政権交代への投票の驚きの効果 (2022年5月16日) 

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Benjamin Marx, パリ政治学院経済学助教
Vincent Pons, ハーバードビジネススクール准教授, NBER / CEPR ファカルティー・リサーチフェロー
Vincent Rollet, MIT 博士課程学生

概要:有権者は継続か変化かの重要な選択にしばしば直面する。しかし、変化への投票、つまり現職政治家を公職から落とす投票は、国民によりよい暮らしをもたらすのだろうか。本コラムでは1945年以降に世界中で実施された国政選挙のデータを用いて、選挙による交代がその後数年に渡ってガバナンスや経済パフォーマンス、そしてその他の国のパフォーマンス指標の向上につながることを示す。この知見は、政治家の交代が、有権者に具体的な利益をもたらすインセンティブがより高い新しいリーダーを生み出すことで、有益な役割を果たすことを示唆している。

世界中の民主主義国家で、何百万人もの有権者が選挙による政治にこれまで以上に幻滅しつつある。多くの有権者が自分たちの声は届いていないと世論調査に答えており、一部の人々は急進的なポピュリズムの政策の政党にますます目を向けるようになっている(Guiso et al.2017)。このような有権者の憤りは、欧米の生活環境の悪化、特に製造業雇用の長きに渡る減少(Dorn and Levell 2022)と格差の増大(Piketty et al.2017)に関連していると考えられ、これらはすべて民主制度への信頼を低下させる結果となっている(Algan et al.2017)。また、モバイル・インターネットの台頭もその要因の一つかもしれない(Guriev et al. 2019)。それが「代替的真実」の普及を促進し、多くの国でポピュリスト政党を繁栄させるにいたっているからだ。

また別の単純な説明としては、有権者が求める経済生活の改善を選挙が実現するのに失敗しているというのがあるかもしれない。多くの有権者は結局のところ、選挙は自分たちの福祉にはあまり関係がないと感じているのだろう。我々はこの仮説を最近の論文(Marx et al. 2022)で検討した。1945年以降の世界各国の国政選挙の結果の新しいデータセットを作成した我々の中心的な研究課題は単純である:「変化のための投票」、すなわち現職の候補者や政党を落選させることが、ガバナンス、経済パフォーマンス、そしてその他の社会的厚生の指標に改善をもたらすのかどうか、である。

この研究課題は選挙全ての研究の中心をなすものである。革命を起こさない限り、現職に反対票を投じることは、民主主義のもとで市民が国の指導者を変えることができる唯一の方法である。Adam Przeworski(1991)の言葉を借りれば、選挙は民主主義制度の最も基本的な特性、すなわち非暴力的な方法で社会的紛争と権力移行を処理する能力を反映しているのだ。

これに取り組むにはある根本的な問題に答えなければならない。国政選挙はランダムな出来事ではなく、その結果は下部構造となる様々な経済的・社会的要因と相関している。特に再選に苦戦する現職は、その能力がとても低かったのかもしれないが、非常に厳しい経済状況に直面していたのかもかもしれない(Brender and Drazen 2008)。他の研究では、経済の低迷と低レベルの信頼が組み合わさると、多くの国々でリーダーの交代が起こる可能性に影響を与えることが示されている(Nunn et al.2018)。

そこで我々は国の経済のパフォーマンスを、現職の候補者や政党が接戦で再選された場合と、挑戦者の候補者や政党が接戦で当選した場合とを比較した。最先端の回帰不連続の手法を用いて選挙での交代の効果を、回帰不連続の閾値に近い選挙において、つまり野党が現職候補を僅差で破った選挙において推定を行う。このような場合、選挙結果はほぼランダムとみなすことができることを示した。

これまで接戦の選挙での回帰不連続の手法はほとんど地方選挙においてだけ用いられてきた(例外としてはGirardi 2020を参照)。大統領選挙と議会選挙の大規模なデータセットによって、我々はこのアプローチを国政レベルにまで拡張し、多くの国からなるサンプルにおいて交代のインパクトを評価することができた(図1)。

図1 1945年以降の選挙での交代

我々は、選挙での交代がいくつもの面で国のパフォーマンスを向上させることを示した。例えば、選挙で現職の候補者や政党が敗北した場合、その後の4年間の経済パフォーマンスは平均で0.34標準偏差改善される。これは主に挑戦者が接戦で当選した後にインフレと失業率が相対的に低下するからだ。これらの効果は大きく、時間が過ぎるなかで徐々に現れる:経済パフォーマンスの向上は挑戦者の候補や政党の接戦勝利から3年後に最大になる。

図 2 は、国政選挙後の 4 年間(左図)または次の選挙サイクル中の各年(右図) で測定されたこの効果を示している。また我々は、経済指標(1人当たりGDP、インフレ率、失業率)、国際貿易、人間開発、そして平和と民主主義の指標を組み合わせたものからなる国のパフォーマンスの総合的な指標では0.22標準偏差の改善があると推定した。

図2 選挙での交代が国のパフォーマンスに与える影響

選挙での交代の影響は、行政府の交代によって部分的にもたらされる。選挙で現職が敗北すると、大統領制の下では機械的に政権交代が起こるが、議会制の下でも政権交代の可能性が大きく跳ね上がることが図3に示されている。

図3 議会制における選挙での交代が政権交代に与える影響

さらに、選挙後に任命された行政官がより大きな権力を持ち、制度的な制約が少ない場合、交代はより重要である。これらの効果は直感的である。チェック・アンド・バランスが弱く、国家指導者に与えられた行政権が強いほど、国家レベルでの選挙結果がより重要なものとなる。

選挙での交代がもたらすプラスの効果は、回帰不連続の閾値からずっと離れた選挙においても、すなわち接戦ではない選挙でも保持される可能性が高いことを示す証拠も提供しておく。Angrist and Rokkanen (2015)が開発した方法を用いて、図4は交代による経済パフォーマンスの向上がより大きな差で勝利した選挙にも当てはまることを示している。さらに我々は「不運な現職」、つまり世界的な石油ショックの結果、再選が接戦となった現職のパフォーマンスは、そうでない現職と変わらないことを示した(Arezki et al 2020)。このことは、我々が発見した効果は接戦の国政選挙のサンプルにおける現職候補の質の低さによってもたらされたものではないことを示唆している。

図 4 回帰不連続の閾値から離れている場合での、経済パフォーマンスへの交代の効果

全体として、我々が見つけた効果は意外である。選挙の交代が国のパフォーマンスにマイナスの影響を与えると考えられる理由は、例えば経験の浅い政治家が政権に就くこと(Alt et al. 2011)、政策の不確実性を高めること(Alesina et al. 1996)、官僚の人事に不安定さをもたらすこと(Akhtari et al. 2022)などなど多くあるのだから。その代わりに、我々の結果は、交代が指導者にパフォーマンスを上げて有権者に具体的な利益を提供するインセンティブを高めることを示唆している。

実際、交代はガバナンスの質を向上させ(認識される)汚職を減らす。これらは政治経済学の文献で政治家のパフォーマンスの標準的な指標とされている(Ferraz and Finan 2011)ものだ。ひとつの可能な解釈としては、評判や再選への懸念が長く政治に携わってきた現職議員よりも新しく政治家にとってより重要である(Ashworth 2005のように)というものだ。フランスには「l’usure du pouvoir」(「権力の腐敗」)という言葉があるが、これはその直感を捉えたものである。

我々の詳細なデータによって、様々な代替的な説明、とりわけ、選挙による交代が異なる特性を持つリーダーを権力につかせるという可能性を排除することができる。平均して、接戦の国政選挙で勝利した挑戦者は再選された現職と比較して、若くも、より左翼でも、ポピュリストでも、リベラルでもないことを我々はしめした。さらに、左翼的な候補や非リベラルな候補の接戦は国のパフォーマンスに判断のつくような影響を及ぼさない。我々のデータに見られる選挙での交代の大きな効果とは大きく対照的に。

先行研究では民主化のエピソードは経済成長を改善する傾向があることが示されている(Rodrik and Wacziarg 2005, Acemoglu et al.2019)。我々の結果は、選挙民主主義の長期的な見通しについて、慎重に楽観視する理由をいくつか示している。国家指導者の定期的な交代がなければ、社会は制度硬化と経済停滞におちいりえる。破壊的な政策を実施できないからだ。Mancur Olson(1984)の有名な言葉のように。民主主義は、その様々な形態においても、頻繁な指導者の交代と政策の変更を引き起こすメカニズムを内蔵した唯一の政治システムであることに変わりはない。それゆえに、こういったシステムを廃してより独裁的な体制を選択することは国民にとって得策ではない。

参照文献

Acemoglu, D, S Naidu, P Restrepo and JA Robinson (2019), “Democracy does cause growth”, Journal of Political Economy 127(1): 47–100.

Akhtari, M, D Moreira and L Trucco (2022), “Political turnover, bureaucratic turnover, and the quality of public services”, American Economic Review 112(2): 442–93.

Alesina, A, S Ozler, N Roubini and P Swagel (1996), “Political instability and economic growth”, Journal of Economic Growth 1(2): 189–211.

Algan, Y, S Guriev, E Papaioannou and E Passari (2017), “The European trust crisis and the rise of populism”, VoxEU.org, 12 December.

Alt, J, E Bueno de Mesquita and S Rose (2011), “Disentangling accountability and competence in elections: Evidence from US term limits”, Journal of Politics 73(1): 171–86.

Angrist, J, and M Rokkanen (2015), “Wanna get away? Regression discontinuity estimation of exam school effects away from the cutoff”, Journal of the American Statistical Association 110(512): 1331–44.

Arezki, R, S Djankov, H Nguyen and I Yotzov (2020), “Oil shocks and reversal of political fortunes”, VoxEU.org, 30 October.

Ashworth, S (2005), “Reputational dynamics and political careers”, Journal of Law, Economics, and Organization 21(2): 441–66.

Brender, A, and A Drazen (2008), “How do budget deficits and economic growth affect reelection prospects? Evidence from a large panel of countries”, American Economic Review 98(5): 2203–20.

Dorn, D, and P Levell (2022), “Changing views on trade’s impact on inequality in wealthy countries”, VoxEU.org, 14 February.

Ferraz, C, and F Finan (2011), “Electoral accountability and corruption: Evidence from the audits of local governments”, American Economic Review 101(4): 1274–311.

Girardi, D (2020), “Partisan shocks and financial markets: Evidence from close national elections”, American Economic Journal: Applied Economics 12(4): 224–52.

Guiso L, H Herrera, M Morelli and T Sonno (2017), “The spread of populism in Western countries”, VoxEU.org, 14 October.

Guriev, S, N Melnikov and E Zhuravskaya (2019), “Knowledge is power: Mobile internet, government confidence, and populism”, VoxEU.org, 31 October.

Marx, B, V Pons and V Rollet (2022), “Electoral turnovers”, CEPR Discussion Paper 17047.

Nunn, N, N Qian and J Wen (2018), “Distrust and political turnover during economic crises”, NBER Working Paper 24187.

Olson, M (1984), The rise and decline of nations, Yale University Press.

Piketty, T, E Saez and G Zucman (2017), “Economic growth in the US: A tale of two countries”, VoxEU.org, 29 March.

Przeworski, A (1991), Democracy and the market: Political and economic reforms in Eastern Europe and Latin America, Cambridge University Press.

Rodrik, D, and R Wacziarg (2005), “Do democratic transitions produce bad economic outcomes?”, American Economic Review 95(2): 50–55.

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