多民族、多言語国家で、国内における地域間での緊張を抱えている国の代表チームがサッカーの国際大会で活躍すると、国民が一つにまとまるようである。
エミリオ・デペトリス=ショーヴィン(Emilio Depetris-Chauvin)&ルーベン・デュランテ(Ruben Durante)&フィリペ・カンパンテ(Filipe R. Campante)の三人の共著論文――「経験の共有を通じた国民統合:アフリカにおけるサッカーの代表選から得られる証拠」(“Building Nations Through Shared Experiences: Evidence from African Football”, NBER Working Paper No. 24666)――によると、アフリカにある国のサッカーの代表チームが主だった国際大会の大事な試合で勝利すると、国家に対してよりも民族(自分が属している民族)に対して強い帰属意識を持つ国民の割合が減る傾向にある――アフリカにある多くの国でそのような傾向が見られる――という。それに加えて、(アフリカの国の)代表チームが主だった国際大会の大事な試合で勝利すると、他民族(国土を共有する他の民族)に対する信頼が高まるだけでなく、政治的な暴力沙汰が減る傾向にあるという。
国内に分断を抱えた国家では、教育、兵役、野心的なインフラ整備プロジェクトなどを通じて「国家(国民)としての一体感」を高めようと試みられてきているが、それらの効果についてはいくつかの先行研究で検証されている。その一方で、デペトリス=ショーヴィンらによる研究では、国民を統合する可能性を秘めたイベント(共通の経験を味わえる機会)が国内における異なる民族間での信頼の醸成に一役買うかどうか、政治的な緊張の緩和につながるかどうかが探られている。
デペトリス=ショーヴィンらの研究では、国民を統合する可能性を秘めたイベントとして、アフリカネイションズカップおよびFIFAワールドカップが取り上げられており、アフリカにある国々のサッカーの代表チームの予選および決勝トーナメントでの試合結果に目が向けられている。そして、そのデータに、アフロバロメーターによる聞き取り調査――アフリカ大陸における大衆の態度を調査するために、広範な話題について問うているアンケート調査――の結果と、武力紛争発生地・事件データ(ACLED)プロジェクトが収集している武力紛争のデータが突き合わされている。分析の対象となっている国はサブサハラ・アフリカ地域に属する24カ国で、分析の対象となっている期間は2000年~2015年である。
さて、分析の結果はというと、代表チームが(アフリカネイションズカップやFIFAワールドカップの予選ないしは決勝トーナメントの)試合で勝利すると、それに伴ってその国の国民の間で国家に対する帰属意識が高まることが見出されたという。マリ共和国のケースを例に挙げると、(アフロバロメーターによる聞き取り調査で)国家に対してよりも民族に対して強い帰属意識を抱いていると答えた人の割合が2002年の時点では30%に上っていたが、代表チームがアフリカネイションズカップで3位という輝かしい結果を残した後の2013年になると、その割合はわずか15%でしかなかったというのだ。確かに示唆的な統計データではあるが、このデータだけではっきりとした結論を下すわけにはいかないだろう。というのも、2002年と2013年だと、あまりにも間隔が空きすぎているからである。
そこで、デペトリス=ショーヴィンらは、サッカーの国際大会で代表チームが戦う数週間前に実施された聞き取り調査の結果と、その同じ大会で代表チームが戦ってから数週間後に実施された聞き取り調査の結果を比較している。その結果によると、サッカーの国際大会の試合で代表チームが勝利してから数週間後に聞き取り調査を受けた人は、その試合が行われる数週間前に聞き取り調査を受けた人に比べると、国家に対してよりも民族に対して強い帰属意識を抱いていると答える確率が4ポイント(4パーセントポイント)ほど低い――20%ほど低い――ことが判明したという。その効果は、試合が終わってから少なくとも30日間は持続するという。さらには、サッカーの国際大会の試合で代表チームが勝利してから数週間後に聞き取り調査を受けた人は、その試合が行われる数週間前に聞き取り調査を受けた人に比べると、他民族に信頼を寄せる可能性が高いという結果も得られたという。
サッカーの代表チームの勝利は、その国の国民の間で国家に対する帰属意識をいくらか高める効果があるというわけだが、その効果は、基本的な公共サービスの提供が充実しているという意味で政府の存在感がある国ほど小さくなる一方で [1] … Continue reading、民族の多様性が高い国ほど/代表チームのメンバー構成に国内における民族の多様性が反映されている国ほど大きくなるという。
代表チームがアフリカネイションズカップの予選をギリギリで突破した国と、ギリギリで突破できなかった国を比べたところ、次のような結果も見出されている。代表チームが(アフリカネイションズカップの)予選を突破すると、それに伴ってその後の6カ月間にわたってその国の内部で紛争が鎮静化するとの統計的に有意な結果が得られたというのだ。代表チームがアフリカネイションズカップの予選をギリギリで突破した国では、予選をギリギリで突破できなかった国と比べると、国内で起きる紛争の件数が18%少なくて、紛争での死者の数が20~23%少ないというのである。
〔原文:“Pride in National Football Teams Can Ease Ethnic Tensions”(The Digest, No. 10, October 2018)〕
References
↑1 | 訳注;どうしてそうなるのか――政府の存在感がある国ほど、代表チームの勝利が国家に対する帰属意識を高める効果が小さくなるのはどうしてか?――というと、基本的な公共サービスの提供が充実しているのは「国家としての一体感」が強いおかげだからというのもあるかもしれない。もしそうだとすると、政府の存在感がある国では、国民の間で国家に対する帰属意識がそもそも高い(これ以上高まる余地が限られている)せいで、代表チームが勝利しても国家に対する帰属意識がそこまで高まらないのかもしれない。 |
---|