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内向きに転じてもうまくいかない本 eブックの論考がそろって発しているとくに重要なメッセージのひとつはこれだ:保護主義は COVID-19 パンデミックのさなかにうまくいっていない.」――お好みならこう言い直してもいい:「外国の利害よりも国内の利害を優先した政府の行動は,うまくいっていない.」 そうした保護主義は COVID-19 に苦しむ外国の犠牲者たちを害し,外国での公衆衛生介入の効果も低下させてしまうばかりでなく,自国でもパンデミックに対抗する行動をほぼ利さないのだ.
したがって,保護主義のこうした批判は大部分がパンデミック時のものに限定される.伝統的に,経済学で貿易差別を批判するときには,リソースの配分を誤ることや,コスト削減・技術開発・生産性向上を進めるインセンティブが弱まることを根拠にするが,パンデミック時の保護主義に対する批判はそれと異なっている.とはいえ,べつに,伝統的な保護主義批判に苦言を呈そうというわけではない――そうではなくて,政策担当者たちが正しく公衆衛生の諸問題に傾注しているときに差別的貿易政策がほとんど貢献しないことを本書の多くの章では示している.
保護主義がこれほどまでにウリがないのにも理由がある.COVID-19 パンデミックのさなかに政策担当者たちが直面するさまざまな課題の根っこにある原因に,保護主義は直接対処しないからだ.ほぼいつでも,貿易を妨げたり供給ルートを阻害したりしないもっと効果的な公共政策ツールがある.問うべきことは,「この通商政策ツールは助けになるか?」ではなく,「利用できる政策ツールのうち,もっともプラスの効果をもつものはどれだろうか?」だ.保護主義の通商政策はたいていこのテストに失格する.
一例として,医療キットの不足をとりあげよう.パンデミックへの備えがうまくできていなかった国や,パンデミック対応プランの実施に失敗した国や,COVID-19 が発生した中国での事態の展開が発していた危険信号を長く無視して手遅れになってしまった国では,医療キットが不足した.こうした不足は,医療用品・医療器具・医薬品への需要が急増したことを反映しているのであって,国内供給が崩壊したのを反映しているわけではない.
この文脈では,医療用品の輸出を禁止したところで,その禁輸措置をとった国のなかで医療用品の供給がいくらか増えたりはしない.禁輸措置があってもなくても,その多くは国内の買い手に売られているかもしれない.こうした輸出禁止は,生産を増やすインセンティブや新規の製造業者参入をうながすインセンティブとは,なんら関わりがない.(もしかすると助成金を受けた製品の一部が海外に送られるために政治的に魅力がないという理由で)生産助成金が利用できない場合には,政府に医療用品を売っている企業に高い最低価格保証をつけるという方法がある.その方が,輸出を禁止するよりも供給不足に対処するもっと直接的な解決法になる.
また,輸出禁止は事業計画に混乱を招いたり,製品流通を滞らせたり,積み替えパターンの変更を余儀なくさせたりしてしまう.本書に寄稿した Matteo Fiorini, Bernard hoekman & Aydin Yildirim は,説得力ある多国籍企業の事例研究を用いてこうした論点を立証している(ボックス記事 #1).現代の企業運営はさまざまな点で複雑だ.パンデミック対応を設計する際には,この複雑性を考慮に入れる必要がある.
著者たちは,次のように述べている――各種の個人防護具を,国内の買い手のために国内で生産する傾向がある場合ですら,国外の生産施設から追加の供給を確保する選択肢はいつでも貴重だ.そうした設備が国外に置かれている国で政府が輸出禁止を行ったなら,この選択肢を選ぶのは不可能になる.
最初に一部の部門でとられた保護主義が他の部門や政策手段へと拡大しがちな傾向はよく知られている.そして,この傾向は COVID-19 パンデミックの当初から確認されている.農産物や食料の確保ができなくなるのではという恐れから,すでに35ヶ国の政府が輸出を抑えている.過去に幾度となくとられたそうした制限の成果がまちまちであるにも関わらずだ.過去の制限に関して,2006年-2008年にコモディティ製品の価格が急騰したあとにとられた食料輸出制限が総じて意図した効果をもたず,ときに逆効果ですらあったことを,Will Martin & Joe Glauber の論考は振り返っている.
他の領域では,COVID-19 パンデミック以前から明らかだったより制限を強める政策の傾向が,国外の商業的利害関係者に対する差別によって強化されている.国内企業やその他の資産を国外の買い手が買収・購入する際の審査を強化する措置をいくつもの政府が今年とっているのをPrzemek Kowalski は詳しく述べている.Kowalski の主張によれば,国外からの投資の審査に当てはめる多角的ルールブックがないために,こうした政策の採用が予想しがたく差別的なかたちになるリスクが高まるという.
前のセクションで述べたように,サプライチェーンを自国に呼び戻す主張の口実に今回のパンデミックを利用しようとしている向きもある.Anna Stellinger, Ingrid Berglund, & Henrik Isakson が執筆した章では,洪水や地震といった環境要因の問題が生じうるために,一国に生産を集中するのにもリスクはついてまわると述べている.
さらに,Sébastien Miroudot の論考では,生産を地理的に集中させると,〔一時的な混乱から〕サプライチェーンが復元する力や頑健性がむしばまれると論じている.だが,Beata Javorcik が言うように,このさき数年にわたって,サプライチェーンはいっそう重視されることになるだろう.とはいえ,混乱からの復元力を強化するのにどういった政策介入が必要なのかという点については,さらに考えなくてはならない.公共政策が対処すべき市場の失敗はどういうものなのかをつきとめるのが重要だろう.
多くの国内市場で生産されている供給を買い手が利用できるようにすることで,個別の買い手に限定されたリスクや個別の国に限定されたリスクは低減される.開かれた貿易体制によって,ある一国が国内だけで生産を行っている場合には利用できないリスク共有のさまざまな選択肢が提供される――これは,グローバル化がもたらす重要かつ十分に評価されていない便益だ.自国でも運の悪い出来事は起こるものだ.医療キットや医薬品を扱う賢い買い手は,国外の供給業者との関係を構築することでこのリスクを緩和できる.だが,それも,関係国の政府が邪魔をしないかぎりでのことだ.
一国がとる方策で達成できることの限界に世界各国の政府が直面しているなかで,一部の人々には流行遅れに見えるにせよ,政府どうしのなんらかの協力形態が関わる選択肢は,まだ残っている.ここで,複数の国々が協調する対応策を考案するさいに,世界貿易体制の非差別原則は有用な手引きとなってくれる.COVID-19 パンデミックに苦しむ患者たちの生命を救うためにも,現場で患者たちに対応している医療専門職の健康を守るためにも,当該の各種製品が必要とされているときに,一国の水準での差別をやめるかわりに,国際的な水準でえこひいきをはじめるような真似は,擁護する余地がない.
それどころか,他者への危害に関して,Chad Bown は EU や合衆国からの医療用品の供給に途上国が依存しているという証拠を提示している――だが,EU や合衆国の輸出制限によって,そうした供給はいまや細くなっている.南半球で COVID-19 を撲滅できなかったら,北半球で感染拡大の次なる波が到来する確率は高まる.パンデミックのさなかにあって保護主義の危険が通常と異なったかたちをとる一例が,ここにも見つかる.
【pt.6 に続く】
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