リスクの認識とワクチンへの抵抗 (2022年4月23日)

Claudio Deiana, Cagliari大学経済学助教

Andrea Geraci, Pavia大学経済学助教

Gianluca Mazzarella, 欧州委員会共同研究センターリサーチフェロー

Fabio Sabatini, ローマ大学経済学教授

2022年4月23日

原文リンク

概要:ワクチンへの抵抗は世界全体でのコロナの予防接種キャンペーンの成功を脅かしており、人々がワクチンを拒絶するのはなぜかという疑問を政策立案者にとっての中心的問題にさせている。このコラムでは、イタリアでの予防接種キャンペーンの最中に起こった、以前はアストラゼネカと呼ばれたが後にVaxzevriaとリブランドされたChAdOx1-Sワクチンの使用停止から発生した疑似実験を利用している。著者は、使用停止が大衆によるワクチンの副反応リスクの過大評価を引き起こし、それによってワクチンへの抵抗を増した事、とりわけコロナのケースの少ない地域においてそうなった事を見出した。

公衆衛生に関する文献においては、予防接種の決断に影響を及ぼす要因について長く研究されてきた。また、コロナウイルスのパンデミックによって予防接種が拒否される理由が政策立案における中心的な課題となった(例えばBlanchard-Rohner et al.2021、Costa-i-Font 2021、Campos-Mercadeら2021)。経済学的推論では、ワクチン接種の決断は、感染とワクチンの副反応という2つのリスクの認識の間の合理的な選択として説明される(たとえばBinder and Nuscheler 2017, Bohm et al.2016, Chang et al.2021 )。

ワクチンの安全性に関する論争のメディアの報道はワクチン拒否を著しく促すことを実証研究は明らかにしてきている。これはおそらく報道が有害事象の発生率や重症度を人々に過大評価させるためだろう。例えば、MMR-自閉症論争の報道はそのワクチンの接種率の低下を招き、他のワクチンへも負の波及をもたらした(Carrieri et al.2019、Chang 2017)。

イタリアにおけるコロナ免疫獲得キャンペーンについての新しい研究

しかし、ワクチンの安全性についての懸念が保健当局からもたらされたのならどういう事になるのだろうか?新しい論文(Deiana et al. 2022)において我々は、当初はアストロゼネカ、後にVaxzevria(VA)としてリブランドされたChAdOx1-Sワクチンの使用停止から生じた疑似実験を用いて、ワクチンへの抵抗(これはワクチンが提供されているのにもかかわらずワクチン接種を拒否または遅延する事と定義される)の要因を研究した。

イタリアでは、2021年3月11日に医薬品庁(AIFA)がVAロットの接種を中断した。ワクチン接種者の間で非常に稀な血栓性血小板減少症が発生したとの報告を受けての事だ。3月15日には、AIFAは有害事象の潜在的な大きさと深刻さを調べるためにすべてのVAワクチンの接種を4日間中断した。ファイザー・バイオンテック(PB)の注射は継続させながら。我々は、保健当局の決定から生じたこの疑似実験的な状況を利用して、ワクチン接種への抵抗の潜在的な要因を探った。VAワクチンを処置群、PBワクチンを対照群とする差分の差分法のデザインを利用して、イタリアにおける予防接種キャンペーンの第一段階におけるワクチン接種への抵抗を定量化することから始め、そこからワクチン接種拒否の潜在的な要因について掘り下げていった。

図1は、イタリアにおける人口10万人あたりの1日の総接種回数を示している。赤と青[1]正直、青というより黒か紫がかった灰色ぽいですが。の実線はVAとPBの接種の推移をそれぞれ表している。緑の線は、「血栓症」という言葉の日々のオンライン検索数の推移を表しており、停止された週にピークを迎えている。2つのワクチンの接種率は、3月11日にVAが停止されるまでは平行したパターンを示していた。接種会場においてワクチン接種が4日間行われなかった停止週には、VAワクチンの接種率が人口10万人1日あたりで約46人分低下した。結果、停止前の推移から導かれるレベルより接種率はおそよ60%低いものとなった。

図1 接種数と「血栓症」の検索数

接種が再開された3月19日以降、VA接種の1日当たりの接種はさらに減少し、著者は住民10万人あたりの1日接種数が63人減少したことを確認した。これは接種率の55%の低下を意味する。2週間後もこの悪影響は続いており、人口10万人1日あたり86人の低下で、58%の低下となった。

2つのリスクの間でのバランス

躊躇の原因となりうる要因をより深く探っていくために、VA停止への対応がイタリア各地域で、感染発生の深刻さや「血栓症」についてのGoogle検索数と共に変化するかどうかを調べてみた。下の地図は、2021年3月11日から18日までの「血栓症」という言葉の検索数の地理的分布(左側)と、パンデミックの始まりから2021年3月11日までの10万人あたりのコロナ-19感染者数の累積を示している。

図2は、VA停止後のワクチン接種への抵抗の要因を理解するための異質性の分析で我々が使った変数の地理的分布を示している。

図2

当局がVA接種を再開した後、2つのワクチンの接種率の差は、地域のコロナ感染数増で縮小し、ワクチンの副反応事象により大きな関心をもつ地域で拡大した。

全体として我々の調査結果は、予防接種キャンペーンの停滞は需要主導であったことを示唆している。4日間の接種停止は、統計的に有意なVA注射の減少を引き起こたが、これは当局が接種キャンペーンを再開してワクチンの安全性について国民を安心させようとした後も数週間にわって持続した。「血栓症」へのより強い関心を示した地域においての2つのワクチンの差の拡大は、VAの停止がVA注射に関連するワクチン有害事象に人々の関心を集め、おそらくそのリスクを過大に評価させた可能性があることが示している。この証拠はワクチン接種への抵抗についての文献において、有害事象の発生や重症度に関する懸念がワクチン接種の延期や拒否をもたらす主要因の1つとして挙げられている事と一致する。また一方,多くのコロナ感染が発生した地域における2つのワクチンの差の縮小は,接種を受けられる人たちのワクチンの安全性についての懸念の影響を深刻な感染が緩和することを示唆している。

各日毎のイベントスタディは、停止前のVaxzevria接種者の間での血液障害のニュース報道に関連した予測効果(anticipation effect)はなかったことを示している。この証拠は、ワクチン有害事象に関する不安をいだかせるニュースの拡散が接種を受けられる人たちの間での統計的に有意な反応を引き起こさなかったことを示唆している。そうではなく、人々がワクチン接種の決定に関わる2つのリスクに対する評価を修正し始めたのは、VAワクチンの安全性に対する疑念が保健当局から出された時であったようだ。

図3メインの結果の分析

まとめると、ChAdOx1-Sワクチンの接種停止は,多くの人にとって感染のリスクとワクチン有害事象のリスクの間のバランスを意図せずに変化させ,結果としてワクチン接種への抵抗を高めることにつながったのかもしれない。全体として我々の研究は、個人がワクチン接種を決定する際に考慮する様々なリスクの相対的な頻度について正確な公的情報の提供の重要性を再確認している。

著者注:記載されている見解は純粋に著者の見解であり、いかなる場合においても欧州委員会の公式見解を示すものと見なされるものではない。

参照文献

Binder, S and R Nuscheler (2017), “Risk-taking in vaccination, surgery, and gambling environments: Evidence from a framed laboratory experiment”, Health Economics 26(S3), 76–96.

Blanchard-Rohner, G, B Caprettini, D Rohner and H J Voth (2021), “From tragedy to hesitancy: How public health failures boosted COVID-19 vaccine scepticism”, VoxEU.org, 1 June.

Bohm, R, C Betsch and L Korn (2016), “Selfish-rational non-vaccination: Experimental evidence from an interactive vaccination game”, Journal of Economic Behavior and Organization 131: 183–195.

Campos-Mercade, P, A N Meir, F Schneider, S Meier, D Pope and E Wengström (2021), “Monetary incentives increase COVID-19 vaccinations, nudges do not”, VoxEU.org, 19 November.

Carrieri, V, L Madio and F Principe (2019), “Vaccine hesitancy and (fake) news: Quasi experimental evidence from Italy”, Health Economics 28: 1377–1382.

Chang, L V (2018), “Information, education, and health behaviors: Evidence from the MMR vaccine autism controversy”, Health Economics 27: 1043–1062.

Chang, T Y, M Jacobson, M Shah, R Pramanik and S B Shah (2021), “Financial incentives and other nudges do not increase COVID-19 vaccinations among the hesitant”,  VoxEU.org, 8 December.

Costa-i-Font, J (2021), “Social value and incentives for vaccine uptake”, VoxEU.org, 29 June.

Deiana, C, A Geraci, G Mazzarella and F Sabatini (2022), “Perceived risk and vaccine hesitancy: Quasi-experimental evidence from Italy”, Health Economics.

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1 正直、青というより黒か紫がかった灰色ぽいですが。
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    1. ありがとうございます。修正しました。なんでこんな失敗に気がついていなかったのか。

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