ピーター・ターチン「ロシアは聖戦を行おうとしているため、経済制裁は逆効果だろう」(2014年5月7日)

Economic Sanctions against “Sacred Values”: Why Sanctions Will Not Deter Russia
March 07, 2014
by Peter Turchin

ウクライナをめぐる、ロシアと欧米の対立がニュースを賑わしている。残念なことに、アメリカの新聞はナンセンスな主張を繰り返している。これは、我々社会科学の研究者に、メディアを実証的な情報源として利用するのに留意しなければならないことを、改めて教えてくれる。ロシアについて詳細を知りければ「歪められたロシア:アメリカ・メディアはプーチンをどのように曲解しているのか。ソチとウクライナについて(F.コーエン著)」を読んで欲しい。他には、カーネギー国際平和財団のドミトリー・トレーニンによるこの記事もチェックすると良いだろう。

何度も強調してきたが、〔私が主催している〕社会進化フォーラムは、科学に焦点を当ている(「科学とイデオロギーを切り離す」を参照)。民主党対共和党、アメリカ対ロシア、ウクライナ国内の異なる派閥間闘争において、特定の党派の側に立つことはない。その上で、進化科学は、今回の紛争についていくつかの興味深い洞察を提供してくれる。特に経済制裁の是非についてである。アメリカやヨーロッパの政治エリートの間では、実際に実行可能な政策について、多くの議論がかわされているが、ロイター通信の記事「アメリカとヨーロッパによるロシアを対象としたマーシャル的経済手段」にあるように、議論で中心となっているのが経済制裁の是非についてだ。

経済制裁というアプローチには問題がある。この措置は、ロシアの政策に何の影響も与えないと予測されるからだ。ロシアがクリミアを編入(強度の自治権付与よるキエフの支配圏から離脱ーー事実上の独立、もしくは完全な併合化)しようとしている主な動機は経済的理由ではないので、経済制裁は何の効果もないだろう。ロシアの動機は、1つ目は地政学的なものであり、2つ目は「聖なる価値」に基づいている。これはスコット・アトランに倣ならって我々が名付けた概念である。


アレクサンドル・ディネカ画『セヴァストポリの戦い』(1942年)引用元

ロシアの政治階層に目を向けると、ごく小規模で無力な西欧側に立つ野党を除けば、政治階層のほとんどはウクライナ問題でプーチンを強固に支持している。ドゥーマ(ロシア議会)に所属するあらゆる政党の政治家や、政治評論家のほとんどは、「ソ連崩壊後、NATOはロシア包囲網を形成し、ロシアを孤立化させるために、絶え間のない活動を行っている」、つまり「勝者総取り」政策のようなもの行っていると認識している。よってロシアは2008年に、グルジアで戦争を起こし、NATOによる越境を許さない「レッドライン」の存在を表明した。さらに、〔ロシア人の認識では〕ウクライナは、数百万人のロシア人とロシア語を話すウクライナ人が住む、〔グルジアより〕巨大国家であり利害が大きいとされている。非常な重要な事実として、クリミアはセヴァストポリのロシア黒海艦隊の本拠地でもある。よって、クリミアは、ロシアにとって地政学的に非常に重要な地域となっており、「不沈空母」の役割を果たしている。大げさかもしれないが、ロシアの政治家たちの認識では、クリミアのロシアへの編入が大国としての地位を維持するため必要条件となっているため、クリミアは政治家の多くにとっての実存的な問題となっている。

この地政学的な側面は、アメリカでは多くの論者によって論じられているが、2つ目の「聖なる価値観」は完全に無視されてきている。しかし、無視は許されない。多くの点で、「聖なる価値観」のほうが圧倒的に重要だからだ。

クリミアは、ロシア人にとって非常に象徴的な意味をもっている。自著『戦争と平和と戦争』で述べたように、何世紀にわたってクリミア・タタール人は、ロシア南部「下腹部」を刺す軛となっており、タタール人によって何百万人ものロシア人が襲撃・略奪・殺害・奴隷化されている(「何百万」というのは誇張ではない)。


アレクサンドル・ポタポフ画『ステップ地帯の辺境にて』引用元

ロシアがステップ地帯 [1]訳注:ユーラシア大陸の中央の大草原地帯 の辺境を南下し、最終的にクリミアを包囲するまで3世紀を要している。1774年になって、クリミアは、キュチュク・カイナルジ条約によってロシアに割譲された。

19世紀から20世紀にかけて、クリミア、特に(エカチェリーナ2世によって獲得された)セヴァストポリは、クリミア戦争や第二次大戦中には、外敵からの抵抗の象徴となっていた(ロシアの歴史書では、両戦争時の「セヴァストポリにおける英雄的防衛」に言及されている)。ソ連崩壊時には、ロシア人の大多数が、クリミアのウクライナへの引き渡しを大きな誤りだったと考えている(クリミアは、1954年に共産党指導者フルシチョフによって「永遠の友情の証」としてウクライナに寄贈された)。したがって、クリミアのロシアへの返還は、歴史上の誤りの是正としてロシアでは受け取られている。ロシア人にとってクリミアは、スコット・アトランが言うところの「聖なる価値観」である


フランツ・ルーボー画『セヴァストポリ包囲戦』引用元

「聖なる価値観」によってぐらついている時に、経済制裁で脅すのは逆効果だ。そうした脅しは、実際には、いかなる犠牲を払っても防衛しようとする確固たる決意に繋がる可能性を高めてしまう。

結果、プーチンは、対ウクライナ政策によって、ロシア人の間での人気を非常に高めている。ここで重要なのが、この人気はプーチンの支持層(軍や情報機関出身のいわゆる「シローヴィキ」)だけではなく、一般層にも広がっていることだ。〔ロシア国内の〕ブログでの意見を参考にするなら、「プーチン政権」は腐敗しており、政権は官僚と取り巻きに便益を図っていると、ロシア国内では広く認識されている。しかし〔対ウクライナ政策によって〕政権にかなり批判的だった人の多くも、再びプーチンを支持するようになっている。彼らは、「クリミアの返還」を強く支持しており、プーチンがクリミアを奪還してくれれば全てを許す、といった話まで出ている。

一方で、プーチンがこの問題で後退すれば、ロシア国民の大部分からの信用を失うだろう。そして、プーチンが高い支持率を維持・醸成することに細心の注意を払っていることは、あらゆる材料からうかがうことができる。1月には60.6%だった支持率が、3月には67.8%にまで急上昇したのである。これはプーチンが経済制裁の脅威をまったく気にしていないことを示唆している。

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マックス・・プレスニャコフ画『ステップ地帯にて』引用元

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近況報告:オーフス大学の客員教授の任期を終え、帰国準備がもうすぐ終わりつつあります。引っ越し作業中に、コメントを下さった方々には感謝しています。返信できず申し訳ありませんでした。

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1 訳注:ユーラシア大陸の中央の大草原地帯
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