Julia Ruiz Pozuelo, Amy Slipowitz, Guillermo Vuletin,”Democracy does not cause growth” (VOX, 30 September 2016)
民主主義は経済的繁栄をもたらすのか。この点をめぐる議論は古く、その起源は数千年もの昔にまで遡る。近年の実証研究成果は、民主化が経済的成長に対し相当のポジティブな影響を及ぼす旨を示唆するが、そうした研究結果は内生性や逆の因果関係によって生じている可能性が在る。本稿では、民主主義の専門家らを対象とした調査から新たに得たデータを活用し、この内生性問題の解決を試みる。民主主義と経済成長の間に見られる正の関係は、経済的混乱が民主的支配の登場を引き起こすという流れの反映しているのであって、民主主義が経済成長を生み出す流れを反映するものではない。
果たして民主主義はいっそうの経済的繁栄・経済的成長を生み出すものなのだろうか? この問いは、社会により多くの政治的・経済的利得をもたらす統治形態をめぐってプラトンやアリストテレスが戦わせた議論にまで遡るほど古いものだ。しかしながら、二千年を超える時を経た今でも、民主主義 (それ自体) が本当にその他の専制的統治形態よりも大きな経済成長をもたらすものなのかについて、ハッキリとした定見は無いようである。
そこでこの重要な問いに対する回答の模索も、一種実証的性格を帯びた取組みに変わり、一方では、国家間の比較に依拠した研究によって経済成長に対する民主主義の関連性が疑問視されるに至った (Sirowy and Inkeles 1990, Przeworski and Limongi 1993, Helliwell 1994, Barro 1996, Tavares and Wacziarg 2001)。ところが他方でパネルデータに依拠するより最近の研究には、民主主義は経済成長に相当な効果を及ぼすとの趣旨の理論を支持する傾向が実際に見られるのである (Rodrik and Wacziarg 2005, Papaioannuo and Siourounis 2008, Persson and Tabellini 2009, Acemoglu et al. 2014)。
実際こうした新たな研究にも肯んじ得る所が有り、図1は所謂 『第三波』 に当たる民主化、および1990年代初頭の共産主義崩壊に続く民主化の時期に見られた民主主義への移行事例38件について、そうした実証的規則性を描き出している1。民主主義への移行後は、平均年間一人あたり成長率におよそ半パーセンテージポイントほど上昇が見られるのだ。赤線が描き出す様に、民主化後の成長は統計的に言って移行前の水準より大きくなっている (前後でそれぞれ-0.44%・-0.01%)。一見些末に見えるが、この差から生ずる複合効果によって、こうした国家群がOECD諸国の所得水準に収束してゆく際に必要とする時間は三分の一も減少する。ということで、どうやら図1に描き出された実証成果は、額面的数値で評価する限り民主主義が経済成長に相当な影響を及ぼすことを示しているようだ。
図1. 民主主義移行前後での一人あたり実質GDP成長
原註: 本図は、年毎に平均値調整済みの [yearly-demeaned] (即ち、国家成長率からその年の平均成長率を引いた) 一人あたり平均実質GDPの変転を、民主主義移行以前の10年 (影無部分) ・以降の10年 (影有部分) に亘り描き出したもの。赤線は民主化前後での平均成長率を描き出している (平均値のこうした差異は5%水準で統計的に有意である)。
以上の実証成果が在るにも関わらず、政治学研究からは広く、内生性 (即ち逆の因果関係) 問題がここで作用している可能性と、民主主義移行事例の多くでは経済的混乱がその惹起あるいは促進の発端となっている点が指摘されている (O’Donnell 1973, Linz 1978, Cavarozzi 1992, Remmer 1993, Gasiorowski 1995, Haggard and Kaufmann 1995)。こうした見解によると、図1に描き出された様な、民主主義移行以前の低い (しかも負の!) 成長率も、貧弱な経済状況が専制政権の終焉を加速あるいは触発したことを示唆するものとなろう。例えば、1970年代のオイルショックや、それと関連した国際的資金貸出の拡大、およびその後の債務危機と、この一連の流れを1980年代のラテンアメリカにおける民主化波及の起源として指摘する学者の数は多い。
換言すれば、図1で描き出された民主化と経済成長の正の関係は、民主主義がさらなる経済成長を引き起しているのだ (近年の経済研究が打ち出す説) とも、経済的混乱が民主的支配を引き起こしているのだ (政治学研究の領域で広く支持されている説) とも、或いはある程度まではその両方なのだとも、つまり何れの事態を反映するものだとも言えるのである。こうした因果関係を撚り解く試みは容易いものではないが、民主主義が経済成長に及ぼす影響の解明が極めて重要であることに変わりはない。
我々の最近の研究はこの難問への1つの挑戦である (Ruiz Pozuelo et al. 2016)。内生性問題の解決に向け我々は、民主主義の専門家165名を対象とする新たな世界規模の調査に基づいた、今までにない識別戦略を提案している。概要を掻い摘めば、本研究は、それぞれの国で民主主義勃興を生み出した背景的諸力について尋ねる、一連のカテゴリー式・自由回答式質問に対し、こうした専門家が与えた回答を活用したものである。この手法に基づき民主主義移行は、経済的混乱と関連した原因によって生じたもの – これを 『内生的』 と呼ぶことにしよう – と、(経済成長に対して) より 『外生的』 性格の強い理由を原因とするものに分類される。後者に分類される例としては、とりわけ専制的指導者の死去や政治的/制度的主張を挙げておこう2。
図2は、諸国を外生的民主化 (パネルA) と内生的民主化 (パネルB) に分割することで、図1を再構成したものである。
図2. 民主主義移行前後での一人あたり実質GDP: 外生的民主化vs.内生的民主化
原註: 図は、年毎に平均値調整済みの (即ち、国家成長率からその年の平均成長率を引いた) 一人あたり平均実質GDPの変転を、民主主義移行以前の10年 (影無部分) ・以降の10年 (影有部分) に亘り描き出したもの。パネルA・Bはそれぞれ、外生的民主主義移行・内生的民主主義移行についてこれら数値をプロットしたもの。赤線は民主化前後での平均成長率を描き出している (平均値のこうした差異はパネルAでは統計的に有意ではない。パネルBでは5%水準で統計的に有意である)。
図2の実証データによって、民主主義は成長を引き起こすものではないことが明らかになった。パネルAは 『外生的民主化』(即ち内生性問題に汚染されていない民主化) が何ら経済成長に影響を及ぼしていないことを示している。赤線に描き出される様に、民主主義前後の成長率は統計的に言って同一である。
同じ事の言い換えに過ぎないが、パネルBによって、民主主義が経済成長に及ぼす影響は 『外生的民主化』 のために生じていることも示されている。言葉を換えれば、民主主義と経済成長の間に一般に観察される正の関係は、政治システムが経済成長に及ぼす影響を推定しようとする際に、外生的民主主義移行事例を組入れる過ちのために生じているのである (これが翻っては恰も民主主義がさらなる成長を引き起こしているかのような虚偽の印象を与えている)。
結論
まとめると、憂慮される内生性問題に一歩立ち入った検証が示唆するところでは、誠に残念と言うほかないが、近年の研究成果とは裏腹に、民主主義は経済成長を束縛から解き放つ鍵ではないらしいことが明らかになった。
勿論、こうした因果的現実性は逆方向にも適用される。民主主義が経済成長を束縛から解き放つ鍵ではないらしいとしても、そこから専制的あるいは独裁的政体のほうが幾らかでもましだと結論するのは誤りだろう。言葉を換えれば、統治形態は経済繁栄について殆ど影響力をもたないのである。
参考文献
Acemoglu, D, S Naidu, P Restrepo and J A Robinson (2014) “Democracy does cause growth,” NBER Working Paper No. 20004.
Barro, R J (1996) “Determinants of economic growth: A cross-country empirical study,” NBER Working Paper No. 5698.
Cavarozzi, M (1992) “Beyond transitions to democracy in Latin America”, Journal Latin American Studies 24: 665-684.
Gasiorowski, M J (1995) “Economic crisis and political regime change: An event history analysis”, The American Political Science Review 89: 882-897.
Haggard, S and R R Kaufman (1995) The political economy of democratic transitions, Princeton University Press.
Helliwell, J F (1994) “Empirical linkages between democracy and economic growth”, NBER Working Paper No. 4066.
Linz, J (1978) The breakdown of democratic regimes: Crisis breakdown, & reequilibration, The John Hopkins University Press, Baltimore, MD.
O’Donnell, G (1973) Modernization and bureaucratic authoritarianism: Studies in South American politics, Institute of International Studies, California.
Papaioannou, E and G Siourounis (2008) “Democratisation and growth”, The Economic Journal 118: 1520-1551.
Persson, T and G Tabellini (2009) “Democratic capital: The nexus of political and economic change”, American Economic Journal: Macroeconomics 1: 88-126.
Przeworski, A and F L Przeworski (1993) “Political regimes and economic growth”, The Journal of Economic Perspectives, 7: 51-69.
Remmer, K L (1993) “The process of democratization in Latin America”, Studies In Comparative International Development, 27: 3-24.
Rodrik, D and R Wacziarg (2005) “Do democratic transitions produce bad economic outcomes?”, American Economic Review, 95: 50-55.
Ruiz Pozuelo, J, A Slipowitz and G Vuletin (2016) “Democracy does not cause growth: The importance of endogeneity argument”, IDB Working Paper Series Nº IDB-WP-694, Inter-American Development Bank.
Sirowy, L and A Inkeles (1990) “The effects of democracy on economic growth and inequality: A review”, Studies In Comparative International Development, 25: 126-157.
Tavares, J and R Wacziarg (2001) “How democracy affects growth”, European Economic Review, 45: 1341-1378.
原注
[1] 民主化38事例リストに含まれるのは、アルゼンチン・ベナン・ボリビア・ブラジル・ブルガリア・カーボベルデ・チリ・クロアチア・チェコ共和国・ドミニカ共和国・エクアドル・エルサルバドル・エストニア・ガーナ・ギリシア・グレナダ・ガイアナ・ホンジュラス・ハンガリー・大韓民国・ラトヴィア・リトアニア・マリ・メキシコ・モンゴル・パナマ・ペルー・フィリピン・ポーランド・ポルトガル・スペイン・ルーマニア・サントメプリンシペ・セネガル・スロバキア共和国・スロベニア・南アフリカ・スペイン・ウルグアイ、以上である。 [2] 本手法のさらなる詳細については、こちらから我々の論文を参照されたい。