ボールドウィン & エヴェネット「COVID-19 と通商政策: pt.2」(2020年4月29日)

[Richard Baldwin & Simon J. Evenett, “Introduction,” in COVID-19 and Trade Policies. VoxEU, April 29, 2020]

[pt.1 はこちら

きたるべき世界貿易の崩壊: 2008-2009の規模を上回るか?

2008年の第4四半期に,突如として世界貿易はいっせいに深刻な崩壊を経験した.これが「大貿易崩壊」(‘Great Trade Collapse’) と呼ばれるのにも,もっともな理由がある [n.2].この貿易崩壊では,大恐慌いらい,歴史の記録に残っているなかでももっとも急激かつ深い貿易の減少がおきた.貿易の崩壊はありとあらゆる国におよび,財とサービスのほぼ全カテゴリーにまたがった.

2008年当時は,おそるべき貿易崩壊を発端にして,1929年に見られたような保護主義的な関税引き上げの応酬が激しく繰り広げられるのではないかという恐怖がすぐさま生じた.だが,そうはならなかった.

大恐慌の教訓に学んで,貿易と投資を開かれたままに維持すべく世界の指導者たちはただちに行動を起こした.2008年11月15日,G20 に集まった指導者たちは,こう宣言した:「保護主義を拒否し,内向きにならないことが決定的に重要であることを,我々は強調します(…)今後12ヶ月,財とサービスの貿易や投資に新たな障壁を設けることはありませんし,新たな輸出規制を敷くこともありませんし,輸出刺激に相反する手段を世界貿易機関 (WTO) が実施することもありません.」[n.3]

こうして指導者たちが宣言したにもかかわらず,引き上げられた貿易障壁もあった.だが,〔どこかの国の貿易障壁に対して自らも貿易障壁引き上げで応じる〕保護主義のしっぺ返し合戦は起こらなかった [n.4].実際に引き上げられた貿易障壁は,我々が2009年に出した eブックでいう「漠然とした保護主義」だった(Baldwin & Evenett 2009).

2008-2009年の出来事が「貿易大崩壊」(“Great Trade Collapse”) と呼ぶにふさわしいとしたら,今日の経験は「貿易大々崩壊」とでも呼ぶべきだろう.WTO のシミュレーション(図1)では,2020年の貿易の減少は,楽観的シナリオで -13%,悲観的シナリオでは -32% と示唆されている (WTO 2020).いずれの数字も,2008-2009年に生じた打撃を大幅に超えている.悲観的シナリオは,大恐慌のそれに匹敵する.2020年4月はじめになされた推定では,世界の所得成長が急速に再開したなら貿易の減少は短期で急激なものとなるだろうと考えられている.だが,悲観的な予想シナリオでは,貿易の減少は2022年まで完全に回復しきらない.こうした数字は,世界銀行による推定と一致している.世銀によれば,2019年2月に比べて,2020年2月ですでに世界の貿易は 5.7% 減少している.

【図1】WTO による予想: 2020年の「貿易大々崩壊」(2015年=100)

  • 青い線:貿易取引
  • 緑の線: 楽観的シナリオ
  • 赤い線: 悲観的シナリオ
  • 灰色の破線: 1990-2008年のトレンド
  • 黄色い破線: 2011-2018年のトレンド

今日の貿易崩壊がそこまで大きくなると予想される理由は,何だろうか? はっきりした理由は2つある (Baldwin 2020):

・2008年危機が直撃したのはアメリカとイギリスだった.他方,今日の危機は,ほんの数ヶ月のあいだに世界でも最大級の貿易国すべてに直撃している.

アメリカ・中国・日本・ドイツ・イギリス・フランス・イタリア――こうした国々はいずれも第1四半期にウイルスに痛手を被っている――世界の供給と需要 (GDP) の 60%,世界の製造業の 65%,そして世界の製造業輸出品でもそれと同程度を,これらの国々が占めている

・かつての貿易大崩壊の主な原因は,需要の崩壊だった.他方で,IMF がいう今日の「大封鎖」では,供給側に深刻な機能停止・混乱が生じて,世界の経済大国すべてのあらゆる部門がその影響を受けている.

2008年と同様に今日の貿易ショックでも,保護主義への回帰がなされるのではないかとの懸念が強まっている.そうした懸念について考えよう.

pt.3 に続く


原註

[2] この減少の網羅的な記録は Baldwin (2009) を参照.
[3] 全文は右を参照: https://www.nytimes.com/2008/11/16/washington/summit-text.html
[4] 正確な数値は Global Trade Alert Reports を参照: https://www.globaltradealert.org/reports

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