ポール・クルーグマン「世襲富豪の問題:マンキュー論説の批判」

Paul Krugman, “The Trouble With Dynasties,” Krugman & Co., July 4, 2014.
[“Sympathy for the Trustafarians,” June 24, 2014.]


世襲富豪の問題:マンキュー論説の批判

by ポール・クルーグマン

SMIRNOV/The New York Times Syndicate
SMIRNOV/The New York Times Syndicate

グレッグ・マンキューが『ニューヨークタイムズ』で相続財産を擁護してる件について,「コメントしてよ」と大勢の人に頼まれてる.奇妙な文章だね.世襲資本制に関する現実のいろんな懸念から妙に切り離されてる.ともあれ,ここではマンキュー氏の分析にある主な問題点2つにしぼって議論しよう――1つは純粋に経済学的な問題点,もう1つは政治経済が絡んだ問題点だ.

さて,経済学の方から:マンキュー氏の主張によると,代々にわたって財産が蓄積されていくのはみんなにとっていいことだという.なぜなら,それによって資本ストックが増え,したがってそれが賃金上昇のかたちで労働者にしたたり落ちてくる[トリクルダウン]からだそうだ.これってちゃんとした論証だろうか?

そうだなぁ――もし,世の中の経済学者がそうするよう訓練されてることが1つあるとしたら,それは,機会費用についてはっきりさせるってことだ.代々にわたる富の蓄積を,それ以外に可能な資源の利用法と比較するべきなのよ――マンキュー氏が事実上やってるみたいに,代々子孫に相続されていかなかったら富はたんに雲散霧消するだろうと仮定してすませるんじゃなくてね.もしかすると,マンキュー氏は,いまのところお金持ちな人らが豪遊して富をつかいつぶすのが代替の利用法だと仮定してるのかもしれないけれど,それは政策の代替案とはちがう.

というか,いまぼくらがほんとにここで話題にしてるのは,富への課税だ.そして,問われる点は,その税収がどうなるかってことと,お金持ちがそのお金を税金でもっていかれずにすんだときどうなるかってことの比較だ.政府が追加で得た税収を赤字削減に使えば,〔べつに支出は増えないので〕全額分がとっておかれることになる――これに対して,相続されればそのお金の一部だけがとっておかれることになる.政府がその税収を社会保障および/または公共財にあてたら,資本増加からのトリクルダウンよりもずっと大きな便益が労働者たちにもたらされる見込みが大きい.

大事な点は,マンキュー氏の「相続財産は労働者にとって必要ないいことだ」という主張を支持者が正当化するには,政府はその相続税からの歳入でなんにも有益なことをしないんだと言い張るしかない.それって論点先取りでしょ.ともあれ,これはおおっぴらにされるべき主張だ.いかにも経済学的な分析をやってますってフリをしてこっそり忍び込ませるんじゃなくってね.

でも,マンキュー氏の文章にはもっと大きな批判点がある.それは,世襲富豪に富が集中する件をぼくらが懸念してる主な理由を無視してすませてるってことだ――富の集中がぼくらの政治経済をゆがませるっていう懸念,民主制度を損なうっていう懸念を,マンキューの文章は無視しちゃってる.こういう点を懸念するのに,べつに急進左翼になる必要はない――セオドア・ルーズベルトみたいな人たちだけが,この問題をおおやけに語ったわけじゃない.(経済学者トマ・ピケティが指摘してるように)アーヴィン・フィッシャーだって1919年にアメリカ経済学会の会長就任講演で取り上げてる.

ここで興味を引くのは,保守派の経済学者たちも「規制の虜」が危ないのをよく承知してるってことだ.規制の虜になると,公共機関が既得権にハイジャックされる.彼らは集中した富によって民主制度がハイジャックされる問題は,本質においてこれに等しい.でも,それを承知していながら,保守派経済学者たちはのんきに無視してる(または言及することすら拒絶している).ぼくは,規制の虜をかなり深刻に考えてる.でも,「金権主義の虜」もそれと同じくらい深刻に考えてる.そして,資本蓄積の便益が労働者にトリクルダウンされるって主張したところで,この問題に取り組めはしない.

富の集中を制限しようとするどんな試みもその費用が便益を上回ってしまうとマンキュー氏が主張したいのなら,けっこう.でも,「資本がふえるのはいいことだよ」ってのは,その議論に寄与する助けにはならないよ.

© The New York Times News Service


【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

世襲財産

by ショーン・トレイナー

6月21日,ジョージ・W・ブッシュ大統領のもとで主任エコノミストをつとめたグレゴリー・マンキューが『ニューヨークタイムズ』に評論文を寄稿して,経済成長を支えるのに相続財産が果たす役割を擁護した.

マンキュー氏によると,ごく一握りの裕福な家族に富が集中すると,そうした家族は子供たちに残す自分たちの財産を大きくしようとお金を投資する傾向がある.その副産物として,彼らの投資貯蓄は「資本投資の資源[を提供する].たとえば,新規事業の立ち上げ資金や,旧来の事業を拡張する資金になるのだ」と彼は述べる.

フランスの経済学者トマ・ピケティの研究に対して,マンキュー氏はこれまで一連の反論を書いてきた.今回の論説記事は,その最新版にあたる.ピケティ氏の著書『21世紀の資本論』は,ベストセラーとなっている.同書で,ピケティ氏はこう論じている――資本制では,富は自然と集中する傾向がある.なぜなら,資本を所有していることから派生する収益は,歴史的にずっと国の経済全体の成長率を上回ってきたからだ.その結果として,危機が起きて大量の富が一掃されないかぎり,豊かなものはますます豊かになる,というのだ.

また,ピケティ氏はこうも論じている――世界は「世襲資本制」の新たな時代に入ろうとしている.世襲資本制では,グローバル経済と政治制度は世襲した富に支配されるのだと彼は言う.

マンキュー氏が世襲財産の擁護論を発表したあと,多くのリベラル系評論家たちが彼の論理展開を取り上げて問題にした.リベラル系シンクタンク「デモス」のブログ「ポリシーショップ」の評論家 Matt Bruening はこう述べている.「マンキューの論証は反論になっていない.(…)富が全体としていいものだと言っただけでは,富がきわめて不平等に配分されるのはわるいことだという主張を否定できない」

© The New York Times News Service

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  1. 単細胞な考えだけど
    “資本を所有していることから派生する収益は,歴史的にずっと国の経済全体の成長率を上回ってきたからだ”
    この一文だけ見ると再配分より放置しとくのがいいのかも?という結論にもなる。

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