Paul Krugman, “Blaming the Fed,” Krugman & Co., November 7, 2014.
[“Notes on Easy Money and Inequality,” The Conscience of a Liberal, October 25, 2014]
量的緩和が格差を開いているって批判について
by ポール・クルーグマン
ウィリアム・D・コゥハンがジャネット・イェレンFRB議長を攻撃した先日の『ニューヨーク・タイムズ』コラムについて,ぼくのところにもいくらか怒りのメールが届いてる.コゥハンによると,イェレンは,量的緩和によって所得格差をいっそう大きくしたってことになってる.コゥハン氏も,メールの送り主たちも,このつながりは確立された事実だと受け取っていて,格差は批判しつつも,「FRBの政策を支持するやつは誰であろうと偽善者でなければウォール街のいいなり野郎だ」と非難している.
でも,こうした話はぜんぶ,コゥハン氏が自分で自分の言ってることをわかってるってことを前提にしてる.実のところ,彼が低金利のお金について言ってるすごい不満は釣り,陽動ネタで,量的緩和と格差に関する筋書き全体はまるっきり不明瞭だ.
まずは,量的緩和に対する多くの攻撃で核心をなしてる不満から取り上げよう:預金からの金利所得で暮らそうとしてる人たちを低金利が害している,と彼らは言う.そうした人たちがいるのは間違いないし,総じて預金金利が低くなれば、それ以外に金融資産を所有してない人たちは打撃を受ける.でも,それってどれくらい大きいな話なの?
『消費者資産運用調査』を見てみよう (PDF).この調査を見ると,富裕階層による配当・金利所得の情報が得られる.
データからは,富の分配の下4分の3は基本的に投資所得をなんら得ていないのがわかる.75-90〔パーセンタイル〕の人たちはたしかにいくらか投資所得を得ているけれど,〔金融危機前の〕金利が比較的に高かった 2007年ですら,そうした所得は彼らの総所得のたった 1.9 パーセントしか占めていない.金利が大幅に下がった 2010年になると,この数字は 1.6 パーセントにまで下がっている.たぶん,これは量的緩和後にもうちょっと下がってるだろう.でも,量的緩和は預金利子に大した影響を及ぼしていないけどね.ともあれ,要点は次のとおりだ――中流所得アメリカ人に影響全体は,必然的に,小さなものだった.そもそもたくさんないんだから,金利所得をたくさん失えるわけがないのよ.
年金に関しては,いくらかちがった問題がある.FRB憎しの人たちの多くが引用する研究でイングランド銀行が指摘しているように――といっても,ほんとに読んだ人はそんなにいないんじゃないかな――低金利のお金は,年金基金への効果を相殺する効果をもつ:つまり,低金利は彼らの資産の価値を高める一方で,今後の利回りを下げることになる.年金計画が十分に資金を得ている場合にはこうした効果はおおよそ差し引きゼロになるけれど,資金不足になってるときには打撃を受ける.多くの年金計画は,後者だ.かくして,イングランド銀行はこう結論を記している――低金利はいくぶん年金に打撃を与える――けど,その一方で,その効果はおだやかなものだとも示唆している.
じゃあ,量的緩和はお金持ちに大量に再分配してるって印象は,いったいどこからきてるんだろう? 多くは,2010年以降に株価が急上昇した一方で住宅はそうでもないって事実から来てるんじゃないかとぼくはにらんでる――中流家庭は資産の多くを住宅に結びつけているので,これはきわめて不平等を進めるものに見えるわけだ.
低金利が住宅をおいてけぼりにしてる理由はぜんぜん自明じゃない.それどころか,卑劣なる金融政策の秘密の1つに,「通例は住宅を通じて機能する」ってことがある.これが事業投資に直接およぼす影響は小さい.じゃあ,なんで今回はちがってるんだろう? もちろん,答えは,「2000年代中盤に住宅がとてつもないバブルになっていたから」だ.また急騰しないのも無理はないわけだよ.その一方で,株価は2008年から2009年にかけて猛烈に後退した.だけど,それは金融の機能不全と混乱の結果として起きたことだ.おそらく,株価は量的緩和がなくても力強い回復をはたしていたんじゃないかな.
〔訳者の補足:配信版では省略されているが,ブログ原文ではこの部分で「もっと長い目で見てみると,金融政策と株価の関係はさまざまに異なるのがわかる」と述べて,実質株価と実質住宅価格のチャートを示している(参照: [1] [2]).90年代株価バブル崩壊後の低金利政策は住宅価格を大きく押し上げているが,株価はそうでもない.これは近年の逆になっている――「要点は,履歴に大きく左右されるってことだ.お金持ちが所有する種類の資産を量的緩和が体系的に優遇しているって考えは間違っているか,少なくとも誇張されている.」〕
一方,大半の人たちにとって,金利も資産価格も,べつに自分たちの財政状態にとって大事な要因じゃあない――そうじゃなく,すべてはひとえに賃金にかかってる.経済政策研究所がちょうどオンラインにあげたばっかりの新研究にはこうある――「実証的な証拠をみると,金融政策対応が格差に及ぼす影響は,[元共和党議員]ロン・ポールや緊縮派経済学者たちが示唆しているのとは逆方向であることが見てとれる.」
ここで,ぼくらの大半が量的緩和を好ましいと考える理由に話をもどそう.いや,イェレンとぼくがひそかにゴールドマン・サックスからお金をもらってるなんてことはないし,ぼくは(それに,きっとイェレン女史も)非伝統的金融政策がキセキをもたらしうるとも信じていない.不況下の経済に対する主な対応は,財政的なものであるべきだったし,大規模インフラ整備計画を支持する論拠は圧倒的なまま変わりない.
でも,いまの政治の現実を踏まえると,そんなことはおきそうにない.不本意だけど頼みの綱はFRBしかない.まじめに宿題もしないまま,FRBの努力をゴミ箱に放り込むようなまねは,ぜひともしたくないもんだよね.
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【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する
格差に取り組む
by ショーン・トレイナー
先月,格差を論じるカンファレンスのスピーチで,FRB議長ジャネット・イェレンが,アメリカに富める者と貧しい者の所得格差がいっそう開きつつあることに懸念を表明した.「私たちの国の歴史に根をもつ様々な価値とこの傾向が両立するのかどうか,問うのは適切と思います.とりわけ,伝統的にアメリカ人は機会平等に高い価値をおいてきました」――と,イェレンはボストン連銀で発言した.
イェレン議長のスピーチ後,保守系評論家の一部に,次のような指摘の声が上がった――「2008年金融危機以降に,ほかならぬ中央銀行の政策によって格差が悪化してきたのだ」と彼らは言う.ビジネス評論家で作家のウィリアム・D・コゥハンは『ニューヨーク・タイムズ』10月22日に寄稿してこう記している――「金持ちをいっそう金持ちに,貧乏人をますます貧乏にして,量的緩和は所得格差の問題をさらに大きくした.量的緩和が金利を故意に低い水準に押し下げたことで,人々は低金利で借りたお金を使って常軌を逸したかたちで継続して利益を得られるようになったのだ.」
保守系のアメリカン・エンタープライズ・インスティテュートの常勤研究者マイケル・ストレインは,『ワシントン・ポスト』の評論記事でこう論じる――格差は連銀の管轄外で起こる問題であって,イェレン女史は「激論を呼ぶ話題について見解を述べる左寄りの政治家のような物言いをするべきではない.」
『ニューヨーク』誌の評論家ジョナサン・チェイトは,10月28日の記事でこう論じている――イェレン女史のスピーチに対して保守派から強い反応が起きた根っこは,民主党と共和党の戦略的な分裂にある.「両党は,たんに格差の長短について意見を違えているだけではない」とチェイト氏は述べる――「両党は,格差があることを認めることの長短についても,意見を違えているのだ.共和党はよく,格差が開いていることを否定したり,公共の議題からその存在をそらし続けようとする.思い出そう,ミット・ロムニーは格差問題は「静かな部屋〔隔離室〕」でのみ論じるべきだと発言したよね.(…)格差に関する事実を公の場で述べただけで,とくに主張を述べ立てたわけでもないのに,イェレンは党派分裂の一方に身を置くことになってしまってる.」
© The New York Times News Service