デビッド・ベックワース 「マネタリー・スーパーパワーとしてのFed」(2012年8月23日)

●David Beckworth, “Further Evidence on the Fed’s Superpower Status”(Macro Musings Blog, August 23, 2012)


「Fedはマネタリー・スーパーパワー(monetary superpower)である」。これまで私は、幾度にもわたってそう訴えてきた。Fedがマネタリー・スーパーパワーたり得る理由は、ドルが世界各国における準備通貨として機能しており、新興国の多くが自国通貨を公式・非公式にドルにペッグしているからだが、そのために、Fedによる金融政策は、新興国の多くに「輸出」されることになるのである。加えて、ECBや日本銀行もまた、Fedの決定に影響されることになる。ECBにしても、日銀にしても、ドルとペッグした通貨だったりドルだったりに対して、自国通貨(ユーロ、円)があまりにも高くなり(為替レートが増価し)過ぎないように注意を払っているからである。かくして、Fedによる金融政策は、ユーロ圏や日本にも「輸出」されることになるのだ。

「マネタリー・スーパーパワー仮説」は、(金融危機に先立つ)住宅ブーム期に「グローバル流動性過剰」が発生した理由を説明する助けにもなるし、「グローバル貯蓄過剰」の幾分かはFedによる金融緩和がリサイクルされたに過ぎないものとの示唆を与えることにもなる [1]訳注;この点に関して、David Beckworth, “It’s 2012, Not 2002”(Macro Musings Blog, June 26, … Continue reading。また、「マネタリー・スーパーパワー仮説」によると、仮にFedが名目GDP水準目標(NGDPLT)に類する手段の採用に踏み切ったとしたら、アメリカ経済だけではなく、ユーロ圏経済が回復に向かう上でも大いに助けとなり得る〔拙訳はこちら〕ことが示唆されることにもなる。世界経済が目下のところ大いに必要としているのは、Fedが今すぐにも休眠状態から目覚めること、というわけだ。この点については、今年(2012年)のはじめに行われた学生向けの講演の一つで、ベン・バーナンキFed議長も認めているところである [2] … Continue reading

「マネタリー・スーパーパワー仮説」は、クリス・クロウ(Chris Crowe)との共同研究を通じて発展させられたものだが、その成果はつい最近出版されたばかりの私が編集した本にも収録されている。また、コリン・グレイ(Colin Gray)による最近の論文(pdf)では、合理的期待を組み込んだモデルを通じて、「マネタリー・スーパーパワー仮説」に理論的な検討が加えられており、「マネタリー・スーパーパワー仮説」のさらなる精緻化に取り組まれている。それだけではなく、件の論文では、実証的な面からも、「マネタリー・スーパーパワー仮説」を支持するような強固な証拠が提示されている。以下にグレイの論文のアブストラクト(要約)を引用しておこう。

2002年から2006年にかけて、アメリカの中央銀行であるFedは、広く知られた金融政策ルール [3] 訳注;テイラールールによって示唆される水準を大きく下回る水準に金利(政策短期金利)を抑えつけた。そのおかげで、(2008年に世界的な金融危機を招く一因ともなった)過剰な流動性の発生が促されたことを示す研究の蓄積が進んでいるが、Fedによるこの行動ほどにはよく知られていない事実がある。多くの他の中央銀行もまた、2002年から2006年にかけて、金利を(テイラールールによって示唆される水準よりも低い水準に;訳者挿入)引き下げたという事実がそれだ。ここで、重要な疑問が提起されることになる。他国の中央銀行が金融政策のスタンスを変更する上で、Fedはどのような役割を果たした(どのような影響を及ぼした)のだろうか? この疑問に取り組むために、本論文では、合理的期待モデルの枠組みを用いて、複数の中央銀行の政策行動の間でスピルオーバー効果(波及効果)が生じるメカニズムを理論的に探ることにする。加えて、アメリカにおける金融政策がその他の主要な中央銀行の行動――特に、政策金利の設定と為替介入――にどのような影響を与えたかを実証的にも明らかにする。実際のデータによると、Fedによる金利の引き下げ――金利の絶対的な水準の引き下げ+金融政策ルールによって示唆される水準以下への金利の引き下げ――は、世界全体のマクロ経済的なトレンドをコントロールした後においてもなお、金利の引き下げを促すなり、外国為替市場への介入を促すなりして、他国の中央銀行の行動に影響を持ったことが示唆されている。そして最後に、2000年代初頭において世界的に金利が低下したのも、各国の政府が保有する外貨準備高が大きく膨らんだ(増大した)のも――そして、その後に世界的な流動性ブームが引き起こされたのも――、Fedの行動に備わるスピルオーバー効果にその責任の一端があることも示す。

グレイによる本論文での発見は、さらなる討議に付してみるだけの価値があるであろう。例えば、次のような疑問にどう答えたものだろうか? マネタリー・スーパーパワーとしての地位を前提した場合に、Fedはどのように行動すべきだろうか? アメリカ一国だけではなく、世界経済全体がマクロ経済面で最大限の安定を手にするためには、Fedによる金融政策はどのように運営されるべきだろうか? そもそも、そのような術はあり得るだろうか? 世界経済の統合が進む中で、これら一連の疑問はこの先一層重要性を増すことになろう。

References

References
1 訳注;この点に関して、David Beckworth, “It’s 2012, Not 2002”(Macro Musings Blog, June 26, 2012)では、次のように説明されている。「『グローバル貯蓄過剰』の幾分かは、世界経済がFedによる金融緩和をアメリカにリサイクルした結果として生じたものと見なせる。というのも、ドルにペッグしている国々は、Fedによる金融緩和に伴って、(ドルとの固定レートを維持するために)ドルの購入を強いられることになったが、これらの国々は、手元に増えたドルをアメリカの債務(債券)の購入に回すことになったからである。正確には、ドルにペッグしている国々がドルの投資対象として欲したのは、アメリカの債務一般ではなく(アメリカの債務であれば何でもよかったというわけではなく)、安全なアメリカ債務であった。つまり、Fedによる金融緩和は、安全資産に対する需要を増やすことになったのである。公的な(政府が発行する)安全資産には限りがあったので、安全資産に対する需要の増加に対応するべく、民間部門においてリスク資産を安全資産に転換する動き(例.トリプルAの格付けを付与されたCDO)が生じたのであった。こうして、Fedによる金融政策が緩和されるほど、安全資産に対する需要はますます高まることになり、それに伴って、アメリカに還流してくる信用量も増大することになったのであった。」
2 原注;正確に言うと、バーナンキはこの点を明示的に認めているわけではない。しかしながら、中国の金融政策はアメリカの金融政策の影響を受けていると認めることで、密かにほのめかしてはいる(暗黙的に認めている)のである。
3 訳注;テイラールール
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