●Tyler Cowen, “Apollo’s Angels: A History of Ballet”(Marginal Revolution, December 18, 2010)
ジェニファー・ホーマンズ(Jennifer Homans)の『Apollo’s Angels:A History of Ballet』(『アポロの天使:バレエの歴史』)は、今年(2010年に)出版されたノンフィクションの中で最も優れている作品の一つだ。文章も申し分ないし、細かいところまでよく調べ尽くされている。経済学者の多くが強く興味を覚えるであろう箇所を以下に引用しておくとしよう。
ロシアバレエに魅せられた大勢のバレエ愛好家の中でも、イギリスのバレエの行く末を左右する上で中心的な役割を果たすことになった人物と言えば、ジョン・メイナード・ケインズをおいて他にないだろう。ケインズと言えば、20世紀を代表する傑出した経済学者として人の口に上るのが通常だが、クラシックバレエにも深く関わっていた。ケインズは、イギリス国内でのバレエの振興に力を注いだキープレーヤーの一人でもあったのだ。
・・・(中略)・・・
ケインズにとっては、・・・(略)・・・クラシックバレエは、青春時代の彼とともにあった文明――失われてしまった文明――を象徴するシンボルであり、その重要性は増すばかりだった。・・・(略)・・・妻の(バレリーナだった)リディアの協力も得ながら、オペラ、絵画、ダンスを支援するために、ケインズは自らの持てる才能と財力の限りを尽くした。政治・経済問題の解決に向けて、世界を舞台に獅子奮迅(ししふんじん)の働きを見せていた真っ最中にである。
ブルームズベリーにあるケインズ夫妻の住まいは、リディアの友人である著名なバレリーナたちが一同に集う集会所のようになっていて、バレエをアートとして高く評価するアーティストや知識人たちもその輪に続々と加わった。・・・(略)・・・1929年にセルゲイ・ディアギレフが亡くなると、ケインズは、バレエ愛好家の仲間たちと一緒になって、カマルゴ協会を立ち上げた。カマルゴ協会の目的は、二つあった。ディアギレフの功績を後世に伝えること。そして、「イギリスバレエ」の発展に貢献することである。カマルゴ協会は、短命の組織だったが、強い影響力を誇っていた。リディアもカマルゴ協会の創設メンバーに名を連ね、協会が制作した作品に何度もバレリーナとして出演した。・・・(略)・・ケインズは、カマルゴ協会の名誉会計の地位に就いていた。
ケインズは、1930年代半ばに、ケンブリッジ芸術劇場の建設にも一肌脱いでいる。ケインズが私財を投じて建設費用の大半を支払ったのである。・・・(略)・・・イギリス経済が不況のどん底であえぐ中、ケインズのアートに対する関心は、政治的な色合いを強めていった。ケインズは、1933年にこう書いている。「戦争(第一次世界大戦)が終わってからこれまでの間に莫大な額の失業手当が支払われてきたが、そのお金がアートの支援のために投じられていたとしたら、イギリスの都市を人類史上最高の作品に仕上げることができていたに違いない」。
ところで、『ブラック・スワン』を映画館で観てきたばかりだ。色んな作品がごちゃまぜになっている感じがしたし、胸糞が悪くなるような場面もいくつかあった。看過できない間違いも散見された。とは言え、大変面白かった。『ウィンターズ・ボーン』、(イスラエル映画の)『レバノン』 、(エグいところはあるが、出来そのものは素晴らしいデンマーク映画の)『ヴァルハラ・ライジング』と並んで、今年(2010年に)公開された映画の中でも個人的に好きな作品の一つだ。
スワンつながりで『白鳥の湖』のCDについてもついでに語っておくと、ミハイル・プレトニョフが指揮してロシア・ナショナル管弦楽団が演奏しているバージョンが個人的にはお気に入りだ(2010年に発売されたクラシックCDの中でも一番のお気に入りだ。このCDは、色々と物議を醸しているようだが、とりあえずこちらの優れたレビューを紹介しておこう)。ところで、プレトニョフと言えば、少年への暴行容疑でタイ警察に捕まっていたが、これといった罪に問われることもなく釈放されたようだ。