Laurent Bouton, Paola Conconi, Francisco Pino, Maurizio Zanardi, Guns and votes: The victory of an intense minority against an apathetic majority , (VOX 06 October 2017)
合衆国市民のおよそ90%が支援しているのにもかかわらず、銃購入にたいするバックグラウンドチェック強化案は合衆国上院で廃案となった。「銃規制のパラドクス」 は、投票者のもつ選好の強さがさまざまな政策論点により異なるという事実、そしてそれにもかかわらず投票権者には雑多な政策論点に責任をもって取り組むべき政治家を選ぶのに、たった1つの票しか与えられていないという事実、これで説明できる可能性がある。これら特徴を取り込んだモデルは、合衆国議会上院の投票行動をうまく予測する。改選が近くなるほど上院議員は銃擁護の票を投じる傾向が高くなる。そして銃問題にかんして意見を翻すのは、民主党員のみである。
編集者注: 本稿は初め2013年12月に公表されたもの。最近の悲劇的事件を受けて、また新たに政策的関連性を得た。
2012年12月14日、コネティカット州ニュータウン市サンディ・フック小学校の銃撃事件で、児童20名および職員6名が殺害された。この悲劇を経て急激に高まった銃規制支持の世論にもとづき、オバマ大統領は新たな銃規制の導入形態にかんする直接的勧告案を提示するタスクフォースの編制を宣言、この 「国家を揺るがす銃暴力の蔓延」 に終止符を打とうとした。
一年が過ぎたが、合衆国議会はより厳格な規制の導入ができずにいる。広範な世論的支援があるにもかかわらず。The Economist で指摘されたように、「さらなる銃規制を求める動きが昨年10月のニュータウン市銃撃事件のすぐあと現れたとき、焦点があてられたのは次の3点だった: アサルトウェポン、高キャパシティマガジン、バックグラウンドチェックだ。しかし新たな銃規制法を求める熱気は急速に薄れてゆく。次第に明らかになってきたのは、アサルトウェポンおよび高キャパシティマガジン追放の運動が、法律制定に必要な票を得られそうにないという状況だ。銃規制推進派はバックグラウンドチェックシステムの強化を目指すほかなくなった。だが、結局それさえ高望みだったのだ」(The Economist 2012)。
2013年4月17日、銃展示会やオンラインでの私的な売買にたいするバックグラウンドチェックを要請する穏健な運動さえ、上院で廃案となった。これは驚くべき事態ではないか。そもそも当時とりおこなわれた世論調査は全て、合衆国市民のマジョリティが同施策を支持していると示していたのである1。オバマ大統領の言葉をきこう: 「90%が支持したものがそれでもなお実現しないなどという事態が、一体なぜ起こるのか?」
銃規制パラドクスの解明
合衆国議会議員のあいだにみられる銃規制支持への躊躇は、合衆国市民の大半がそれを支持している事実があるだけに、関連分野における長年の謎であった。Schuman and Presser (1978) はこの謎をさして 「銃規制のパラドクス」 との言葉を用いた。Goss (2006) の主張するように、1つの考え方としては、「アメリカ人の銃所有者は強硬派であり、よく組織されているだけでなく、候補者にその銃規制にたいするポジションだけを基準に反対票を投ずることを厭わないのだ」 という説明もありうる。銃所有者は 「強い動機をもつ、強硬派マイノリティを構成」 し、「相対的に無気力なマジョリティを圧倒」 しているのだ。
われわれは最近の論文 (Bouton et al. 2013) で、このアイデアの定式化を試みつつ、選挙に関連したさまざまなインセンティブが政治家に銃擁護のスタンスを取らせ、選挙民の中のいちマイノリティの利益に沿うよう突き動かしていることを示す実証データを提示した。われわれが提案する理論モデルは、政治家がおこなう第一義的 (primary) および第二義的 (secondary) な政策論点にかんする投票をとらえたものである。前者は、投票権者のマジョリティが相対的に多くの関心をむけている論点をさし、公共支出の水準などがこれにあたる。後者は銃規制の把捉をめざすもの – すなわち、なんらかのマイノリティ集団が相対的に強い関心をむけている論点だ。ところで、現職政治家の第二義的政策論点にかんする選択方針については、マイノリティのほうがより多くの情報をもっている可能性がある。こうした状況のなか、市民には雑多な政策論点に自らに代わり責任をもって取り組むべき議員を選択するのに、たった1つの票しか与えられていない。そうなると政治家は第二義的政策論点につきこうしたマイノリティに阿る態度をとりながらも、マジョリティの支持を大幅に失わずに済む可能性がある。本モデルは次の3つの検証可能な予測結果を出している:
- 一、任期終了を間近に控えた政治家は、自らの政策的選択が改選の見込みにおよぼす影響が大きいほど、銃擁護のスタンスを取る傾向が高くなる。
- 二、銃規制にかんし 「翻意」 する政治家は、銃規制に好意的であり、かつ、改選を気に掛けている者のみである。こうした政治家は、自らの政策選好と改選 意図とのあいだの葛藤に直面するためだ。
- 三、選挙が近づこうが、銃規制に反対し、かつ/または、改選を気に掛けていない、政治家の投票行動にはなんら影響がない。
合衆国議会上院における投票行動
以上の予測の妥当性を評価すべく、われわれは1993-2010年期間において上院でおこなわれた銃規制にかんする投票の決定因子を検証した。合衆国議会上院のズレ構造 (staggered structure) – 議員は6年任期だが、三分の一の議員が2年ごとに改選される – は、選挙の近さが銃規制立法にたいする政治家の投票行動に作用するのかを検証するための擬似実験的環境を与えてくれる。この構造のおかげで、所与の投票について、3つの異なる 「世代」 – すなわち、異なる時期に改選される層 – に属する上院議員の行動が比較可能になる。
モデル予測と軌を一にする、次の3つの主要結果が得られている:
- 一、上院議員の最古参世代 (すなわち、2年以内に改選をむかえる者) は、それ以前の2世代よりも銃擁護の投票をする可能性が高い。
影響は相当大きく、また計量経済学的方法論やサンプルにする投票事例をさまざまに変えてみても、また上院議員の銃規制にたいする投票行動を駆動しているその他要素を考慮した多様な調整要素を組み入れても、頑健性を保った。
- 二、民主党の上院議員のみが銃規制にかんして翻意する – 任期最後の2年間になると、これら議員が銃擁護の投票する確率は、15.3%から18.9%増加する。
- 三、選挙が近づいても、改選を気に掛けていない上院議員の投票行動にはなんら影響がない。気に掛けていないというのは、リタイアするつもりなのか、議席確保がかなり確実であるか、その何れかである。
銃規制投票の決定因子にかんする本研究結果は、世論の圧倒的な支援があったにもかかわらず、ニュータウン市での悲劇を経ても合衆国議会がより厳格な規制を導入しなかった理由を解明する手掛かりになる。われわれの実証的モデルは、直近の4月のバックグラウンドチェックにかんするManchin–Toomey修正案が上院で廃案となることをじっさいに予測した2。
まとめ
間接民主主義国では、政策選択が選挙民マジョリティの欲するところから逸脱する場合がままある:
- 投票権者はさまざまな政策論点で選好の強さが異なる; また
- 投票権者には、雑多な論点に自らの代わりに責任をもって取り組むべき代表者を選出するために、たった1つの票しか与えられていない。
言わずもがなだが、ロビー集団による財政的圧力が、政治家の選択とマジョリティの選好とのあいだの対応性の欠如を助長している可能性はある。じっさいわれわれの実証成果では、銃権利ロビーからより大きな選挙キャンペーン的貢献を享受している上院議員ほど、銃擁護のスタンスを取る傾向もより高くなることが確認された。しかしながら、このロビー集団による財政的圧力も、選挙の近さが上院議員の投票行動におよぼす銃擁護的影響までは説明できない – 個々の上院議員がその任期をとおして獲得する支援分を調整したあとでさえ、これら議員は改選が近づくと銃擁護の投票をおこなう傾向が高まることが判明しているのだ。したがって、NRAのような銃権利ロビーの力は、かれらの財布の中身だけでなく、こうしたロビー団体のメンバーが単一争点のみにこだわる投票権者である事実にも負うところがあるようである3。
総論的には、一緒くたにされた雑多な政策論点を解きほぐしてゆく市民のイニシアチブが、市民の選好と政策アウトカムのあいだの対応性を向上させる手掛かりとなりうる (Besley and Coate 2008)4。各論的には、合衆国諸州のなかでも、一般市民が投票で新立法の可決/否決を決定できるところでならば、より厳格な銃規制を導入できるかもしれない5。とはいえ、市民イニシアチブの場合であれ、投票権者の選好の強さは重要だ。たとえば、イチシアティブの組織には金と時間そうほうで非常にコストが掛かるが、銃規制にたいし強硬に反対する市民ほどそうしたコストを厭わない傾向があるかもしれない。くわえて、銃規制肯定派の市民ほど投票コスト (例: 時間を割いて有権者登録する・仕事の予定を組み直す・投票所に足を運ぶ・候補者情報を収集するなど) を厭わないかもしれない。かくして強硬派マイノリティは、無気力なるマジョリティにたいする優位をなお保ちうるのである。
参考文献
Besley, T and S Coate (2008), “Issue Unbundling via Citizens’ Initiatives”, Quarterly Journal of Political Science, 3: 379–397.
Bouton, L, P Conconi, F J Pino, and M Zanardi (2013), “Guns and Votes”, CEPR Discussion Paper 9726.
The Economist (2013), “Over before it began”, 24 April.
Goss, K A (2006), Disarmed: The Missing Movement for Gun Control in America, Princeton University Press.
Schuman, H and S Presser (1978), “Attitude Measurement and the Gun Control Paradox”, The Public Opinion Quarterly, 4: 427–438.
1 たとえば、2013年4月にとりおこなわれたABC News–Washington Postの世論調査は、回答者の86%が銃展示会やオンラインでの銃売買にたいするバックグラウンドチェックを支持していると示した。2013年1月にとりおこなわれたCBS News–New York Timesの世論調査によると、92%の合衆国市民が全面的バックグラウンドチェックを支持していたという。
2 1993–2010年期間にかんする推定値にもとづき、われわれは99人中93名の上院議員について、2013年4月14日のマンチン–トゥーミー修正案にたいする投票を正しく予測した。ただし、多数党院内総務ハリー・リードは除く。かれは、幾つかの手続き上の理由から、本修正案にたいし反対票を投じたためだ。合衆国議会上院では、議事妨害をのりこえて法案を先に進めるために必要な60票が得られなかった。われわれの予測した票差 (51-48) は、実際のもの (53-46) にきわめて近いものとなっている。ただし、ここでもハリー・リードは除いた。
3 Slateに掲載されたある記事が指摘するように、「NRAは大方から本国における最も強力なロビー集団だと見做されている。財源はどちらかといえば控えめといったところでメンバーもちょうど4百万人程度なのだが。[…] NRAはほとんど銃規制の論点のみに専念しているため、かれらの指導層はその立法関連の目的を徹底的に追求できる体制になっている。おそらく最も重要な点だが、NRAはそのメンバーの多くが組織そのものと同じくらい一点集中型の考えをしている。世論調査では、相対的に多くのアメリカ人が銃規制の緩和よりその強化に好意的である旨がしばしば示されるが、銃権利推進派はこの論点における反対陣営とくらべ、一点集中型である可能性がはるかに高いのだ」(Slate, 29 June 2012)。
4 直接イニシアチブ (direct initiative) の手続きは、市民が立法案や憲法修正の形をとる請願を提出することを可能にする。この請願が十分な世論の支持を獲得した場合、その施策はそのまま投票に直行する段取りとなる。そのさい初めに立法府に法案を提出しておく必要はない。
5 たとえば、「イニシアチブ594」 としても知られる 「銃購入に関する全面的バックグラウンドチェックを求めるワシントン州イニシアチブ (Washington Universal Background Checks for Gun Purchases Initiative)」。本イニシアチブがワシントン州で2014年11月4日の投票用紙に記載されるかもしれない。本施策が投票権者により可決された場合、ワシントン州で銃を購入する全ての人を対象とするバックグラウンドチェックが要請されるようになる – これには私的な取引をとおして購入する者も含まれる。