●James Hamilton, “A bull’s-eye for Fed accountability”(Econbrowser, March 2, 2014)
この前の金曜日に、ニューヨークに足を運んで、U.S. Monetary Policy Forumに参加してきた。私も顔を出したセッションの一つでは、非伝統的な金融政策を行使する上での戦略をめぐって、中央銀行が国民やマーケットを相手に円滑なコミュニケーションを図るにはどうしたらよいか、という問題がテーマとなっていたのだが、そのテーマとの絡みで、シカゴ連銀総裁のチャールズ・エバンズ(Charles Evans)が非常に興味深いアイデアを開陳していたので、それを以下に紹介するとしよう。
効果的なコミュニケーションを図る上で何よりも重要なのは、Fedが一体何を達成しようとしているのか(何を目標としているのか)をはっきりとさせることにある、とはエバンズの言。連邦議会は、Fedに対して、「物価の安定」と、「雇用の最大化」という、二重の責務(デュアル・マンデート)を課しているが、その具体的な内容となると?
理論的な経済分析の数々では、「物価の安定」はインフレ率の長期的な目標値に、「雇用の最大化」は失業率の長期的な目標値に、それぞれ絡めて読み替えられることになる。例えば、金融政策の目標は、インフレ率を2%近辺に誘導するとともに、失業率を5.5%にできるだけ近付けることにあるとしよう。そして現状が、長期的な目標からどのくらい外れているか(目標の未達度合い)を、次のような関数のかたちで要約してみるとしよう。。πはPCEデフレーターで測ったインフレ率、uは失業率を表している。現状のインフレ率は1.0%であり、失業率は6.6%。それゆえ、目的関数(損失関数)Vの値は、(πに1.0、uに6.6を代入すると)次のようになる。。
上のような関数のかたちで中央銀行が何を達成しようとしているかを要約するとすれば、Fedがさらなる金融緩和に訴えた結果として、失業率が例えば6.0%にまで引き下がったとしても、それと引き換えに、インフレ率が例えば3.4%にまで高まったとしたら、(インフレ率が1.0%で、失業率が6.6%である)現状と状況的に変わりはない、という評価になるだろう。というのも、(≒2.2)となって、Vの値はほぼ同じだからだ。現状と状況的に変わりがない、失業率とインフレ率の組み合わせ は、次のような「円の方程式」のかたちに書き表せることになる。。できるだけ半径の小さな円(円周)の上に位置付けること、できるだけ「的の中心」に近付くこと。それが願い、ということになろう(以下の図を参照)。
出典:Evans (2014)
エバンズ本人による解釈に耳を傾けるとしよう。
これまでに論じてきた損失関数は、私が「的の中心」型説明責任と呼ぶところの説明責任を、中央銀行に果たさせるために用立てることができる。Fedが掲げる「バランスのとれたアプローチ」は、そのことを強く示唆しています。上のチャートは、二次元のグラフに(政策目標でもある)失業率とインフレ率の値が書き込まれた、「スコアカード」のようなものと言えるでしょう。
・・・(中略)・・・
FOMC(連邦公開市場委員会)参加者の経済予測をまとめた最新(2013年12月版)のSEP(Summary of Economic Projections)によると、失業率とインフレ率が「的の中心」を射抜くのは2016年第4四半期の見込み、というのがFOMCの総意ということになります。Fedが掲げる長期的な目標が達成されるまでに、比較的時間がかかると見込まれているわけです。今後の経済情勢は改善すると予測されているわけですが、あくまでも「予測」に過ぎない。あくまでもこれからの話であり、そうなると決まっているわけではない、ということは断っておくべきでしょう。そうとは言え、コミュニケーションの改善に向けて、Fedがこれまでに積み重ねてきた努力は、国民やマーケットを相手に円滑なコミュニケーションを図る上で、大いに役立つ術を生み出すに至っています。上の「スコアカード」を使えば、Fedが「二重の責務」の達成にどこまで近付けているかを跡付けることができるのです。
・・・(中略)・・・
金融政策にまつわる個々の決定を対象とするコミュニケーションがいくらかでも効果を上げるためには、Fedが何を意図しているのかを同時にはっきりさせねばならない。Fedの目標の中身と、Fedが目標の達成に本気でコミットしているんだということを、国民がタイムリーに理解できるようにしなければならない。私はそう主張したいのです。金融政策の戦略なり、金融政策に関するコミュニケーションなりが、効果を上げるためには、「金融政策が何を意図して運営されているかをはっきりさせる」という原則を絶対に踏まえるべきなのです。
エバンズは実に素晴らしい指摘をしていると思う。その一方で、フィラデルフィア連銀総裁のチャールズ・プロッサー(Charles Plosser)の指摘にも頷かされるところがある。プロッサーも件のセッションに同席していたのだが、その席上で、「『的の中心』はかなりの幅を持つ」と発言したのである。Fedが金融政策を通じて失業率をどこまで引き下げられそうかというと、正確なところは、はっきり言ってよくわからない。エバンズが作成した上の図で想定されているように、失業率を5.5%まで引き下げることは、もしかしたら可能かもしれない。 その一方で、Fedがどれだけ頑張ったところで、失業率は6%を大きく下回ることはない可能性もある。
とは言え、エバンズの提案には大いに共感させられる。メディアの記者だったり、金融アナリストだったりが、Fedの行動の詳細――テーパリング(量的緩和の縮小)の規模やペースはどうなりそうか、テーパリングの後にはどのような手が打たれそうか――を探ろうとして行き詰る、というのはありそうな話だ。Fedが定められた(不動の)目標の達成に向けて戦術の変更に乗り出すとすれば、それはいかなる状況でか? 「スコアカード」に似た上の図の助けを借りれば、そのあたりのことについて深く理解できるようになる可能性があるし、目標をどうやって達成するつもりなのかとFedに強く迫れるようにもなるのだ。