話し手も聞き手も,コミュニケーションの成功度合いを自分でモニターしているにもかかわらず,これを一貫して過大評価する.本稿では,共通の言語がない場合にすら存在する理解の極端な錯覚を報告する.中国語(北京官話)の母語話者は,自分が中国語で話したことを英語母語話者のアメリカ人がどれだけ理解できたかを過大に推定した.また,聞き手であるアメリカ人たちも,中国語話者が伝えようと意図したことを実際よりもずっと多く理解できたと思っていた.この極度の錯覚は,発話モニタリングの各種理論に影響を及ぼすほか,間違った意思疎通のコストが高くつく実生活にも重要であるかもしれない.
[Tyler Cowen, “The extreme illusion of understanding,” Marginal Revolution, April 5, 2022]