●Tyler Cowen, “Who will still be famous in 10,000 years?”(Marginal Revolution, February 28, 2011)
本ブログの熱心な読者の一人である、サム・ハモンド(Sam Hammond)から次のような質問を頂戴した。
一万年後の未来でも有名なままなのは誰だと思いますか? 現存する人物でも、歴史上の人物でも、構いません。シェイクスピアでしょうか? ソクラテスでしょうか? それとも、ホーキング(Stephen Hawking)でしょうか?
この質問に答えるには、一万年後の未来がどうなっているかに関する理論が必要だ。とりあえず、ここでは次のように仮定しておこう。一万年後の未来では、人類は今よりもずっと豊かになっており、人間の脳の情報がコンピューター上にアップロードされる段階には未だ至っておらず――もしもその段階に達しているとしたら、この質問への答えは明らかだ [1]訳注;脳の情報をコンピューター上にアップロードするというアイデアは、コーエンの同僚でもあるロビン・ハンソン(Robin … Continue reading――、朽ち果てたディストピアは到来していない、と想定するとしよう。さらには、一万年後の人類は、人間っぽい外見をとどめており、物理的な空間上で生活を続けているとしよう。お望みならば、この先一万年間を通じて、毎年のように経済成長が続くわけではないと想定してもいいだろう。
かような仮定を置いた上で、私が思う「一万年後の未来でも有名なままの人物」を列挙してみるとしよう。まずは、イエス・キリストとか仏陀とかといった主要な宗教指導者が挙げられるだろう。次に、アインシュタイン、チューリング、ワトソン(James Watson)&クリック(Francis Crick)、ヒトラー、クラシック音楽の代表的な作曲家、アダム・スミス、ニール・アームストロング(追記;おっと。ダーウィンとユークリッドを忘れていた)。
次に、なぜそう思うのかを個別に説明するとしよう。主要な宗教は、これまで長きにわたって続いており、歴史の上にその痕跡を深く残している。宗教という分野に関しては、経路依存性(path dependence)が決定的に重要な意味合いを持っているのだ。
宗教指導者以外の人物が有名であり続けるためには、その分野全体――それも、その重要性や影響力がなかなか衰えない分野――を象徴する存在となる必要があるだろう。(アインシュタインが提唱した)相対性理論は、この先も妥当性を失うことはないだろうし、その重要性は今後さらに高まる可能性もある。(チューリングがその原理を考案した)コンピューターにしても、(ワトソン&クリックがその構造を解き明かした)DNAにしても、この先その重要性を失うことはないだろう。ヒトラーは、純粋悪(pure evil)の代名詞であり続けることだろう――ヒトラーに代わって純粋悪を象徴するような人物が今後現れるようなら、人類に未来は無いかもしれない――。ベートーベンにしても、モーツァルトにしても、その華麗さを失うことはないだろう。その一方で、シェイクスピアをはじめとした偉大な作家は、翻訳の必要があるため、翻訳の過程でその輝きが幾分か失われてしまうことだろう。「交換性向」(The propensity to truck and barter)は、これから先も人間の中に埋め込まれたままだろう。それゆえ、(人間には「交換性向」が備わっていると説いた)アダム・スミスは、経済学を象徴する地位に居座り続けることだろう。ケインズ経済学はどうかというと、今後の展開次第では、その妥当性は幾分か損なわれるかもしれない。というのも、将来的にバイオフィードバック療法の開発が進み、自己改善を側面支援するサービスを提供する市場が発展することになったとしたら、それに伴って賃金の伸縮性が増すことになるだろうし [2] … Continue reading、将来的に名目GDP先物市場が導入されることになったとしたら、デフレスパイラルを恐れる必要は最早なくなるだろうからね。
上で列挙した面々の名声が今後も衰えないであろう別の理由としては、将来的に彼らのライバルとなり得るような人物(時代を超えてその名が語り継がれるような人物)が出てくる可能性が小さい――あるいは、そのような人物の数が少ないと予想される――というのもある。今後も色んな成果が上げられるだろうが、その成果も狭い領域におけるものにとどまり、個人によってではなくチームによって成し遂げられる可能性が高いだろう。エジソンやテスラに並ぶような画期的な発明家は、この先出てこないだろう。たとえ科学が急速に進歩を続けたとしても、人類の記憶の中からアインシュタインの存在を忘れさせてしまうくらいのインパクトを持った科学者――「スーパーアインシュタイン」――が80年後くらいに出てくるってこともなさそうだ。
References
↑1 | 訳注;脳の情報をコンピューター上にアップロードするというアイデアは、コーエンの同僚でもあるロビン・ハンソン(Robin Hanson)によるもの。詳しくは、こちら(英語)を参照。「この質問への答えは明らかだ」ということでコーエンが具体的に何を意味しているかは定かではないが、おそらくは「一万年後の未来で有名な人物は、ハンソン」と言いたいのだろう。 |
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↑2 | 訳注;バイオフィードバック療法や自己改善のためのサービスが利用できるようになったら、感情のコントロールがこれまでよりも容易になり、その結果として、賃金の硬直性(特に、下方硬直性)の原因の一つとなっている心理的な要因(賃金のカットを不公正な処遇と見なして、それに怒りを覚えるなど)の影響が弱まることになる(その結果として、賃金の伸縮性が増す)、といったことを意味しているものと思われる。 |