Paul Krugman, “A Virtual Currency Raises Real-World Questions,” Krugman & Co., January 9, 2014.
ビットコインが提起する現実世界の問題
by ポール・クルーグマン
実証経済学(実際の物事の仕組み)と規範経済学(物事のあるべき姿)の区別は,いつだって大事で,いつだって難しい.
実際,これまでぼくが書いてきたマクロ経済のいろんな問題では,すごく大勢の経済学者たちが,その区別をしっかりできないでいる.彼らは政治的な理由からでしゃばりな政府を嫌っていて,そこから,財政刺激がうまくいかない理由だとか,金融刺激が破滅的な結果をもたらすだろうといったことについて,ほんとにひどい論証を展開するにいたっている.
でも,ここではマクロ経済学じゃなくてお金について話すことにしたい――具体的には,仮想通貨ビットコインの話をしたい.
ここまでのところ,ビットコイン談義のほぼすべては実証経済学を中心にしている――「これってほんとに機能できるの?」という話がその中心になっている.ぼくとしては,いまだにどうにも説得されないでいると言わざるをえない.成功を収めるためには,お金は交換の媒体であると同時に,ほどほどに安定した価値の貯蔵手段にならなくちゃいけない.そして,ビットコインが安定した価値の貯蔵手段になりそうな理由は,まるっきり不明瞭なままなんだ.
経済学者のブラッド・デロングが今月はじめに,『ワシントン公平成長研究所』(Washington Center for Equitable Growth) に出したオンラインの記事で,この点を解説してる:「金の価値の支えになってるのは,他の全てがダメになっても金を使ってすてきなものをつくれるって事実だ」――と彼は書いてる.「ドルの価値を支えてるのは,(a) ドルを使ってアメリカ政府の税金を払えるって事実と,(b) 連銀が潜在的にドルの「流し台」になっていて,年率2パーセントを(大幅に)超える割合でその実質価値が下がりだしたら,ドルを買い戻して市場から引き上げると約束してるって事実,この2つの組み合わせだ.」
デロングはさらに続けてこう書く:「金の価値に上限をつける天井は,採掘技術と,こんな見通しだ――『もし金の価格が長い間にわたって上がり続けてしまったときには,金の産出がたっぷりと増やされることになるだろう』.ドルの価値にとって天井になっているのは,実際にドルをうみだす源泉として連銀が担っている役割と,デフレが起こるのを許さないという連銀のコミットメントだ〔デフレ=物価の継続的下落はドルの上昇でもある〕.ビットコインの価値にとって天井になっているのは,コンピュータ技術とハッシュ機能の形式だ――2100万ビットコインの制限に到達するまでは.ビットコインの価値にとって,下限の床になっているのは,――いったい何だろう?」
ぼくはずっと,ビットコインに熱狂してる賢いテクノロジー屋さんたちと会話をしてきたし,いまもしてる――でも,彼らに「ビットコインはどうして信頼できる価値の貯蔵手段になるのか説明してみて」って頼んでみても,彼らは決まって,「ビットコインがいかにすばらしい交換媒体か」って話に舞い戻ってしまう.かりにそのすばらしさを納得したとして(ちっとも納得しないけどね),それじゃあぼくの疑問は解消しない.で,いまだにぼくは,この2つは別々の問題だってことを話し相手に納得させられずにいる.
ただ,さっき言ったように,これは実証的な議論だ.規範的な経済学の方はどうだろう?
さて,ここでひとつ,チャーリー・ストロスを読んでいただいた方がよさそうだ:「ビットコインは,武器として設計されているように見える」と,このSF作家は先月のオンライン記事で書いてる.「つまり,中央銀行と貨幣を発行する銀行に打撃を与えるべく意図されているように見える.そこにあるのは,リバタリアンな政治的企てだ――収税し,自国民の金銭的取引を監視する国の能力に打撃を与えるよう意図されてる.」 右のリンクからご一読を:bit.ly/1i1UGqg
ストロス氏はそのリバタリアンな企てが好きじゃないし,そこはぼくも同じだ.ただ,好き嫌いでビットコインの実証的分析をどんなかたちでも偏らせないようにつとめてる.とはいえ,ビットコインに熱を上げてる人の多くが熱を上げてる理由は,ストロス氏が書いてるように,おそらく「金崇拝[フェティッシュ]と同じ心理に訴えかけてる」からだろう.
というわけで,ビットコインについては,バブルなのかどうかって話と,それがいいものなのかどうかって話の両方をすることだ――ひとつには,2つの問いを混乱させちゃってないか確認するためにね.
© The New York Times News Service
【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する
ビットコインの隆盛
by ショーン・トレイナー
2013年を通して,投機家たちがビットコインの価値を劇的に押し上げるにつれて,仮想通貨ビットコインはメディアの注目を広く集めた.
ビットコインは世界最初の「暗号通貨」で,暗号学のいろんな原理に基づいて取引の安全を保証している.中央銀行の気まぐれに左右される不換紙幣とちがって,ビットコイン・システムの管理は分散化されていて,広大な P2P のネットワーク中に広まっている.一部のユーザーは,この点を高く評価している.ビットコインの取引は「マイニング」というプロセスで行われる.マイニングでは,世界中のユーザーが,取引の実行に自分のコンピュータがもつ処理能力の一部を差し出すのと引き替えに,新しく発行されたビットコインが与えられる(つくりだされるビットコインは2100万までだ).
この通貨がはじめて登場したのは2009年のことで,最近までビットコインは,せいぜいのところ,The Silk Road みたいな闇市場ウェブサイトで違法な品物の購入したときの支払いを匿名で済ます手段として知られているだけだった.2013年1月1日,1ビットコインの売却値は約13ドルだった.10月,アメリカ当局は The Silk Road を閉鎖した.このことで,評論家や投機家の間に,ビットコインが合法になるかもしれないという見込みが広まり,その価格がハネ上がった.そして11月,アメリカ上院委員会の公聴会で,仮想通貨は「合法的な金融サービス」を提供するものだと当局が発言し,これでビットコインの価値は急騰し,1ビットコインが1200ドル以上の値をつけた.
ところが,ビットコインを使うと裕福な市民が巨額を国内から違法に持ち出せることに警戒した中国当局は,12月になって,銀行がビットコインを使用することを政府は禁じると公表した.これを受けて,ビットコインの価値は50パーセント以上も急落している.
しかし,ビットコインはその後かなり値を戻している.ビットコインを受け入れる小売業者が増えるなか,今月はじめ,ゲーム会社の Zynga は自社もビットコインを受け入れると発表し,この通貨の価値は1000ドル以上にまで再びハネ上がった.
こうした急変動がたびたび起こることから,多くのアナリストは,ビットコインが高い値をつけていることでいずれバブルにいたり,価値の貯蔵手段としての効用が疑わしくなると主張している.
© The New York Times News Service
翻訳ありがとう。ミスタイプは
「貯蔵手段になのか説明してみて」
ってとこぐらいですか。
修正しました.ありがとうございます.
タイポを1つ見つけました。
「金を使ってすてきなっものをつくれるって事実だ」
「金を使ってすてきなものをつくれるって事実だ」
” …that these are different questions” っていうのは、ビットコインが「信頼できる価値の貯蔵手段」か、ということと、「すばらしい交換媒体」か、ということは、「別の問題だ」という意味じゃないでしょうか。these と there の見間違いかなんかじゃないかと創造しますが。
ご指摘のとおりです.修正しました.ありがとうございます.
「 右のリンクからご一読を:bit.ly/1i1UGqg」と短縮リンクになってるのは、意図的なものでしょうか。念の為。
修正しました.
“One suspects, ” がひょっとしたら訳抜けかも。
” about Bitcoin” の後の “and all that” がひょっとしたら訳抜けかも。
これは配信版の記事ではなくなっていたので,訳文でもそのようにしてあります.
なるほど。お騒がせしてすいませんでした。