James Hamilton “Libra: economics of Facebook’s cryptocurrency” Econbrowser, June 24, 2019
先週 [1]訳注;2019年6月18日 ,Facebookは新たな国際暗号通貨Libraの構想を発表した。このLibraという名前は,銀1ポンドに基づき中世を通じてフランスの貨幣だった”livre”と,ラテン語で「自由」を意味する”liber”の合成のように思える [2] … Continue reading 。Facebookは,従来の銀行にアクセスのない世界の17億人の成人に対してLibraが国境を越えて資金を簡単に転送する自由を与えると主張している。
お金は3つの特質によって定義される。すなわち,計算の単位(私たちが買うものは大抵ドルで値付けされている),交換の媒介(そうしたものを買う際には,売り手に自分のドルをあげて支払えばよい),価値の貯蔵(自分の富は支出したくなるまでドル現金で確保しておける)だ。
私たちがドルと呼ぶ紙切れに価値があるのはなんでだろうか。紙のお金が導入される際にそれに最初に価値を与えるために統治者がよく使う手は,1ポンドの紙幣と1ポンドの銀の交換を約束することだ。しかし,その紙切れはやがてそうした約束がなくとも固有の価値をもつように見なされるようになる。この価値は,共通の計算単位,交換の媒介,価値の貯蔵手段を持つことが取引を円滑化させるという事実に由来する。私たちはあらゆる物事をもっと効率に行い,したがってみんながもっと豊かになれる―オレンジを買うのにオレンジ農家がたまたま欲しいと思っている物理的なものを売り手にあげるのではなく,ドルで支払えることができる世界に住んでさえいれば。紙のドルをお金として使うという社会的合意によって私たちは便益を享受し,そのためそれを続けようとする利益がみんなにある。
取引の円滑化手段としてのお金の価値により,政府は見かけ上は無価値な紙切れを印刷するだけで新たな収入源を得ることになる。これは実質的にはお金が存在することによって生まれる社会的な価値の一部を政府が取り上げるということだ。政府はこの権力を,兵士への支払いを行ったり利子を生む資産を獲得するなど,実物的な価値をもつものを手に入れるために使う。この収入源は「シニョレッジ」として知られている。連邦準備制度による投資で得られて財務省に納められた利子という形のシニョレッジは,2018年にはアメリカ政府に620億ドルの収入をもたらした。
こうした動きに民間企業がに一枚噛みたいと思うことに驚きはない。それができればの話ではあるけれども。Facebookは去年70億ドルの利益をあげ,これはマラウィやシエラレオネといった一部の小さく貧しい国家のGDPを上回る。それなら主権国家政府と同じようにふるまって自分のお金を発行しない理由なんてあるだろうか。さらに,Facebookだけでそれをやろうとしているのではなく,Mastercard,Visa,Ebay,Paypal,Spotify,Uber,Lyftをはじめとする数十もの企業と提携していて,これは交換の媒介として機能することを意味しており,さらにLibraは計算単位としても提案されている。すなわち,価格はLibraで値付けされて直接Libraで取引されるのだ。そしてその価値が大きく変動するBitcoinのような暗号通貨とは違い,Libraの価値はドル,ユーロ,円といった安定的な通貨のバスケットに固定され,それはLibra口座への入出金ごとに増減する準備基金(これら通貨による利回りのある資産)によって裏付けられる。
コインが新たに発行されるには、発行されるコインと等価の支払いが 再販業者からリザーブに対して行われる必要があります。協会と再販業者の取引の結果、需要が拡大 したときには新しいコインが自動で発行され、需要が縮小したときにはコインが自動で焼却されます。 リザーブが積極的に運用されることはありませんので、Libra の価値の上昇や下落は通貨取引市場の 動向の結果でしかありません。
これは実質的に100%の準備がある固定相場制度のよう思える。ドルをLibraに替える際,Libra協会はそのドルを通貨バスケットの低リスク資産に投資する。仮にその後ユーロの価値がドルに対して下がると,Libraはドルで見ると最初につぎ込んだドルよりも少ないドルの価値になる。それでもLibraとしてみれば同じ価値だ。とはいえ,ヨーロッパの銀行がドル建ての口座を提供することができるように,どこかほかの機関がLibra建ての口座を提供して(民間銀行がするように)バランスシート上で部分的にしか準備金を引き当てずに運営することをだれがとめられるだろうか [3]訳注;コメント欄で指摘いただいた通り,たとえば準備金の引き当てを10%にして実質的に他の通貨と同様の信用創造を行うことを指している。 。急速に変異しているシャドウバンキングの世界に新たな次元をもたらすことになる。そしてそれを誰が規制するのか,もしくは規制できるのかははっきりしていない。
Libra口座にはほかにも潜在的なリスクがあり,それにはブロックチェーン技術にまつわる安全上ないしは流通上の問題,より優れた支払い技術の発展,政府による規制といったものがある。さらには,たとえば仮に万一Facebookが倒産を宣言してしまった場合,自分の持ち分の価値がいくらになるかも明らかではない。Libraが成功し,その後に何らかの理由で崩壊を経験することとなれば,それによって独自の金融危機が生まれかねない。
その一方で,国際取引のための統一的で安定した制度があることが世界中の多くの人にとって大きな便益となることに疑いはなく,したがってFacebookとそのパートナーには投資資産によって得られる利子は相当なシニョレッジ収益源となる。確かに,統一的で安定した通貨は国境を越えた売り買いを容易にすることで,欧州通貨同盟の加盟国に利益をもたらした。しかし,私たちは2011年にそれが大問題にもなりうることを理解した。当時為替レートが急落していればヨーロッパの一部周縁国にとって大きな利益となっていただろう。しかしそうはなりえなかった。それらの国々はユーロに固定されていたからだ。もしコンゴのほとんどの取引がLibraで取引されるようになれば,コンゴが実物商品価格の崩壊のようなショックに対処するのはより難しくなるだろう。
Libraが成功することになれば,それによって負の利子率を強制する政府の能力が損なわれることになる。すなわち,Libraがユーロよりも魅力的なお金として見られはじめるかもしれない。そしてそれは政府のシニョレッジ収益にとって潜在的な競争相手となるが,たいてい貧しい国ほどインフラの不足によってほかの形での税収をあげることが難しいためにシニョレッジ収益に依存している。しかし,Libraが決済制度の効率性を改善するのであれば,おそらくはそれによって生み出された富が新たな税収対象を作り出すこともあるだろう。
これはおもしろい実験だ。これからどう展開するんだろうか。
7段落目「部分的な準備バランスシートとして」”with a fractional-reserve balance sheet”は、段落先頭の”100%-reserve”の対義語で、一部しか準備金の裏付けがない(=預金準備率が100%でない=信用創造ができる)ということだと思います。
けっこう重要な部分だと思うので、私なら「部分的にしかバランスシート的な裏付けがない〔準備率が100%でない〕」とか説明を加えて訳すかなあ、と思いました。
すいません遅くなりましたが反映しました。ごもっともな指摘です。何も考えずに訳して申し訳ないです。
いえいえ、申し訳ないなんてとんでもない。
今後ともよろしくおねがいします。