Paul Krugman, “An Ambitious Plan For Climate Change,” Krugman & Co., June 6, 2014.
[“Coal Comfort,” June 2, 2014; “Cheap Climate Protection,” May 28, 2014.]
お安くて野心的な気候変動対策
by ポール・クルーグマン
オバマ大統領に失望感を抱いている人と,このまえ議論する機会があった.オバマ大統領は,支持者たちの大きな期待に答えてくれなかった,というのがその人の不満だった.そこでぼくがこう言って返すと,彼はびっくりした様子だった:ぼくはだんだん彼のことが好きになってきてるけどね,2期目に入ってから彼が辛抱強くやるようになって.
もちろん,「高邁な修辞でぼくらの政治生活が一変しうる」とか,「オバマ氏が純粋に意志の力であのどうかしてる右派連中を中道派に変えられる」なんて信じていたら,失望もするだろう.でも,ぼくはその手のことはまったくいいと思ってなかった.それどころか,例の感動的な演説を聞くたびに,イライラしてたほどだ.ああいう演説を聞くと,「どうもオバマ氏は自分の直面してることを理解してないんじゃないか」ってぼくには思えたんだ.
その代わりにモノを言ったのは,具体的な成果だった.時がたつにつれてアメリカをもっといい方向にかたちづくっていくだろう具体的な成果の方が重大だった.そして,ようやくオバマ氏はやり遂げた.医療改革は機能してるし,これをどうにか白紙撤回させたがってる連中もだんだん勢いをなくして退散しつつある.
そして今度は環境だ.
発電所から出る炭素汚染を削減しようという新しい提案は,それだけだと地球を救うのに十分じゃあない.それに,医療改革と同じく,法とまっとうな政策よりも自分たちの党派的忠誠心を優先させる最高裁判事が十分にそろってしまえば,この提案も白紙にされかねない.ただ,このプランが実施されれば,そこから生じるいろんな含意はとても大きなものになる.気候外交が再開できるだろう.また,キャップ・アンド・トレード〔キャップ=排出量の上限を決めて排出量を取引する制度〕みたいなものが実際に行われれば,「うまくいわけがない」って悲観論者たちが主張してるコストよりもはるかに安上がりなのがわかるだろう.そうなれば,反環境保護のいろんな主張はしぼんでいくはずだ.ちょうど,医療保険制度改革が成功をおさめると,国民皆保険制度に敵対してる連中の主張がしぼんでいったのと同じようにね.
というわけで,今回の件はほんとに心強い.抵抗にあっても大統領がひるまずに対抗してくれることをひたすら願うばかりだ――いいことをひとつ言うとね,このところぼくは,彼がきっとやってくれるだろうと信じ始めてるんだよ.
© The New York Times News Service
石炭業界の安心価格経済学
オバマ政権が発電所に新たな規制をかけることに対して,アメリカの商工会議所が先制攻撃をしかけた.商工会議所がのぞんだのは,この規制のもたらす影響が壊滅的なものになると示すことだった.そこでぼくは,連中がどう数字をごまかすか,これは見逃せない見物だなと思った.
ところが,罵倒をかましてやろうとしてたところにおもしろいことが起きた.商工会議所は,どうやら信用を保つ方が大事だと判断したらしく,分析を外部に委託してしまったんだ.で,結果を都合よく操作しようと試みてはみたものの,商工会議所が実際に目の当たりにしたのは,温室効果ガスに対して徹底的な対策をとるのにかかる経済的コストはびっくりするほど小さいってことだった.
商工会議所がおそろしげなつもりで言ってる売り文句はこうだ――現在から2030年までドルの価値を一定に調整したとき,規制がアメリカ経済に強いるコストは年間502億ドルですぞ.
500億ドルって巨額かな? 議会予算局の長期予想によると,2014年から2030年まで平均の1年あたり実質国内総生産は21兆5000ドルになるそうだ.ってことは,商工会議所がぼくらに教えてくれてるのは,「温室効果ガスの大幅削減は,GDP の 0.2 パーセントってコストで達成できますよ」ってことだ.あら,お安いわ!
たしかに,それと併せて,「この規制で年間で平均 224,000 件の雇用のコストが生じる」とも商工会議所は言ってる.
こいつはダメ経済学だよ:アメリカの雇用を決定するのは,インフレと失業との基本的トレードオフとマクロ経済政策との相互作用だ.環境保護が(実質賃金ではなくて)雇用の件数を減らすって考えるべきまともな理由なんて,ひとつもない.
それに,額面通りに受け取ったとしても,1億4000万の労働者がいる国で 22万4000件なんて小さな数字でしょうに.
というわけで,こっちは商工会議所のダメダメ経済学をこき下ろしてやる気満々だったんだけど,連中が実際に見せてくれたのは,「お金で研究をどうにかしようとしても,気候変動対策の経済事情はとてもかんたんそうに見える」ってことだ.
© The New York Times News Service
【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する
頑健な新規制
by ショーン・トレイナー
今月,バラク・オバマ大統領が,合衆国における温室効果ガス排出量の削減を目的とする新しい一連の規制を発表した:この規制では,2030年までに,発電所は2005年水準を30パーセント下回るように排出量を削減することが必要とされる.
多くのアナリストは,これまでに気候変動に退所すべく政府がとってきた方策のなかでも最重要なものだと言って,この新規則を称賛している.他方,共和党の指導者たちや実業家グループは,経済成長への大きな脅威だと主張している.
2008年に大統領選挙に勝利したあと,オバマ氏は気候変動に対処する法案を通そうと試みたが,その努力は議会共和党に阻まれた.共和党議員の多くは,「気候変動など起きていない」と否定するか,対処するための経済的コストがあまりに高くついてしまうと主張している.共和党が2010年に下院を掌握したとき,オバマ政権は立法的手段で気候変動への対策をとれなくなってしまった.多くの環境保護論者たちは,立法的手段の代わりに,「大気浄化法」(Clean Air Act) で政府に与えられている権限をオバマ氏は利用するべきだと主張するようになった.
大気浄化法は半世紀近く前に可決された法律で,これによって国の環境保護庁は大気汚染を規制する権限が与えられている.これまでに何度か,最高裁は「温室効果ガスは汚染物質である」との判決を支持したことがある.環境保護庁が導入した新しい規則は一定期間にわたってパブリックコメントを受け付けたあと,議会から追加の承認を得ることなく実施できる.
多くの支持者は,オバマ氏の政治的勇気を称賛したが,今年後半に石炭採掘業のさかんな州で選挙に出る民主党議員たちにとって,この規制は問題となりかねない.
Salon の政治記者サイモン・マロイはこう書いている――「どんな結果が飛び出すにしても,気候変動に対してなにも手を打たないでいることでもたらされる損害の方が,来年1月に議会の面子がどんな構成になっているかよりも,はるかに大きな心配事だ.」
© The New York Times News Service