ボールドウィン & エヴェネット「COVID-19 と通商政策: pt.8/End」(2020年4月29日)

[Richard Baldwin & Simon J. Evenett, “Introduction,” in COVID-19 and Trade Policies. VoxEU, April 29, 2020]

[pt.7 はこちら

結び

第一次世界大戦のさまざまな起点を叙述して世評の高い歴史書『夢遊病者たち』で,大部分においてよかれと思って行動している政策担当者たちが,意思疎通の失敗と誤解によって宣戦布告にいたり,大陸を騒乱に導いたさまをクリストファー・クラークは明らかにしている.世界貿易体制に関するかぎり,この歴史の顛末は今日の事態とさまざまな点で類似している.

多くの国は,自由主義的な貿易体制の原則を守ると誓っている――だが,そうした国々も,医療用品や医薬品の輸出に制限をかけるなどの,ゼロサム行動に出ている.「あの国が悪い」「いやそちらこそ悪い」という非難の応酬がはじまり,特定の国々が信頼できる供給国なのかどうかが疑われるにいたっている.サプライチェーンを自国内にとりもどすという漠然とした観念が取り沙汰されている.その一方で,COVID-19 パンデミックは継続している.ただちに結果を示さなくてはならないという圧力は,いっそう強く政策担当者たちにのしかかっている.中期的な考えはおろか,短期的な考えもほとんどない.貿易に関する国際的な協力は,哀れな状況にある.

どの国にとっても COVID-19 と戦うのが困難になってしまう輸出制限の応酬に向かって各国政府は思慮もなく夢中歩行するしかないのだろうか? 私たちの見解では,自由主義的な貿易体制の弔辞を述べるのはまだ早い.各国政府には,それぞれが思っている以上の選択肢がある――そして,各国政府は自らどれかを選択できる.その選択は賢くなされなくてはならない.

実際に物事を動かす際の事情をあれこれと考慮しても――非常に熱烈な経済ナショナリストですら,これは無視して済ませられない――選択肢は「内向きになるかどうか」から「現行の世界貿易体制をもっともうまく活用する方法はどれか」に変わる.COVID-19 の感染拡大第二波にあわせて,世界各地の工場の配置をパンデミック以前から根本的に変えようと言っても無理な相談だ.政策担当者たちが取り組むべきは,各種サプライチェーンと国際的な専門特化のパターンの現状であって,「こうであってくれたらいいのに」という願望ではない.

「世界の工場」としての中国の特徴については多くのことが言われている一方で,WTO が COVID-19 関係の「医療製品」に分類する多種多様な財を見ると,その事例の圧倒的多数では,〔中国以外に〕輸出国としての地位が確立している国々が多数ある.正確に言えば,WTO がそうした医療製品に分類している80カテゴリのうち,年間1000万ドル以上を一貫して輸出している国が5ヶ国未満の事例は14例しかない.医療輸出品のうち54種では,一貫して輸出している国々が10ヶ国を超えている.これは,Global Trade Alert Team が国連の精緻な貿易データを用いて行った計算にもとづいている.

実際問題に目を向けると,〔こうして多岐にわたる品目で多くの国々が輸出をおこなっているという〕この事実により,自由主義的な貿易体制では,医療に関わる政府省庁や病院その他の医療サービス提供者は幅広い供給元のどれから製品を調達するか選択できる.COVID-19 パンデミックが世界のさまざまな国を直撃したタイミングは異なっているおかげで,買い手は供給元をあちらからこちらへと切り替えることでどこか1つの供給元に依存することで生じる各種リスクを低減できる.グローバル化のこうした側面は,リスクを大きく軽減させる装置だと見るべきだ.だが,国際貿易がそうやって魔法のように供給するためには,物品が行き交うルートを開いたままにしておかないといけない.内向きに転じる国があまりに多くなれば,これが阻害されて,世界貿易の将来の崩壊を悪化させて,歴史上でも指折りの「自殺点」(アンフォースト・エラー)事例を残すことになる.そのために支払われる対価は,抽象的なものではない――対価は,人命なのだ.

また,国際協調を支持する道義的な論拠もある.サプライチェーン貿易が妨げられて,地域の施設が報復措置で国有化される恐れがある世界では,数十もの国々が生産施設なしで COVID 感染患者を安全に治療できる世界ではない.

さらに,多極的な世界貿易体制であれば,協調による解決法を育てるためにどこか一国に依存しすぎるリスクを低減できる.どこかの貿易大国で経済ナショナリストたちが〔そうしたリスクに〕知らぬ存ぜぬを決め込んだからと言って,他の各国政府が「それならこちらは」とばかりに理にかなった一国単位の行動を放棄する言い訳にはならないし,供給ルートを開かれたままに維持するために必要な協調対応を発展させないでいる言い訳にもならない.

いまは,壮大な設計図を描くべきときではない.相互の利益を大きくする実践的な対応をとるべきだ.ニュージーランド・シンガポールとともに G7 が率先して供給ルートを開かれたままに維持する行動をとったのが,そうした対応の好例だ [n.12].

「深く影響を及ぼす経済的なショックが起きたら,そのあと保護主義をとらねばならない」という通説を,私たちは却下する.歴史を見れば,内向きに転じてもうまくいかないことがわかる.本書でも複数の章で取り上げているように,近年の出来事はこの教訓をさらに裏打ちしている.まだ芝居の幕は上がっていない.各国政府には,選択肢がある.


原註

n.12 2020年4月22日に,中国と合衆国もふくめて50ヶ国が農業・食料品分野の貿易を開かれたままに維持すると宣言した.これも,歓迎すべき行動だ.宣言に署名した国々は,農業分野の製品(ただし食品をのぞく)に輸出制限をかけないと誓約した.WTO 文書 WT/GC/208 を参照.

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