新しいコロナウイルスは,古くもあり新しくもある.このパンデミックも通例どおり総需要と総供給の両方に対するショックとなっている.だが,今回は中国が発生地となりしかも最大の打撃を受けたこと,そして,それにともないサプライチェーンにさまざまな影響が生じたことは,新しい.このコラムでは,COVIC-19 の経済問題に関連する多様な話題について,指導的な経済学者たちが執筆した14編の論考を集めた Vox eBook の新著を紹介する.
編者の註記: このコラムは,COVIC-19 の経済問題に関連する多様な話題について指導的な経済学者たちが執筆した14編の論考を掲載した VoxEU eBook の新著を紹介する.
新しいコロナウイルス(専門的には COVID-19)は,新しくもあり,古くもある.このパンデミックも通例にたがわず総需要と総供給の両方に対するショックとなっている.この点で,標準的なマクロ経済ツールでは対処が難しい.リッチモンド連銀総裁トム・バーキンが言ったとおり,「中央銀行ではワクチンをつくりだせませんので.」 だが,今回のパンデミックは,非常に,非常に,異質だ.
ウイルスに最初におそわれたのが中国で,しかも最大の打撃を受けたことで,今回は新しい事態となっている.というのも,この数十年で中国は「工業中間財の OPEC」になっているからだ.世界中の製造業は,中国製の各種部品に依存している――しかも,その多くは,今回とくに大きな打撃を受けた地域で製造されている.コロナウイルスの感染症は中国で徐々に弱まりつつあるものの,中国製造業の奇跡は,以前の奇跡的な規模にまで復帰するにはいたっていない.さらに,今回のコロナウイルスは,《アジア工場》の他の主要3ヶ国にも痛打を与えている――日本・韓国・シンガポールの3ヶ国だ.これら東アジア諸国でウイルスに関連して発生した混乱だけでも,ほぼすべての国々の製造部門に「サプライチェーン感染」を引き起こすだろう.
図1: 中国経済は回復しつつあるが回復しきってはいない
出典: Financial Times COVID tracker.
さらに悪いことに,本書の最終稿が上がった2020年3月5日木曜に,一日当たりの新規感染者数で合衆国は世界9位となった.2020年3月6日金曜の今日,合衆国は新規感染者数で7位となっている.合衆国で報告された新規感染者数は1日で 118% 増加したことになる.これは,事例の数が指数関数的な曲線を描く「間口」に増加プロセスが入ったときに見られる加速的な増加を予感させる.この2日間で,一日当たり新規感染者数は,ドイツで 109%,フランスで 89%増加している(表1).ようするに,このウイルスは他の G7諸国でも爆発的ペースで拡大している.もはや,中国のみの事象ではない.
表1: COVID-19 感染の一日あたり新規報告数,2020年3月5~6日
イタリアも〔感染者が増加している〕,だが新規感染者で見ると他の G7 諸国に先行している.イタリアの延べ感染者数は 3,858件で,世界4位となっている.だが,図2 に見られるように,イタリアで起きたことは,他の G7 諸国でも進行中のように見受けられる.イタリアのこれまでの推移と他の G7 諸国との比較が一目見て引き立つように,図は新規事例80件のところで切り詰めてある.健康面でカナダは例外のようだ.
図2: G7諸国に生じた医療ショック: COVID-19 の疫学的曲線(一日当たりの新規感染事例)
出典: ECDC (https://www.ecdc.europa.eu/en/geographical-distribution-2019-ncov-cases)
このように G7 諸国に感染が広まっているのは重大な問題だ.というのも,それは世界の半分以上が感染しているということだからだ.この eBook から抜粋した表2 は,2020年3月3日のデータを用いてこの点を図解している.
表2: 世界の経済大国と COVID-19(2020年2月29日更新)
合衆国・中国・日本・ドイツ・イギリス・フランス・イタリアで,次のようなシェアを占めている:
この場に実にふさわしい例の警句をもじって言えば:「こうした経済大国がくしゃみをすれば,世界の他の国々が風邪を引く」のだ.
こうした国々は――とくに中国・韓国・日本・ドイツ・合衆国は――全世界的なバリューチェーンを構成する国々でもある.このため,こうした国々の災難はほぼあらゆる国々で「サプライチェーン感染」を生じさせる.
データには,すでにそうした供給側ショックが反映されている.2020年2月の中国の主要な工場活動指標である Caixin/Markit 購買担当者景気指数 (PMI) では,記録的な最低水準を示している.「中国の製造業経済は先月,疫病により影響を受けた」と CEBM Group 主席エコノミスト Zhengsheng Zhong は発言している.「需要側と供給側の双方が弱まっている,サプライチェーンは停滞している.」 中国の労働力は徐々に業務に復帰してきているものの,東アジア諸国の購買担当者景気指数では生産が急激に低下している.とくに韓国・日本・ベトナム・台湾で顕著だ.
経済的ショックの規模マクロ経済モデルの研究者たちは,世界経済に及ぶショックの規模を推定しようとつとめている.OECD(本書のLaurence Boone の章を参照)の推定では,中国と残り数カ国のみで感染拡大が終熄する基礎シナリオだと2020年に世界の経済成長の減速はおよそ 0.5% となりうる.これより悲観的なシナリオでは,北半球全体に広く感染が拡大すると想定する.その場合,2020年の世界 GDP 成長は 1.5% 減少する.この影響の大半は需要の低下に起因するものだが,このシナリオでは不確実性に起因するマイナスの影響も顕著なものとなっている.
〔本書に収録された〕Mann の論考では,この危機が V字ではなく U字となる可能性を論じている.これは,近年の類似した感染流行期や他の供給側ショックで見られた事態だ.Mann が述べる主眼は,彼女が論じるリンク機構により受ける影響は,各国でさまざまに異なるという点にある.影響は一部の国々・部門では V字すなわち短期かつ急激に推移して感染拡大前の成長パスに完全復帰する一方で,残りの国々では影響が長々と継続するかもしれない.ここから,少なくとも製造業では,全世界的なデータで全体的な影響は U字に近いものとなりうることが示唆される.
サービス業では,ショックはなかなか回復しづらくなるだろう.このため,影響の推移は L字型となるかもしれない.つまり,その場合には成長はしばらく下落し,やがて回復に向かうものの,元の水準にまでは復帰しない.〔感染を避けるべく〕レストランでの外食・映画館でのデート・屋外ですごす休日をあきらめた人々が〔感染拡大が収まった後に〕外食・映画鑑賞・外出を2倍に増やしてその分を埋め合わせることは,ありそうにない.観光業・輸送サービス・国内のさまざまな活動へのショックが回復することはないだろう.国内サービス業もウイルス感染拡大の痛手を被るだろうと Mann は予測している.
McKibbin & Fernando の論考では,中国限定のショックと全世界的なショックの深刻度をさまざまに想定してその影響を推定している.もっとも深刻なシナリオ(きわめて高い感染率のシナリオ)では,2020年の経済成長に生じる影響は,〔本書収録の〕Boone 論考がいう不運な場合に比べて4倍の大きさになるという.このシナリオでは,日本が GDP の 10% 近くを喪失してもっとも大きな打撃を受け,これに次いでドイツと合衆国がそれぞれ約 8% の喪失となる.
図3: 2020年の GDP 低下,ベースラインからの偏差(McKibbin & Fernando による推定, S4-S7, 全世界的パンデミックシナリオ)
政策対応同じウイルスの挙動に対しても,政府の対応はさまざまに異なりうる.Weder di Mauro が担当した章で述べているように:
経済的打撃の規模と持続期間は,突然見舞われたこの自然と恐怖との遭遇に政府がどう対処するかで変わってくる.
暗い面を言えば,全世界のさまざまな側面におよぶ経済危機となって,グローバル化の退行が長く続くかもしれない.明るい面を言えば,政策担当者たちが共通の危機対応を実施する瞬間となるかもしれない.さらには,政策担当者たちが信頼を再構築して協調精神を生み出し,人類が気候変動のような他の共通の脅威に対処しやすくなるかもしれない.
考える値打ちのあるアイディアがある.それは,EU 連帯基金の拡大版だ.EU 連帯基金は 2002年に大規模災害発生時に EU 加盟国を支援するために創設された.洪水・地震・火山噴火・森林火災・干ばつなどの自然災害を想定した基金だ.この基金は,災害に見舞われた国からの申請を受けて動員できる.欧州全体の規模での介入を正当化する水準の災害が発生していることが,その条件となる [n.1].2018年に,オーストリア・イタリア・ルーマニアの自然災害を受けて EU 連帯基金はおよそ 3億ユーロを拠出している.
COVID-19 が引き起こした混乱は,間違いなく自然災害と呼ぶにふさわしい.EU 連帯基金の規模を拡大して介入すれば,この感染拡大に影響を受けた地域と人々に一定の救済を提供できるだろう.さらに,それは急ぎの救済であることにとどまらず,重要なシグナルを送ることだろう.
私たちは楽天家だ.そこで,本書を締めくくる論考も楽天的なものを配した:
“Jean Monnet´s famous words that Europe will be forged in crisis might ring true once more.“
「欧州は危機において結束するだろうというジャン・モネの有名な言葉は,いまあらためて真実味をもって響くかもしれない」
Baldwin, R and B Weder di Mauro (2020), Economics in the Time of COVID-19, a VoxEU.org eBook, CEPR Press.
註n.1 右を参照: https://ec.europa.eu/regional_policy/en/policy/evaluations/ec/eusf2002_2017
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