マーク・ソーマ 「ぐらつくテーブルとノーベル賞級の証明」(2005年10月30日)

●Mark Thoma, “There’s Enough Froth for All of Us to Study”(Economist’s View, October 30, 2005)


経済学者の一団がレストランのテーブルを囲んで話を交わすとなったら、話題になるのはおそらく次のようなことだろう。時間と予算という制約の枠内でどの料理を注文するのが最適だろうか? レストランが経費を可能な限り節約するためには、テーブルをどこにどう配置したらいいだろうか? チップは、ウェイターから心のこもったサービスをうまく引き出せるだろうか? メニューに「食材の変更はできません」と申し添えることのコストとベネフィットは? どういう場合にセルフサービスにすべきなんだろうか? 話が脱線して、不動産市況について意見が交わされることもあるだろう。

物理学者の一団がレストランのテーブルを囲んで話を交わすとなったら、趣(おもむき)がガラリと変わる。コーヒーを飲みながら弦理論(ひも理論)が対象とする微小な泡(というか粒というかヒモというか)の世界について語り合われるだけでなく、「ぐらつくテーブルの上にあるコーヒーから泡が零(こぼ)れ落ちて、椅子に座っている人の膝を汚さないようにするためには、どうしたらいいか?」という難問をめぐって意見が交わされることになる。

“Not the Table of the Elements” [1] 訳注;リンク切れ by Scientific American:

「素粒子物理学の存在意義ってなんですか? 馬鹿でかい加速器を建設するために、莫大な血税を投じなきゃいけない理由って何ですか? どういう実益があるんでしょう?」 こういう類の質問を投げ掛けられることも珍しくないのだが、どう答えたものかと悩む必要はもうない。Natureのサイトで報じられているように、一人の物理学者がぐらつくテーブルの問題を解決したのだ。Natureの記事の一部を以下にゴシック体で引用しておこう。

カフェやレストランに行くと、毎度のようにテーブルがぐらついていやしないだろうか? でも、大丈夫。諦める必要はない。テーブルの位置を調整すれば、必ずいつかはテーブルの4本の脚をすべて床(地面)にしっかりと接地させられるのだ。一人の物理学者がいくつかの妥当な仮定を置いた上でそのことを証明したのだ。その物理学者の名は、アンドレ・マーティン(Andre Martin)。マーティンがこの問題に取り組むようになったのは、彼もぐらつくテーブルにうんざりさせられている一人だったからだ。マーティンは、スイスのジュネーブにあるCERN(欧州原子核研究機構)で、・・・(略)・・・高エネルギー物理学に関する難解な問題を研究しているが、CERNのカフェにあるテーブルがどれもこれもぐらついていたというのだ。CERNのカフェのテラスでコーヒーを飲む誰もが気付くように、・・・(略)・・・そこにあるテーブルの4本の脚のうち1本は大抵宙に浮いている。そのため、テーブルにちょっと触れるだけで、テーブルの上に置いてある飲み物がこぼれてしまう。 マーティンは、カフェに行くたびに、テーブルを微妙に動かしてテーブルが安定する位置を探したという。「私はテーブルが安定する位置をいつだって見つけることができました。周りのみんなは、その様子を見てよく驚いていました」とマーティン。ぐらつくテーブルが安定する位置は必ず存在することを証明してみせようとマーティンが決意したのは、今から10年以上前。1998年に証明できたと思ったものの、・・・(略)・・・完璧というには程遠いことがわかった。そして、今回である。これまでのよりも大分洗練された証明にたどり着いたという判断もあって、論文として公表するに至ったという。「数学者も興味を持ってくれるのではないかと思います」と語る。

ノーベル賞選考委員の皆さん、お聞きだろうか? マーティンの証明は、物理学賞の候補に十分値する。いや、ぐらつくテーブルにイライラさせられている人の多さを考えると、平和賞を与えるというのもありだ。

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1 訳注;リンク切れ
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