Fadhel Kaboubと一緒にブルームバーグの嘘を暴く
The Lens, ”No, MMT Didn’t Wreck Sri Lanka”(Apr 29, 2022)
先週、ブルームバーグは「スリランカは世界で最初にMMTを試した国だ」「実験が国を破滅させた」と主張する意見記事(レギュラーコラムニストが執筆したものだった)を掲載した。数日後ワシントンポスト は記事を転載した。このことによってこの記事はかなりの注目を集めたのだ。残念なことにこの記事はスリランカでは実際に何がうまくいかなかったかについての洞察をほとんど提供していない。しかし編集者や記者はMMTが読者のクリック数を稼げることを発見したので、内容は何でもいいからMMTという言葉を押し込もうとする努力に余念がない。
たくさんの人たちが私にリンクを送って、反論を書くように求めて来た。それに手を付けかけたその時、私はMMTの経済学者である ファデル・カバウブがプレゼンテーション でスリランカについて話していたこと、また彼が何年もの間スリランカを 研究していることを思い出した。
ファデルはデニソン大学の経済学の准教授であり、Global Institute for Sustainable Prosperity(持続的な繁栄のためのグローバル研究所)の所長でもある。 彼はスリランカ経済と、その現在の窮状への道を開いた政策決定についての深い知識をもたらしてくれる。そこで私はスリランカでのいわゆるMMT実験についての ミヒール・シャーマの主張に反論してくれないかと彼に声をかけたというわけだ。
シャーマの大きな主張は「二つの異端の理論が…スリランカの公式な政策となり、二年間で国家をデフォルトと破滅の危機に瀕させた」というものだ。同国政府は対外債務の支払いを停止し、債務不履行になる可能性があると警告した。輸入価格が急騰している。人々が食べ物や燃料を買うのが難しくなっている。定期的な停電と配給がある。インフレ率は19%近くに達し、中央銀行は最近、金利を二倍にした。シャーマは「構造的要因」が働いていること、また、ロシアのウクライナ侵攻がすべてを悪化させた一方で、パンデミックが国の観光部門に打撃を与えたことを認めている。しかし彼は「より深刻な問題」は支配層のエリートが「スリランカの政策決定を変人たちに引き渡した」ことだと主張している。 <<もう一つは、有機農業への移行により、作物の収量、農業収入、輸出収入が激減していること。>>
以下は、カバウブと私の間のQ&Aの内容を整理したものである。
QUESTION: シャーマは「スリランカは、貨幣発行を正当化する根拠として公式にMMTを参照した世界で最初の国である」と主張している。彼は、前中央銀行総裁のウェリガマゲ・ドン・ラクシュマンが「(外貨建て債務に対する)自国通貨建て債務の割合を増やしさえすれば、債務の持続可能性について心配する必要はない」と説得した金融の専門家の言葉に耳を傾けたことを非難している。 さて、MMTには「国内債務の比率を高め」さえすれば、債務の持続可能性やインフレを心配することなく「お金を刷る」ことができるという主張はあるのだろうか?
KABOUB: 2020年に初めてスリランカ中央銀行総裁のウェリガマゲ・ドン・ラクシュマン氏の発言を読ん だとき、彼が MMTの基本的な認識を理解していないことがよく分かった。彼は、通貨主権の観点から重要なのは、国内の自国通貨建て債務と外貨建て債務の割合であり、自国が1970年代後半から用いてきた経済発展モデルの基盤を見直す必要はないという感覚を持っていた。ラクシュマン総裁は債務の割合には注目したが、いったい何が対外債務を増大させていたかを問うことはなく、また、国内債務の割合を高めることでスリランカの経済的強靭性がどのように確保できるのかを明確にできてはいなかった。
MMT経済学者たちが明確にしてきたのは、国の財政支出能力はインフレのリスクによって制約されていることだった。インフレのリスクを決定するのは、生産能力の水準(実物資源の利用可能性、生産性、スキル、ロジスティクス、サプライチェーンなど)および、経済の主要なプレーヤー(カルテル、独占的な輸入許可業者、ペーパーカンパニー、国境を跨いだ密売人、投機家、腐敗した政府調達システムなど)が享受する不正な市場支配力の水準だ。したがって、国の財政政策のスペースの拡大は、生産能力を高るための戦略的投資と、乱用される市場支配力を制限するための規制を通じて行われなければならない。スリランカの経済政策の選択(パンデミック前およびロシア-ウクライナ戦争)はMMT経済学者が提案してきたものにカスりもしていない。
スリランカには主流の経済政策によって体系的に強化されてきた三つの構造的な経済的弱点がある。1)食糧主権の欠如、2)エネルギー主権の欠如、3)低付加価値の輸出、だ。これらの欠陥は、同国の経済エンジンを加速させるという、まさにそのことが、対外収支への圧力を強め、為替レートを弱め、インフレ圧力を高め(特に食料/燃料/医薬品および基本的な必需品)、その結果、対外債務の膨張という古典的な罠に陥らせることになることを示唆する。
始まりはこうだった。スリランカは「グローバルサウス」の多くの国と同じように、1977年に経済の自由化を開始し、輸出、外国直接投資(FDI)、観光、送金を基盤とする古典的なIMFスタイルの経済開発モデルを採用した。この開発モデルは内戦(1983年から2009年)の間は飼いならされたままであったが、2009年に完全に解き放たれ、その時から対外債務が急増し始め2008年の160億ドルから2019年には560億ドル近くにまでなった。スリランカルピーの価値は114だったのが178LCU/USDに下落した。近年、政府の補助金と移転支出が大幅に増加し、政府支出の30%以上に達したおかげで、スリランカはインフレを5%未満に抑えるのに苦労した。しかしそれでも内戦後の10年間の平均成長率は5%を超え、一人当たり実質GDP成長率の結果から、経済学者はスリランカを公式に上位の中所得経済のカテゴリーに入れ、同国の素晴らしい業績を称えた。スリランカはまるで優秀なな学生のように主流の経済開発モデルに従ったのだ。2009年からの10年間で、輸出は93ドルから191億ドルに増加し、観光客は年間50万人から250万人に増加し、FDIの流入は2018年までに4倍の16億ドルになり、送金は年間70億ドル近くに倍増した。これらはスリランカの経済成長を支える四つのエンジンであったが、その一方、食糧とエネルギーへの依存の構造的な罠、および低付加価値の輸出に特化する罠に国をより深く追い込むエンジンでもあったのだ。
これらのエンジンがどのように罠になるかを説明しよう。観光客が増えれば食料とエネルギーの輸入が増える。送金の増加は頭脳流出の増加を意味している。低付加価値輸出の増加は、資本、中間財、燃料などの輸入を増やす。また低付加価値FDIの増加も同様で、利潤はスリランカからの国外に送られることを意味する。世界規模で見ると、これらの新植民地主義の経済的罠は、1960年以来、南半球から152兆ドルを吸い上げた。
QUESTION: シャーマは、インフレが過去最高を記録したのは「お金の印刷」であったと主張している。彼はスリランカのマネーサプライの伸び率を引き合いに、中央銀行が2019年12月から2021年8月にそれを42%拡大したため、インフレが過去最高を記録したと結論付けている。これがMMTの批判にはなっていないのはどういうこと?また、現在のインフレ圧力についてどう考える?
KABOUB: シャーマは二つの面で間違っている。第一に、彼は中央銀行がマネーサプライを管理していると仮定しているが、マネーサプライは実際には民間部門(消費者、企業、銀行)によって決定される内生変数だ。中央銀行は、短期金利を安定した目標に保つために、市場のニーズに対応するだけだ。さもないと、金融市場全体にあらゆる種類の不安定性がもたらされるからだ。第二に、シャーマはインフレはマネーサプライの増加によって引き起こされると想定している。しかし実際にはスリランカのインフレは、多くの開発途上国と同様だが、食料とエネルギーの輸入を通じてインフレを輸入したものなのだ。対外収支への圧力が高ければ高いほど、為替レートが弱ければ弱いほど、輸入品からのインフレ圧力は高くなる。スリランカは10年間これらの圧力と戦い、対外債務をさらに蓄積することで何とかこれを解決してきたが、パンデミック(観光、送金、FDI、輸出収入の減)とロシアのウクライナ侵攻後の世界的な食料とエネルギーの大幅上昇によって一気に耐えられなくなったのだ。
スリランカのインフレ問題の解決策は中央銀行の手の内にはない。スリランカが金利を引き上げても、それがウクライナでの戦争を終わらせたり、パンデミックによって引き起こされた世界的なサプライチェーンの混乱を終わらせたりするわけではない。 最も効果的なインフレ対策ツールは財政政策にある。生産能力を高めるための戦略的投資を設計し、独占禁止法を改正し施行する法的権限を持つのは、議会と省庁だ。金利の引き上げはむしろ債券保有者への所得補助であり、生産能力の向上意欲をそぐ、投資家への税として機能しうるためインフレ(および不平等)を助長しがちだ。
QUESTION: シャーマは、自分がMMTについての誤った表現をしていることを自覚しているようだ。彼はあなたや私が提起しそうないくつかの反論に対する予防線を張っている。「MMTの支持者は、これは本当のMMTではなかった、とか、スリランカは対外債務がある限り主権国ではないなどと言うだろう」と書いている。あなたはここ数年スリランカを研究されている。過去二年間において同国が何らかの「MMTの実験」を行っていたことを示唆しうるようなものがあるとすれば、それは何?
KABOUB: シャーマは上手だねえ!いま説明した通り、スリランカの経済政策はMMTの洞察に基づくものとは似ても似つかぬものだった。スリランカ政府は構造的欠点を無視し、食糧・エネルギーや戦略的な国内生産能力への投資はせず、市場のひどい権力者への課税や規制もせず、いくつかの一族が支配する腐敗した政治システムを温存し、パンデミックによってコーナーに追いつめられると、農業用肥料は不健康であると主張することで悪い経済的決定を倍増させ(実際には輸入のための外国為替準備金を持っていなかった)、世界的な食糧危機の最中に農業生産、特に米の生産を破壊してしまった。もしもスリランカ政府が健康的な食品や健康的な経済への投資に真剣に取り組んでいたならば、在来種の種を中心とした実効的な食糧主権戦略を打ち出し、集約的な単一栽培農業を抑制し、土壌への数十年のダメージを回復するための再生農業に投資し、明確な中長期戦略を持って農家の収穫量を増やすための支援を行っただろう。今回の「有機農業」実験はせいぜいずさんなものだが、農業の脆弱性の根源が何十年にもわたって構築されてきたという事実から目を逸らしてはならないだろう。
QUESTION: シャーマは、政府が「主流派経済学者」の助言を避け、「IMFに相談することさえ拒否した」と政府を非難している。中央銀行や他の政策立案者がIMFのような主流派経済学者や機関から離反していることについては彼が正しいと仮定しよう。IMFは過去にスリランカにどのようなアドバイスをしたのだろうか。また、もしあなたが当局から助言を求められたら、どのような経済発展戦略を彼らに勧めるか?
KABOUB: スリランカは何十年もの間IMFの指示書に従ってきた。1960年代以降、IMFから16件の融資を受けており、現在交渉中の融資もある。1996年以来、スリランカはIMFとの交渉のテーブルから三、四年以上の期間に渡って離れることはなかった。過去数年間のスリランカ政府の政治的レトリックにもかかわらず、現在のスリランカ政権は、15億ドルの延長基金ファシリティ(2016年から2020年の間に支払われた16番目の融資だ)のIMFの条件を遵守している。ということはスリランカ政府は、IMFの支持書が実際には有害であることに気付いたのかもしれない。問題は、彼らがその理由を完全に理解しておらず、この罠から逃れるための代替戦略を確定できていないことであることは確かだ。
政策アドバイスをするならという点だが、スリランカは食料、燃料、医薬品、および基本的な必需品を即時輸送する緊急支援を必要としている。スリランカに必要なのは、債務構造の再編よりも、債務を緩和するしくみだ。たとえば、UNDPは最近、自然保護と債務のスワップの交渉を推奨している。開発のための債務、株式のための債務、債務の買い戻しなど、他の債務スワップメカニズムもある。スリランカの中央銀行は、自国通貨の価値を安定させるために、主要な貿易相手国の中央銀行と為替スワップライン協定を交渉すべきだ。
スリランカは、IMFが新たに創設した450億ドルのResilience and Sustainability Trust(RTS、レジリエンスと持続可能性トラスト)にもアクセスする必要がある。これは、IMFの施設とは異なり、レジリエンス(回復力)を構築して持続可能性を促進するための戦略的投資に資金を提供するプログラムだ。スリランカは、最大14億ドルの譲許的融資とかなりの猶予期間の資格を得ることになるだろう。ただし、RTS資金の資格を得るには、スリランカは最初にIMFと協定を結んでおく必要がある。IMFの緊縮財政と対外債務の罠から逃れるためには、独自の戦略的ビジョンを持ってこの交渉に臨む必要がある。
IMFは、各国が対外債務の持続可能性につながる経済政策の枠組みを確立することを望んでいたが、その実績はみじめなほどの失敗だった。スリランカは、IMFや他の貸し手や戦略的パートナーを説得しなければならない。この外部債務の罠から逃れることができるのは、その問題の源泉に取り組む場合だけなのだ。それは、たとえば食糧主権に対する戦略的な投資(有機農業への中途半端な希望的観測ではない、実際の長期戦略を持つような)、再生可能エネルギー能力への投資(エネルギー効率、公共交通など)、製造業のバリューチェーンを向上させるための教育と職業訓練への投資、輸出産業とFDIプロジェクトに対する支援の選択性を高めること、などだ。言い換えれば、底辺への競争政策に終止符を打ち、外的ショックへに対する回復力を高めることである。
こうした戦略的投資は、経済および政治システムの実際の民主化と結び付いたものでなければならない。政府は、汚職、カルテル、乱暴な価格設定者、および排他的な経済力を享受し、上記の戦略的投資に反対するあらゆるインセンティブを持つような事業主体を取り締まる必要がある。
この話の悲しいところは、スリランカが同じ構造的な罠にはまり、耐え難い対外債務、食料とエネルギーの価格の高騰、物資不足、そして社会的・政治的緊張の高まりに直面している 南北問題に悩む南半球の多くの国の一つに過ぎないということだ。