようかというときにすら,トランプ政権は他にも愚かなことをやっている.関税ほどハデに愚かではないけれど,もっと長期的にもっと暗い帰結をもたらしうる愚行だ.先日,トランプ政権はキルマル・アブレゴ・ガルシアというエルサルバドル人男性を無実の罪で逮捕して,エルサルバドルの刑務所に送り込んだ.犯罪の告発もなく裁判もなしで,だ.あとになって,政権はガルシアの逮捕が過誤だったと認めた――ガルシアは強制送還からの保護が裁判所によって与えられたけれど,トランプの配下たちはそれでも彼をふんづかまえた.
それから数日後,トランプ政権がアブレゴ・ガルシアがアメリカに戻るのを「促進する」ようにとの下級裁判所の命令を,最高裁判所は全員一致で支持した.当初,トランプは最高裁判所の判断を尊重すると発言していた.ところが今日になって,トランプは方針を変えて,自分の政権にはアブレゴ・ガルシアをアメリカに帰還させる権限がないと宣言した.ホワイトハウスの大統領執務室でトランプと会談したブケレ〔エルサルバドル大統領〕もまた,自分の政権にはアブレゴ・ガルシアを帰還させる権限がないと主張している.ブケレはすでに数人をアメリカに帰還させているのを考えると,彼がたんに嘘をついているのか,アブレゴ・ガルシアがすでに死亡しているのか,疑問がわくところだ.
みんな,この件にふるえあがってしかるべきだ.理由はいくつもある.
第一に,わかりきった理由がある:トランプは無実の人たちを逮捕して外国の拷問牢に送り込んでいる.おそらく,彼らは死ぬまでそこから出られない.ブルームバーグの報道によれば,そうやって強制移送された人たちの約 90% は,アメリカでまったく犯罪歴がなかったし,その大半はなんらかの罪状で告訴されたことがない:

なかには,(ギャングと無縁の)タトゥーを彫っているからというだけで逮捕された人たちもいる.さらには,べつにタトゥーを彫ってもいなくてこれといった理由もなく逮捕された人たちまでいる.
トランプ政権がなんでこんなことをやっているのか,理由ははっきりしない.もしかすると,ごく一握りの人たちで見せしめをすることで,移民たちを脅してアメリカから出て行かせようとしているのかもしれない.あるいはたんに権力を誇示するためかもしれないし,あるいは,自分たちがとがめられずにやってのけられる限界を試しているのかもしれない.ひょっとして,自分たちが逮捕した人たちが一人残らずギャングの構成員だったと本気で信じ込んでいるのかもしれない.ただ,はっきりしているのは,これは暴虐な無法行為だってことだ――権威主義体制ではありふれているタイプの,恣意的な逮捕・懲罰だ.
みんながふるえあがるべき第二の理由は,無法状態だ.「最高裁判所の命令にさからってなどいない」とトランプ政権は言い張っている.アブレゴ・ガルシアのアメリカ帰国を阻む障害をただ取り除くことで,帰国を「促進する」ようにという裁判所命令に従ったことになるというのが,政権の言い分だ.トランプ配下たちは,こうも主張している.行政府が外交政策を実施するのに介入する権利は裁判所にない.さらに,ブケレとの交渉は機密事項だと宣言している.
事実上,政権はこう主張しているわけだ.「自分たちが誰かを逮捕して海外に送り出した瞬間から,アメリカの裁判所には彼らのアメリカ帰国を命じる権利はない――まったくないのだ.」 それはつまり,キミや,ぼくや,そのへんの誰であれ,トランプがひっつかまえて飛行機に乗せてエルサルバドルに送ったところで,アメリカの裁判所にはぼくらをアメリカに連れ戻す命令は下せないってことだ.なぜって,ひとたびぼくらが外国の土を踏んだら,それはもう外交政策の領分だからなんだって.もしそうだとしたら,アメリカにおける法の適正手続きと法の支配は,死んだってことだよ.大統領は,誰にでもどんなことでもできる.その理由も,なんだってかまわない.
最高裁判所の判決がもっと明快な文言だったら,トランプが実際に裁判所命令に公然と背いているかどうかはっきりさせやすくなるだろう.先日の判決では,下級裁判所に対して,「外国問題の扱いが行政府に属す点に相応の敬意を払うこと」を命じている.ただ,これは憲法危機のように感じられはじめている.
アブレゴ・ガルシア事件を心配すべき第三の理由は,おそらくトランプ政権がもっと踏み込もうと意図している点だ.アブレゴ・ガルシアは,アメリカ市民じゃない.でも,アメリカ市民をエルサルバドルに送り込むのをはじめたいとトランプは発言している.トランプとブケレの会談から,関連する切り抜きを3つ見てもらおう(動画1, 動画2, 動画3):

トランプがブケレに向かって:「次はアメリカ育ちだ.アメリカ育ち.さらに5つ建てないとダメだ.十分に大きくない.

記者の質問:「アメリカ市民をエルサルバドルに移送することを検討しているのですか?」
トランプ:「ああ,それも含まれる.アメリカ市民は特別なタイプかなにかだと思うのか?」

アメリカ市民をエルサルバドルの強制収容所に送り込みたいとトランプが言っている:「さらに一歩進めたい.パム〔パメラ・ボンディ司法長官〕に言ったんだ.法律がどうなっているかは知らん.法律には従わねばならんが,地下鉄で人々を突き落とすようなアメリカ育ちの犯罪者どもがいる.(…)そいつらも,国外追放する対象に入れたい.」
さて,この3つをまとめてみよう.トランプ政権は A) 外国で収監されている人物はアメリカの裁判所の管轄外だと主張していて,B) トランプはアメリカ市民をエルサルバドル送りにしたいとのぞんでいて,C) いかなる犯罪でも告訴されていない人たちをトランプは相次いで逮捕していっている.ということは,トランプはこう主張しているわけだ――「一方的・恣意的にアメリカ市民をエルサルバドルの刑務所にどんな理由であれ送り込める権限が自分たちにはある.」
これは,独裁者の権力だよ.ほんの数週間前の記事では,こんなことを問いかけた――正確に言ってどんなときに,「アメリカは独裁制になった」と結論を下せるだろう?
いっさい法の適正手続きを踏まず,裁判所の監視を受けることもなく,どのアメリカ人だろうと恣意的に外国の刑務所に送り込める権限をトランプが実際にもっているとしたら,間違いなく,ぼくらは独裁国家に暮らしていることになる.次の点は注目に値する.合衆国の独立宣言では,関税について不満を述べた直後に,ジョージ王が「虚偽の罪」でアメリカ人を海外に送り,陪審裁判なしで裁いたことに不満を述べているんだよ.

うーん,今日は独立宣言を再読しようかな.
「世界のあらゆる地域との貿易を途絶したことについて:
我々の同意なく税金を課したことについて:
多くの事例で陪審裁判なく我々から奪ったことについて:
偽りの罪で裁くために我々を海の向こうに移送したことについて:」
いつの世でも変わらないことってあるみたいだね.
ともあれ,大して想像の翼をはためかせなくても,トランプがこの権力を使って自分を批判する国内の人たちを狙うだろうと認識できるはずだ.すでに,トランプ政権はトルコ人の博士課程学生を国外追放した.ガザ戦争に関する政権の姿勢を批判する論説を書いたのが理由だ.べつに,その学生がハマスと関係があるという証拠があったわけじゃない(あるいは,ユダヤ人差別の言動をしたわけでもない).これと同様のかたちで,意見を述べたのを理由に大統領が市民を罰せられるなら,ぼくらはとんでもない状況にある.
すでに,トランプは政府の権力を使って反対意見を取り締まろうと試みている:
ドナルド・トランプ大統領は,連邦通信委員会 (FCC) に「のぞみ」があるという:彼の気に入らない「60ミニッツ」の報道を放送した CBS を FCC が罰するという「のぞみ」だ.(…)どうやら日曜の夜に放送された「60ミニッツ」に立腹したらしきトランプは,(…)こう発言した.「彼らの無法かつ違法な行為に対して」[FCC 委員長ブレンダン・]カーが「最大限の罰金――相当な額の罰金――と処罰を科すことがのぞましい.」 この日曜夜の投稿は,トランプが批判者に政府から圧力をかけるよう自ら任命した人物に促している最新事例だ.この数ヶ月間,カーはトランプの MAGA 運動への貢献ぶりを誇示し,トランプが嘲ってきた ABC や NBC など複数のメディア機関に対して FCC による調査を開始している.
事例はこれひとつきりじゃない:
ホワイトハウス大統領執務室での会見から再び締めだされたAP通信は,ホワイトハウスが裁判所命令に違反していると非難した.(…)月曜に,AP通信のデイヴィッド・バウダー記者が伝えたところによれば,ドナルド・トランプ大統領とエルサルバドルのナイブ・ブケレ大統領の記者会見にAP通信の記者と写真家が出席するのを禁じられたという.(…)先週,トレバー・N・マクファデン連邦地方裁判所判事が下した判決では,長年続いている報道機関が記者会見にアクセスを遮断されるのは憲法違反だと判断されていた.それにも関わらず,今回の決定がなされた.
一方,報道によると,トランプの同盟者の一人が CNN の親会社にこう語ったそうだ――「メラニア・トランプのドキュメンタリを制作するか,ドナルド・トランプ・ジュニアについてのテレビ番組をつくれば,トランプの歓心を取り戻せるし,将来の訴訟も避けられるぞ.」 このどちらも,トランプ一家に巨額のお金を支払うことになる.これは,トランプ政権に見られる極度の汚職の一般的なパターンどおりではあるけれど,同時に,大統領の権力を使ってメディアを体制のプロパガンダ発信地に変えようとする試みでもある.
こういうことがいったいトランプの人気にどれほど影響するのかは,まだわからない.一方では,トランプ支持率はじょじょに下がり続けている.とりわけ若い男性層の支持をすごく急速に失っているように見える:

この世論調査は3月の分で,「解放の日」関税の狂気より前の結果だ.だから,トランプの権威主義がここでひとつの要因になっているかもしれない.
他方で,事態の悲観的な面に目を向けると,トランプのやっていることに好感を抱く主要問題はいまも移民問題らしい:

キルマル・アブレゴ・ガルシアみたいな無実の人々が国外追放されているのは,おそらく,移民問題の一部と世間では受け止められている.バイデンに許可されて入国してきて庇護を求めている移民たちによってアメリカが「侵略」されているという認識は,トランプが当選した理由で大きな部分を占めているし,おそらく,無作為にエルサルバドル人やベネズエラ人を捕まえて海外の牢屋に送り込むのは民衆から期待された義務か何かだとトランプが感じている理由もそこにある.権威主義体制になるのではという懸念が大きくなっていって,いずれ反移民感情を上回るかもしれない.ただ,そうなる前に,法の適正手続きが浸食されて,トランプが批判者を思うままに迫害できるようになっているかもしれない.
ほんの数ヶ月前には,こんなことを言っただけで「トランプ妄想症候群」にかかってやがると非難されただろうね(というか,いまでもちょっとは非難されそうだ).第一次政権でトランプがアメリカをこれといって権威主義体制に変えられなかったために,二期目に権威主義体制化を試みてもっと成功する可能性は馬鹿らしいほど小さく思えた.トランプの MAGA を支持する層でも,よほどコアな人たちでなければ,その多くの人たちにも「それはない」と思えるほどだった.かくいうぼくですら,二期目のトランプは穏健になる可能性があると思っていた――「もしかするとひょっとして」くらいにはありうると思っていたんだ.で,ほんの数ヶ月が経過した今,妄想だと笑われそうなのは,そんな最良の場合のシナリオだ.ここアメリカでは,それほどの勢いで急速に事態が動いている.
ただ,現状が最悪のシナリオになっていない点には留意しておいていい――まあ,少なくともいまのところはちがう.よく知られているように,一期目にトランプがとったアプローチは,「無能なおかげで和らいだ悪意」と特徴づけられた――トランプはアメリカをもっと権威主義的な国にしたがっているように見えたけれど,それを実現できる有能な人材はいないようだった.第一次トランプ政権にいた有能な人たち,つまりスティーブ・ムニューチンやジェイムズ・マティスといった面々は,安定と自由主義の勢力だと判明した.その一方で,スティーブン・ミラーやマイケル・フリンといったもっと権威主義的な取り巻き連中は大言壮語の割に大したことはしないように見えた.
3ヶ月前にトランプが就任したときの大きな懸念と言えば,二期目になってもトランプの本能は相変わらず権威主義体制志向だろうけれど,イーロン・マスクとテック系右派との同盟によってトランプの能力が大きく増強されるだろうという点だった.政権最初期に展開されたイーロンの DOGE による電撃的な政府削減を見て,「トランプ 1.0 になかった技術面のデキる人材がトランプ 2.0 には加わっている」という考えが確証されたように思えた.
ところが,ここ数週間で,そんな見方は前ほど確からしくなくなってしまった.ウィスコンシン州の選挙で影響力をふるえず,関税をめぐってピーター・ナヴァロとの軋轢を世間に露わに見せた後,イーロンはちょっとばかり公の場での存在感を薄めはじめている.トランプの配下たちは,イーロンについてとても否定的なコメントをいくらか漏らすようになったし,DOGE はこれまで政府のお金をほぼ節約できていないと静かに認めている.
まだ政権の初期ではあるけれど,いまのところ,トランプチームに決定的に欠けていた能力をマスクとテック系右派が加える見通しは前より薄くなっているとぼくは思う.イーロンはビジネス構築にすごく秀でているけれど,トランプが国内最大の個人崇拝を集めている.MAGA 運動にボス犬の席はおそらく一人分しかない.
ということは,一期目からさらに数年の準備期間があったにも関わらず,トランプ 2.0 はなかなか大きなことを成し遂げられずに手間取る見込みはまだまだ大きいということだ.関税をめぐる発表の右往左往と朝令暮改ぶりの悲しむべき光景は,無能ぶりの明快な証拠に思える.今回のトランプは前よりもさらに復讐心に満ちている上にはるかに制約が小さくなっているけれど,〔うまくいっていない〕アメリカ一国の自給自足への移行よりマシに権威主義体制への移行を成し遂げられずに終わる可能性はまだある.
この細い糸に,ぼくらは民主制の希望を託すしかない.
[Noah Smith, “The authoritarian takeover attempt is here,” Noahpinion, April 15, 2025]