Nora Lustig, “Elections in America: It is also about rising equalit” (VOX, 29 November 2016)
自分達は置き去りにされているとの感情を抱く人達の斯くも多くが、それでも合衆国選挙ではグローバルエリートの一員たる人物に票を投じたのは、いったい何故なのか? 所得や財産の格差拡大ではなく、寧ろアフリカ系アメリカ人・女性・ゲイコミュニティに対する平等の高まりこそが、大きな不公平感を醸成しているのかもしれない、本稿はそう主張する。よりいっそうの水平的平等 [horizontal equity] を擁護してゆくならば、我々はそれがあらゆる人達から歓迎されている、それが無理なら少なくとも容認されている状況の確保にも努めなくてはならない。
2016年11月のヨーロッパ訪問の中で、オバマ大統領は次の様な発言をしている: 「いま我々が世間に目を向けると、グローバルエリートや財力の有る企業の遵奉するルールはどうも一般とそれとはそもそも全く異なっているらしく見える。税金逃れ、法の抜け穴の悪用 … 正義が蔑ろにされているとの強い感覚を醸成しているのはこれである」(Obama 2016)。
そうすると、こうした不正義の犠牲者達のなかから斯くも多くの者達が、まさにそのような一般と異なるルールを遵奉するグローバルエリートの一員たる人物に票を投じたのは、一体全体、何故なのだろうか? トランプ次期大統領を支持した投票者の大多数を苦境に押し遣っていたのは、合衆国におけるトップ1%が過去数十年間の経済的収穫の大半をまんまと我が物にしてきたからではなく、逆説的なことに、平等の高まりのためだった、などという事は在り得るのだろうか? 強まる不公平と憤りと無力の感覚を醸成しているのは、所得や財産の格差ではなく、寧ろ次の3つの領域にみられる平等の高まりなのかもしれない: すなわち、アフリカ系アメリカ人エリートの躍進・女性の権利の向上・ゲイコミュニティには自らに対する法的に平等な処遇を要求する権利を有するとの認定だ。以上が私の仮説となる1。
先ず、幾つかの事実を確認しておこう:
- 2005-2013年に掛けて、「黒人世帯で最大の成長が見られた所得階層は、20万ドル超の収入を得ている世帯で、138%の成長となっている。これに対して人口全体における成長は74%と対照的だった」(Nielsen 2015)。もちろん、黒人内部での格差も極端なものだ。たとえばPew Researchの或る研究は、黒人世帯の35%は所得が負、ないし正味にしてゼロとなっていることを明らかにしている。しかし他方でNielsenは、黒人の富豪と推定される者の数は1960年代における25人から、今日での3万5千人にまで増加した旨を報告している。またアフリカ系アメリカ人エリートは自ら抱する富豪の数を大きく増やしたばかりでなく、二期に亘って活躍した大統領一名をも世に送り出したのだった。
- 今や女性は合衆国労働者のほぼ半数を構成する (10月時点で49.9%)。ペプシコ・アーチャーダニエルズミッドランド・WLゴアといった一部の世界最大手企業を経営しているのも女性である。合衆国では女性が大学における学位のほぼ60%を取得している。専門職労働者で多数派を占めるのも彼女達だ (Economist, 2009)。
- オーバーフェル対ホッジス [Obergefell v. Hodges] で合衆国最高裁判所は、2015年6月26日、右の如く判事した: 「婚姻の権利は個人の自由に内在的な基本的権利であり、従って憲法修正第14条の規定するデュープロセスおよび平等保護条項の下、同性カップルも当該権利ならびに当該自由を剥奪されてはならない」。その結果として、同性婚は全ての州で適法となった。
これら3つの現象が映し出すのは、社会学者が水平的不平等と呼ぶものの凋落である: 水平的不平等とは、性別・人種・民族・信仰・性的指向の別に沿った体系的不遇処置をさす。今日では黒人がエリートに成り、女性が権力を掌握し、ゲイコミュニティが社会的認容を得また実際に認容される、といった可能性もますます高まってきているのだ。
水平的平等の高まりが、経済の変容から置き去りにされた人達や、自らのアイデンティティや価値観の中核がモラルやノルムの暴走的変容によりもはや寛恕し難いまでに脅かされていると認識する人達のあいだに、不幸感や絶望感を醸成している旨を示す兆候は幾つも存在する2。ここではその顕著な例を2つ挙げよう:
- 1999年から2013年に掛けて見られた高卒以下の中年白人男性および女性の死亡率の上昇が、薬物およびアルコール中毒・自殺・慢性的肝臓疾患・肝硬変に起因していた事実の発覚 (Case and Deaton 2015);
- 同事実が 「過去数十年に亘り観察されてきた黒人やヒスパニック系民の健康ならびに厚生の漸進的向上、および同グループの間に見られる未来に対する楽観的態度の色濃さと、鋭い対照を為す」(Graham and Pinto 2016) との発見。GrahamとPintoの研究は、貧困な黒人が高度の楽観的態度をもっている傾向は貧困な白人そのそれよりも3倍も高いことを明らかにしている。
さらに、水平的平等の高まりに脅かされているとの感覚を抱いている人達ほど共和党に、特にトランプに票を投ずる傾向が高かった旨を示す実証データも存在する:
- トランプ支持者がアフリカ系アメリカ人を 『犯罪者』『非知性的』『怠け者』『暴力的』 と形容する傾向は、予備選挙で共和党の競合候補者を推した人達や、民主党候補者のヒラリー・クリントンを支持した人達よりも高かった (Flitter and Kahn 2016)。
- 女性に敵対的な投票者ほど、トランプを支持する傾向が高かった (Wayne et al. 2016)。
- 共和党員の三分の二が、但し、民主党員の三分の一も、同性婚に反対している (Pew Research Center 2015)。
- トランプは婚姻の平等の一貫した反対者である (Human Rights Campaign 2016)。
以上が真実ならば、我々の内で水平的平等の強化を望ましいと考える者は、さらなる進歩が、こんな進歩は何としても食い止めなければならぬとか – もっと不味いことに – 逆転させなければならぬと感じている人達から、よし歓迎されずとも、少なくとも容認はされている状況を確保するために、何らかの活路を見出さねばならない。もし何か1つ政策を選べと言われるのなら、大学を金銭的に誰もの手の届く場所にすることを挙げよう。意見調査の数々、研究に次ぐ研究、その何れにおいても、教育水準が高いほど、人々は合衆国における水平的平等を歓迎するようになっているのだ。
参考文献
Case, A and A Deaton (2015), ‘Rising morbidity and mortality in midlife among white non-hispanic Americans in the 21st century’. Proceedings of the National Academy of Sciences 112 (49) (November): pp. 15078–15083. .
Cowen, T (2016), ‘What the hell is going on?’ Marginal Revolution, 25 May. .
Economist (2009) “Female power”, 30 December.
Flitter, E, and C Kahn (2016), “Exclusive: Trump supporters more likely to view blacks negatively – Reuters/Ipsos poll”, Reuters. .
Graham, C and S Pinto (2016), “Unhappiness in America: Desperation in white towns, resilience and diversity in the cities”, The Brookings Institution. .
Human Rights Campaign (2016), “Donald Trump: Opposes nationwide marriage equality“.
Nielsen (2015), ‘Increasingly Affluent, Educated and Diverse: African-American Consumers’.
Obama, B (2016), “Remarks at Stavros Niarchos Foundation Cultural Center in Athens, Greece”, The White House Office of the Press Secretary.
Pew Research Center (2015), ‘Support for Same-Sex Marriage at Record High, but Key Segments Remain Opposed’.
Supreme Court of the United States (2015). ‘No. 14–556. Obergefell v Hodges’. https://www.supremecourt.gov/opinions/14pdf/14-556_3204.pdf.
Wayne, C, N Valentino, and M Oceno (2016), ‘How sexism drives support for Donald Trump’. Washington Post.
原註
[1] ブログ Marginal Revolution の執筆者であるタイラー・コーエンも以前女性に対する態度との関連で類似の推理を披露している。 [2] アメリカ人の三分の一は、自らの宗教的信念とホモセクシュアリティとの間には多くの衝突点があると感じている。このグループでは、同性婚に対する反対は支持派を2対1以上の差を付けて上回る。