マリアンヌ・バートランド, パトリシア・コルテス, クラウディア・オリベッティ, ジェシカ・パン 『社会規範と女性就労機会が出会う時: 教育が女性の婚姻見込みに及ぼす影響』 (2016年6月21日)

Marianne Bertrand, Patricia Cortes, Claudia Olivetti, Jessica Pan, “When social norms and women’s opportunities interact: Effects on women’s marriage prospects by education” (VOX, 21 June 2016)


技能習熟女性および技能未習熟女性の婚姻率は1995年以来各国でかなり異なった変転を遂げている。婚姻率は概して技能習熟女性の方が低くなっているが、一部の国ではギャップは縮まり続けているし、さらには反転をみせる所も在る。本稿では23ヶ国の1995年から2010年の間の年度における実証データを利用し、さまざまな社会において技能習熟女性の労働市場機会が彼女らの婚姻見込みにどのように影響しているのかを考察する。一般的に言って、保守的な社会ほど、技能未習熟女性と比較では技能熟練女性の方が婚姻率が低くなり、技能習熟女性の賃金上昇が及ぼす影響は保守的傾向の度合いに依存している。

婚姻率が先進産業国の殆どで減少を続けていることはよく知られている。この全体的傾向は広い方面の関心を集めており、女性の教育や労働市場進出が内包する婚姻市場・出生率への影響を論じた影響力の有る研究が著されてきた (Becker 1973, Goldin 2006, StevensonとWolfers 2007, Greenwoodら2012)。

全体的な婚姻の減少を中核とする同議論において幾分見過ごされている側面に、技能習熟女性および技能未習熟女性の婚姻見込みが各国で相当異なった変転をみせてきたことがある。合衆国では、歴史的に言って、大学教育を受けた女性は婚姻する可能性の最も低い層だと言える。しかしながら、最近の研究によって技能習熟-技能未習熟婚姻ギャップの漸次的な逆転が実証されており、つまり今日の女学生の婚姻傾向は自らと対をなすところの技能未習熟女性とのそれと同程度になっているのである (IsenとStevenson 2010)。これとは対照的に、東アジアや南ヨーロッパの幾つもの国ではこれと真逆の現象と四苦八苦の取組みが為されている、つまり高等教育を受けた今日の女性の婚姻率が、教育を受けた程度が相対的に少ない女性と比べて、とりわけ低くなっているのだ。

技能習熟女性と技能未習熟女性の対比でみた各国における婚姻見込みの傾向

我々の新たな論文では、23の先進国の1995年から2010年の間の年度におけるデータを利用し、国による技能習熟女性・技能未習熟女性の婚姻率ギャップの違い、およびその漸次的変転の体系的な実証を試みた (Bertrand ら2016)。図1に示されるように、技能習熟女性の婚姻率は技能未習熟女性と比べて全体的に低くなっているとはいえ、北アメリカ、北欧諸国の大部分、および西ヨーロッパの一部ではギャップ自体が縮小 – さらに幾つかのケースでは逆転さえも – してきたようみえる。これとは対照的に、東アジア諸国および南ヨーロッパの一部では、ギャップは一定不変のままか、さもなくば拡大している。

図1 1995年から2010年の間の国毎にみた高技能女性・低技能女性間の婚姻経験率の差

国家横断的にみた婚姻ギャップの違いを把握する為のフレームワーク

技能未習熟女性との比較における技能習熟女性の婚姻市場見込みに関して諸先進国でみられるバラツキを説明する為に、我々は1つのモデルを提示する。このモデルは、一部の国で既婚女性の労働に対し男性から圧倒的な反対が在る事実を、技能習熟女性が直面する婚姻見込みの低下と結び付けたものである。

働く女性に対するネガティブな社会的態度が、世帯内公共財 [household public good] の提供をめぐって配偶者間の意見相違を生みだすことが、本モデルの重要因子となっている [訳注1]。技能習熟女性は相対的に高い賃金を得るので、共有財の提供は技能未習熟女性との比較において少なくなる (単純化を図り、本モデルでは技能未習熟女性は就労しておらず、全ての時間を家庭内生産に充てるものとしている)。その結果えてして婚姻市場における潜在的配偶者としての技能習熟女性の魅力は低減することになる。とはいえ、技能習熟女性の労働市場機会が増加するにつれ、夫の側もこういった女性の収入の高まりを評価し始めるので、技能習熟女性の魅力は高まり始める。

したがって、変化のゆるやかな社会規範を想定するかぎり、本モデルは女性に関する技能習熟-技能未習熟の婚姻ギャップ、および女性の婚姻率の間にU字型の関係を予測することになる。直感的に分かる様に、低い賃金水準では、市場賃金の上昇からくる市場労働の増加は技能習熟女性の婚姻見込みを引き下げる、というのは共有財消費に関する損失が、妻の賃金上昇から夫の側が獲得する効用増分との比較において、あまりに大きすぎるからだ。市場賃金が十分に高い時には、市場賃金のさらなる上昇は働く技能習熟女性の魅力を技能未習熟の非就労女性との比較において高める、高まった技能習熟女性の収入は共有財の供給不足からくる効用損失を補ってあまりあるからだ。

本モデルを利用すれば、技能習熟女性のもつ労働市場機会がその婚姻見込みにどのように影響を及ぼすかを2種類の社会について考察可能だ。1つは伝統的なジェンダー規範が相対的に強い社会、もう1つの方はジェンダー平等的規範が相対的に強い社会である。伝統的性質の勝る社会では、夫が妻のキャリアや収入に付加するウエイトも軽くなる。それ故、妻の収入より、働く妻をもつことで夫が被る負の効用の方が大きくなるような範囲は、ジェンダー平等的性質の勝る社会より広まるだろう。言い換えれば、保守的性質の色濃い規範をもつ社会においては、夫が働く妻をもつことから被る負の効用を埋め合わせるのに必要とされる妻の経済的機会の増大が、いっそう大きなものになるということだ。

本モデルの主要な予測は2つ在る。第一に、他の全てが等しければ、保守的な社会ほど、技能未習熟女性との比較における技能習熟女性の婚姻率、および技能習熟女性の比率は低くなること。第二に、技能習熟女性の賃金の上昇は社会における保守的傾向の度合いに依存してくること。賃金の上昇には、保守的性質の勝る社会で技能習熟女性が直面する婚姻ギャップを拡大するが、ジェンダー平等的性質の勝る社会においてはそれを縮小する傾向が有る。

モデルの予測を検証する

我々は、4つの年 (1995年・2000年・2005年・2010年)・23ヶ国を対象とするパネルデータを利用し、本モデルの予測の実証的検証を試みた。35歳から44歳までの女性の婚姻アウトカムにフォーカスを置いているのは、こうすることで各コホートにおける個人に子供が関与してくる可能性が高い、完遂された初婚意思決定の観測ができるようになるからだ。我々は国家間でのジェンダー規範の違いを、Integrated Values Surveyからとった 『職が枯渇している時には、男性の方が女性よりも職への権利をもっている』 という命題への反応を利用して計測した。この命題への同意は、女性との比較において男性が労働市場で雇用される方が重要である、という見解を表すものだと解釈している。

図2には、ジェンダー規範と、35歳から44歳までの技能習熟女性・技能未習熟女性婚姻ギャップの間の各国における関係が示されている。2010年では、保守的性質の勝るジェンダー規範をもった国は同時に、教育を受けた程度の比較的少ない女性と比べて、教育を受けた女性の婚姻率が極めて低い国でもある。これとは対照的に、男性についてはこの関係はずっと弱まる。本モデルはさらに、ジェンダー保守的性質の勝る国では、技能に習熟しようと意思決定する女性の割合が小さくなると予測する。それはこれらの国で教育を受けた女性は、婚姻市場でより厳しい障壁と直面するだろうと予期するからである。そしてまさにその通りのことが明らかになった – 保守的性質の勝るジェンダー規範をもつ国では、第三次教育を受けた女性の割合が、男性との比較で、より小さくなっているようである。

図2 ジェンダー毎にみた2010年における技能未習熟-技能習熟婚姻率ギャップとジェンダー規範との関係

最後に、婚姻率に関する技能習熟-技能未習熟ギャップと技能習熟女性の労働市場機会の間の関係がさまざまな国グループで顕著に異なっており、しかもそれが本モデルから導出されるU字型関係予測と整合的な形をとっていることを、我々は明らかにしている。技能習熟女性の労働市場機会増加が技能習熟女性の婚姻見込みを改善する公算は、保守的性質の勝る国では保守的性質の劣る国と比較すると相当低くなる。全体的に言って、我々のモデルは保守的性質の極めて強い国で観測された婚姻ギャップの増加の40-55%を、またジェンダー平等的性質の極めて強い国で観測された減少の60-80%を説明するものとなっている。

結論

本分析結果は、東アジアや南ヨーロッパに多くみられるジェンダー保守的な国において問題となっている1つの現象に関し予期される長期的動向について、幾つかの示唆を与える。高度な教育を受けた女性の間に見受けられる婚姻からの 『逃避』 はこの教育グループの出生率低下につながる公算が高く、これらの世界地域における既に低い出生率をさらに強化している。Fernandezら (2004) が示唆したように、教育を受けた働く女性の子供ほどリベラルな態度をもつ傾向があるというのが本当ならば、これにより労働市場の新たな現実に応じたジェンダー規範のダイナミックな変容がさらに減速してしまう可能性がある。

それでも、全く希望が無い訳ではない。ゆったりとした規範の変化の下でも、本分析は技能習熟女性の労働市場機会のさらなる改善は最終的には彼女らの相対的な婚姻市場見込みの改善に結実するはずだと示唆している。そのプロセスがどれほどの長さになるかについては推量するほかないとはいえ、ジェンダー平等的性質の勝る国では、教育を受けた女性の婚姻率が教育を受けた程度の相対的に少ない女性の婚姻率に追い付き、一部では追い抜きさえしているという事実は、東アジアや南ヨーロッパの国々に、目下の現象は一過性であるとの希望を与えるに違いない。

参考文献

Becker, G S (1973), “A Theory of Marriage: Part I”, Journal of Political Economy 81(4),  813-46

Bertrand, M, P Cortes, C Olivetti, and J Pan (2016), “Social Norms, Labor Market Opportunities, and the Marriage Gap for Skilled Women”, NBER Working Paper 22015

Fernandez, R, A Fogli, and C Olivetti (2004), “Mothers and Sons: Preference Formation and Female Labor Force Dynamics”, Quarterly Journal of Economics 119 (4), 1249-1299

Goldin, C (2006), “The Quiet Revolution that Transformed Women’s Employment, Education, and Family”, American Economic Review 96(2), 1-21

Greenwood, J, A Seshadri, and M Yorukoglu (2005), “Engines of Liberation”, Review of Economic Studies 72(1), 109-133

Hwang, J (2016), “Housewife, ‘Gold Miss’, and Equal: The Evolution of Educated Women’s Role in Asia and the US”, Journal of Population Economics 29(2), 529-570

Isen, A, and B Stevenson (2010), “Women’s Education and Family Behavior: Trends in Marriage, Divorce and Fertility”, in J Shoven (ed.), Demography and the Economy, University of Chicago Press

Stevenson, B, and J Wolfers (2007), “Marriage and Divorce: Changes and their Driving Forces”, Journal of Economic Perspectives 21(2), 27-52

The Economist (2011), “The Flight from Marriage”, 20 August.


訳注1. 同著者らの論文では世帯内公共財 [household public good]  の例として 『子供』 が挙げられている。

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