景気後退は保護主義の召使いだというのが通説だ.すでに述べたように,1930年代序盤の経験という歴史の実例を見れば,この通説にもなっとくがいく.その帰結は,陰惨だった.傑出した経済史家たち Barry Eichengreen と Douglas Irwin はこう論じている:「大恐慌にはいまなお論争が続いている側面が多々ある.だが,それでもただひとつ,諸説が一致している点がある.それは,制限的な通商政策を採用したのは破壊的で逆効果だった,という点だ.」(Eichengreen & Irwin 2009).
2008年と同じく,今日も世界の指導者たちは過去の教訓にならわない陥穽を警戒している.世界銀行の David Malpass 総裁は,先日こう発言している――「諸国は踏み込んでこう発言する必要があります,『我々はこの危機を利用して自国市場を閉じたり自国市場を囲い込んだりする口実にはしません』と」(Malpass 2020).IMF のチーフエコノミスト Gita Gopinath 教授は,保護主義の難点を正しく見定めている:「グローバル化の利得を逆戻りさせてしまう未来を招かないことが非常に重要です.」[n.5] だが,指導者たちがもれなくこのように考えているわけではない.
保護主義は勝手に空から降ってくるわけではない――苦境につけこんで保護主義を主張する人々がいてはじめて存在するのだ.もちろん,保護主義を唱える人々も,内向きに閉じようという切り口で自説を述べたりはしない.供給を確保するといった主張で保護主義を唱えるのだ.2020年2月に,医療用品の供給が不足しそうな見通しに触れて,トランプ大統領補佐官のピーター・ナヴァロはこう主張した: [n.6]
「長年にわたって密かに合衆国の経済と国民の安全を脅かしていた問題にいよいよ目覚めてとりかかるときがきたのです(…).今般のコロナウイルスや2009年の豚インフルエンザ H1N1 から我々が学んだことがあるとすれば,それは,必要不可欠な物品は,マスクからワクチンにいたるまで,その供給を他国に必ずしも依存するわけにはいかないということです.たとえ関係の深い同盟国といえども,それは同じです.」
これほどあからさまではないまでも,もっと穏やかな〔保護主義的な〕心情は,他の高官たちも表明している.そうした表明は,必ずしも経済ナショナリズムと結びついてはいない.欧州委員会の保健衛生担当委員ステラ・キリアキデスは,問題をこう述べている:「中国をはじめとする諸国に対する EU の依存という問題は(…)COVID-19 以前は議題にのっておりませんでした」「[今回の危機によって]この問題が大きく浮かび上がり,これに目を向ける必要が生じています.他国への依存を減らす必要があります.」[n.7] キリアキデスの同僚で欧州委員会の域内市場委員のティエリー・ブルトンは,産業政策をはじめとする職務を担当している.彼は次のような意見を述べている:「グローバル化は行き過ぎています.」 さらに,こうも述べている:「今回の危機以後,我々と世界との関係はいままでとちがったものとなると確信しています.」[n.8]
これまでのところ,新たな産業政策・貿易差別などの具体的な提案は出ていない.だが,反貿易の地域主義が勢いを得るのは容易に予想がつく――欧州復興開発銀行 (EBRD) のチーフエコノミストをつとめる Beata Javorcik 教授が,この eブックへの寄稿で指摘しているとおりだ.
【pt.4 に続く】
原註 [5] Rappeport & Smialek (2020) での引用.
[6] Politi (2020) での引用.
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