メンジー・チン 「リスクと不確実性の高まり ~第一次湾岸戦争と今~」(2022年2月14日)

●Menzie Chinn, “Risk and Policy Uncertainty Measures – Gulf War I and Today”(Econbrowser, February 14, 2022)


ロシアによるウクライナ侵攻の可能性が取り沙汰されているが、ここいらで近時に起きた主要な地上戦(地上での武力衝突)の一つに目を向け直してみることにしよう。

1990年の8月に、イラクのサダム=フセイン政権がクウェートに侵攻した。それに伴って、リスクや不確実性を測る指標がどう動いかを跡付けたのが以下のグラフだ。

図1:一番上のグラフは、(株価の変動リスクを測る)VIX指数(ボラティリティ指数);上から二番目のグラフは、経済政策の不確実性を測る指数(7日間の移動平均値);一番下のグラフは、地政学的リスクを測る指数(7日間の移動平均値);赤色の点線は、イラクがクウェートへの侵攻を開始した日時(1990年8月2日)を表している。緑色の点線は、多国籍軍がイラクへの空爆を開始した日時(1991年1月17日)を表している。;データの出所は、一番上のグラフから順に、シカゴ・オプション取引所、policyuncertainty.com(セントルイス連銀作成)、カルダーラ&イアコヴィエッロによって開発された地政学リスク指数(GPR指数)。


 

リスクと不確実性の高まりの影響は、金融市場に対して何らかのかたちで波及する可能性が高い。それだけではなく、原油価格への影響も含めて、実体経済に対しても何らかのかたちで波及する可能性がある。第一次湾岸戦争時がそうだったように。

図2:WTI(ウエストテキサス・インターミディエート)原油先物価格(1バレル当たりの金額); 赤色の点線は、イラクがクウェートへの侵攻を開始した日時(1990年8月2日)を表している。緑色の点線は、多国籍軍がイラクへの空爆を開始した日時(1991年1月17日)を表している。;データの出所は、米国エネルギー情報局

 

イラクによるクウェート侵攻に伴ってリスクと不確実性が高まることになったわけだが、それと前後するかたちで米国経済は(NBERによる景気循環の日付判定によると)1990年7月に景気の山を迎えることになった。その後の景気後退はそう長くは続かずに、1991年3月に景気の谷に達することになる(その一方で、2003年にも石油価格の高騰およびリスク&不確実性の高まりが生じたが、その時は前後して米国経済が景気後退入りするようなことはなかった。アメリカ同時多発テロ事件が発生するよりも少し前の2001年3月に景気後退入りしていたという事情も関係しているかもしれない)。

それでは、今はどうだろうか? ロシアによるウクライナ侵攻の可能性が取り沙汰されている今、リスクや不確実性を測る指標はどんな動きを見せているだろうか? 原油価格はどんな動きを見せているだろうか?

図3:一番上のグラフは、(株価の変動リスクを測る)VIX指数(ボラティリティ指数);上から二番目のグラフは、経済政策の不確実性を測る指数(7日間の移動平均値);一番下のグラフは、地政学的リスクを測る指数(7日間の移動平均値);;データの出所は、一番上のグラフから順に、シカゴ・オプション取引所、policyuncertainty.com(セントルイス連銀作成)、カルダーラ&イアコヴィエッロによって開発された地政学リスク指数(GPR指数)。

 

図4:WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油先物価格(1バレル当たりの金額);データの出所は、米国エネルギー情報局(Tradingeconomics.comが収集している最新のデータも追加)

 

グラフをご覧いただく時に注意してもらいたいことがある。第一次湾岸戦争時と今とでは、それぞれのグラフの縦軸の目盛りが違うのだ。例えば、地政学的リスクを測る指標(図1および図3の一番下のグラフ)に関して言うと、ここ最近のピーク値は140くらいだが、イラクがクウェートへの侵攻を開始した当日(1990年8月2日)には地政学的なリスクを測る指標の値は200近辺にまで達しているのだ。

リスクと不確実性の高まりは、当初のうちは、株式市場に影響を及ぼす(株価を引き下げる方向に働く)だろう。リスクと不確実性の高まりがすぐに収束せずにしばらく続くようであれば、実物投資が落ち込んで(総需要が減って)景気の悪化が招かれるおそれがある。その一方で、原油価格の高騰がしばらく続くようであれば、コストプッシュ型のインフレが後押しされるおそれがある。景気の悪化が物価に及ぼす下押し圧力と、原油価格の高騰が物価に及ぼす押し上げ圧力のどちらが優勢になるか(差し引きして一般物価の上昇率にどういう影響が及ぶか)はわからない。一般物価の動向は、短期と長期とで正反対の動きを見せる可能性もある。なお、原油価格の高騰が実体経済に及ぼす直接的な影響については、その道の専門家であるハミルトンにお伺いを立ててもらえたらと思う(例えば、こちらを参照されたい)。

ロシアによるウクライナへの侵攻が世界経済に及ぼすリスクについては、SCMP(サウスチャイナ・モーニング・ポスト;香港で発行されている日刊英字新聞)のこちらの記事で優れた分析が加えられている。あわせて参照されたい。

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