ブランコ・ミラノヴィッチ「我々がドナルド・トランプから受けた恩恵」(2020年11月7日)

What we owe to Donald J Trump
Posted by Branko Milanovic Saturday, November 7, 2020

トランプが歴史と化そうとしている今、公表文献の多くで、彼の過去4年間の実績を元に、大統領職の評価が行われている。評価のほとんどは、アラ探しであり、仰々しいだけであり、飽き飽きするような内容だ。トランプは、「無神経」「人種差別」「外国人排斥」「傲慢」「非効率的」「無効率的」「無知」であるとの理由から罵倒されている。トランプを擁護する人のほとんども、同じ理由をもって擁護することになるだろう(擁護者の見解では、「外国人排斥」「人種差別」「傲慢」は、深刻な道徳的欠陥ではなく、美徳と見なされるかもしれない)。

私のトランプへの評価は、まったく異なる。まず最初に、私が思う、トランプが正しかったところを示そう。次に、トランプが与えてくれた教訓について示そう。

トランプは、外交政策では、根幹的指針においては正しかったのだ。「アメリカ第一主義」と「穏やかな孤立主義」である。これを理解するには、アメリカ合衆国の外交政策には、2つの選択肢しか存在しないことを把握する必要がある。「アメリカ例外主義」か「アメリカ第一主義」かの2択である。「アメリカ例外主義」とはその名の通り、「アメリカは卓越している」とのイデオロギーに基づいたものだ。このイデオロギーは、「新しい共和制は比類なき価値を保持している」との論拠から導出され、これは受けるに資する価値であるとされている。「アメリカの卓越さ」では、構造化された階層システム――頂点にアメリカが立ち、他の国は従属的な統制に甘んじ、劣位の役割を果たすべきである――が当然視されている。この政策において、究極の目的として暗黙視されているのが、世界の覇権を握ることである。このような野望を抱いたのは、アメリカが最初の国ではない。先例を大量に列挙できる。エジプト、ローマ、東ローマ帝国、イスラム帝国、カール大帝、フン族、ティムール帝国、ナポレオン、ヒトラー、ソビエト連邦による共産主義帝国などだ。むろん、このような帝国を樹立することなどまず不可能だろうが、目的への道は戦争で塗装されている。このような、「不可欠な国家である」とのイデオロギーの由来は、ゴア・ヴィダルが「終わりなき平和のための終わりなき戦争」と名付けたもので、ほぼ定義できる。アメリカが80年間、ほぼ途切れることにない戦争を続けてたのは、なんらかの偶然などではない。

「アメリカ第一主義」は、一応は全ての国家を、同じ水準に置くことから始める。第一主義では、「アメリカは自国を優先し、他国にはあまり期待しない」と主張されている。トランプは、国際関係論の専門家なわけではないが、それでも国連演説で以下のように述べている。「私は、AのアルジェリアからZのジンバブエまであらゆる国に対して、各々自国に関して従来の政策のままであることを期待したい」と。「アメリカ第一主義」政策では、アメリカはその規模と重要性から、常に他国よりパンチを繰り出す〔紛争を起こす〕だろう。それでも、他国を支配せねばならないとか、他国に国内問題をどう行うべきか指示すべきである、といった欲望や幻想は抱かないだろう。これは、アメリカを打算的な行動に至らせるが、実際には、戦争の可能性を低くする政策である。利害関係は交渉可能だが、イデオロギーは交渉不可能である。

トランプは、COVID-19以後、中国は俺を大統領職から放逐しようと特殊な陰謀を何かしかけている、との妄執に取り憑かれたが、この以前だと基本的にこのアメリカ第一主義政策に従っている。〔妄執に取り憑かれたが〕それでも、彼は新たな戦争を初めておらず、この時点で重要な事に、約20年前に始まった戦争(ワシントンの誰ももはや合理的根拠を示すことができなかった戦争)に終止符を打っている [1]訳注:アフガニスタンとの和解処置のことと思われる。 。こういった戦争は、「モンゴル系タタール人の草原 [2]訳注:チンギス・ハーン等のモンゴル帝国によって引き起こされた帝国建設のための一連の侵略戦争のこと 」で行われたような純粋な帝国主義的戦争となっており、帝国の中枢では、誰も「自国の兵士がどこで戦っているのか?」そして「なぜ戦っているのか?」についてさえ不明になっているのだ。

トランプは、政治とビジネスの知見において、着目に値する教訓を2つ与えてくれた。彼は、半世紀近くに渡って自身がビジネスで実践してきたスキルを政治に持ち込んでいる。この彼がやった事は、私が以前に指摘したように、新自由主義の究極の勝利である。トランプは国民を、自らの意向に応じてこき使ったり、解雇できる従業員と見做していた。つまり、大統領職を、アマゾンのおけるベゾスの地位のように解釈していたわけである。大統領はいかなる規則や法に縛られることなく、何でもできるのだ、と。

政治的ゲームにおいて、観客である市民と支配者の間には、カーテンによる隔たりが存在するが、トランプはそのカーテンを剥ぎ取り、〔支配者が行っている〕「駆け引き」「依怙贔屓の応酬」「私的利益のための公権力の利用」を、表ざたにし、むき出しの駆け引きとして、ショーの参加者全てに観戦可能としたのである。過去の政権では、外国の権力者から金銭を受け取ったり、利権的地位を転々としたり、税金のごまかしのような違法・法的にグレーな行為は、カーテンが下ろされ、慎重かつ礼儀正しく行われており、観客は不正行為を見たり参加できなくなっていたが、今や公然と行われるようになっている。こうして我々が、政治プロセスの中核に横たわる巨大な腐敗を見ることができるようになったのは、トランプのおかげである。

しかし、トランプはこれ以上のことをしている。トランプは、50年にも及ぶビジネスでの取引で磨かれた(あらゆる種類の法的にグレーであったり違法な不正行為を伴った)様々な腐敗したやり口で大統領に登りつめている。しかも、このような不正行為は、彼の財界での地位上昇において抑止となっていない。いやそれどころか、彼の不正行為は、彼にニューヨークの財界での輝かしいキャリアを享受させ、金持ちにし、多くのパーティ(ヒラリー・クリントンが上院議員として実施したような政治的資金集めを目的とした立派な寄付金者によるパーティも含む)で彼を価値ある賓客とし、財界での地位を上昇させている。トランプが獲得した財界権力は、例外的手法でも許されない処置でもなかったという圧倒的事実は、彼の周りの誰もが同じ手段を使ってトップになった事実が示されている。

このように、トランプについて多くの知見を得てみれば、ニューヨークの富裕層のビジネス・サークルで成功するために使われた手段、そして、スコットランド、ロシア、中東、中国などの世界の富裕層ビジネス・サークルにおいて、トランプとその取り巻き達が行っている取引についても知ることができる。彼の親しい側近や家族は、数百万ドル懐に入れるために、トランプを裏切ったが、これはトランプ自身もやったであろう行動(彼自身もそれを認めた)であり、彼らの環境ではどのような倫理基準が蔓延しているのかを如実に示されている。つまり、多くの財界権力の中核には、腐敗・汚職・免責が横たわっている事が露わになっているのだ。トランプは別の貴重な教訓を与えてもくれたのである。

トランプの人格は、政界と財界の中核における腐敗の深刻さを暴露している。これら腐敗は、許されざる罪悪である。この罪悪は隠匿下で享受されれば、容認されるか、見過ごされる。しかし誇示された場合はそうはならない。こういった深刻な腐敗は制度の特性となっているので、トランプの後任者はこれをそのままにしようと、隠蔽に全力を尽くすだろう。もっとも、我々は一度真実を見てしまっている。問題は何もないと、取り繕って元に戻すのは難しいだろう。

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1 訳注:アフガニスタンとの和解処置のことと思われる。
2 訳注:チンギス・ハーン等のモンゴル帝国によって引き起こされた帝国建設のための一連の侵略戦争のこと
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