ドナルド・トランプ次期大統領が、ヘッジファンド・マネージャーのスコット・ベッセントを財務長官に指名することが分かってから1週間が経った。一部では「無難な人選」と見なされているこの指名は、スティーブ・バノン(トランプの長年のアドバイザー)とジェイソン・ファーマン(オバマ大統領のホワイトハウス上級エコノミスト)の両氏から称賛を集めている。
私は、ベッセントが指名候補に浮上するまで、彼にそれほど注目していなかったが、マクロ戦略家のダリオ・パーキンスのおかげで、ベッセントについて興味深いことを知った。
パーキンス:スコット・ベッセントが、「パウエル(FRB議長)はバイデンが自分(パウエル)の再任を承認するのを待っていたために、利上げをするのがあまりにも遅くなってしまった」と非難している。
パーキンス:ベッセントはまた、「金利上昇は少なくとも日本にとっては刺激的だ」とも言った👀 @stephaniekelton.bsky.social
ケルトン:リンクは?
(上記ブルースカイ上のやり取り和訳)
〔パーキンスが紹介している〕10月に行われたこのインタビューは、2024年「秋のソートリーダーシップ・シリーズ」(金融フォーラム)の内容の一部だった。 議論を最後まで見てみたが、特にベッセントがインフレについての質問とFRBが金利引き上げを遅らせ過ぎたかどうかという質問に対して答えるのに、現代貨幣理論(MMT)を引き合いに出したことから、いくつかの点についてコメントしておきたい。
ベッセントによれば、バイデン大統領がパウエルにFRB議長の任期をもう1期与えることをまだ確約していなかったため、パウエルは早期の利上げに消極的だったのではないかという。その見え透いた非難はさておき、続けてベッセントは、2022年3月まで利上げを待ったFRBが、「2022年2月まではまだ本格的なQE(量的緩和)を行っていた」と不満を述べた。その時点で消費者物価指数(CPI)はすでに2021年2月から7.9%上昇していた。ベッセントは次のとおり述べた。
FRBはそれ(QE)を止めることができたはずだ。その代わりにFRBはマネタイゼーション〔財政ファイナンス〕を行なった… 昨日ある人からMMTについて聞かれて自分はこう答えた、「違う、これはMMPだ、〔理論(Theory)ではなく〕MMTの実施(Modern Monetary Practice)だ、FRBは実際にMMTを行なったんだ(engaged in)」と。
どうやらベッセントは、MMTは政府が「行う」(engage in)ものだと考えているようだ。つまり、金融当局が金利を抑制し、大規模な資産買い入れ(国債や住宅ローン担保証券の購入)を行う一方で、財政当局が財政赤字を拡大させることをベッセントはMMTの実践だと考えている。
実際には、MMTは金融オペレーションと政府財政のメカニズムを分析するための枠組み(framkework)である。以前にも書いたように、MMTはQEとは何の関係もない。
ブルームバーグのジョー・ワイゼンタールは、2021年に自身のニュースレターで、人々がMMTを「実施」すると言ったときに、それの何が間違いなのかを説明している。ワイゼンタールは次のように書いている。
ジャネット・イエレン財務長官指名候補〔2021年当時〕は今日、上院の公聴会に臨み、今こそさらなるコロナ関連支援金のために2兆ドル近くを支出するべき時だと主張する。このような支出に関するあらゆる話や、FRBが何十億ドルもの国債を買入れしていることを受けて、コメンテーターたちはこぞって、「完全にMMTへと舵を切っている」とか、「クレイジーなMMTの実験を試みている」とか、そんな話をしている。そこで今一度、何がMMTで、何がMMTではないのかについての誤解を解いておこう。
- 積極的な赤字支出はMMTではない。それはただの財政刺激策だ。米国がこれまで何度も行ってきたような財政刺激策に過ぎない。政府は最近、歴史的に大規模な財政支出を行っているのかもしれないが、そうだとしてもそれは単に大規模な財政刺激策を意味するだけだ。
- QE(量的緩和)はMMTではない。連邦準備制度理事会(FRB)による国債の買入れが意味するのは、長期の政府負債(財務省証券)と短期の政府負債(FRBに保有する準備預金)の交換だ。これは、中央銀行が用いる手段であり、その目的の一つは金利を低く保ちたいという意思表示をすることだ。QEで行われていることはそれほど目新しいものでも、特別なものでもない。大した効果があるのかどうかすらも定かではない。
- 低金利はMMTではない。低金利は低金利でしかない。
- 低金利+QE+財政刺激策を同時に行うことはMMTではない。単に金融政策と財政政策の両方が同時に拡大に向かっているということでしかない。
では、MMTとは何か?以下が初心者向けのガイドだ。最も、私たちの目的からすると、以下に留意すべき点がいくつかある。
- MMTのビューでは、政府支出は常に、マネタリー・ファイナンス(貨幣創造によるファイナンス) [1]monetary … Continue reading であることがベースとなっている。ここがカギだ。財政赤字が多かろうが少なかろうが関係ない。金利が0%だろうが5%だろうが関係ない。FRBが国債を買おうがバランスシートを縮小しようが関係ない。MMTのビューでは、米国のように自国通貨を発行して支出する国は、貨幣の創造という常に同じ方法で支出を賄っている。クリントン政権下の財政黒字の時代であっても同じことが言えるし、現在においても真実である。
- そのため、財政支出の持続可能性に関する従来の概念(財政赤字の規模や債務残高の対GDP比など)は役に立たない。その代わり、支出に対する主な制約は、政治的制約(政治家がその資金を配分するか?)と実物的制約(その支出を吸収できるだけの実物資源が経済にあるか?)である。もし実物資源が不足していれば、インフレになると予想される。インフレは、支出が持続不可能であることを示す指標であり、無作為な比率などではない。
- したがって、予算編成の目標は、政府支出と税収を互いに等しくさせることではなく、完全雇用を達成することである。さらに、(金利政策ではなく)財政政策が完全雇用とマクロの安定を達成するための主要な手段となる。
今、財政赤字と政府支出をめぐる考え方が変わりつつあるのは事実だ。赤字恐怖症は消えつつある。財政政策は強力な手段であるとの認識が浸透している。完全雇用は良いことだという考え方も広まっている。つまり、MMTerが提唱する多くの前提が、より広範な議論において前進しているのは事実だ。しかし、私たちが今行っている、あるいは目にしている政策という点では、非常に大きな危機に対処するために大規模に実施されてはいるが、実際にやっていることはすべて従来からあった政策である。
ベッセントはMMTについて質問されているのだから、MMTがQE+積極的な財政政策の組み合わせではないことをベッセントが理解してくれればと思う。それでは、利上げに関するベッセントのビューについて見てみよう。
ベッセントは利上げがインフレを誘発すると見ている
ベッセントは、インフレは「常にいかなる場所でも貨幣的現象である」のかと質問された。 彼は、2021年から22年にかけてのインフレを引き起こした責任の全てをいわゆる「マネタイゼーション」(財政ファイナンス)になすりつけることを拒んだ。実際には、インフレは「多くの要因」によって引き起こされ、(ほとんどではないにせよ)その多くは供給サイドのショックに関連している、というごく普通の説明を語った。それでもベッセントは、FRBは「米国救済計画法(ARP)」〔約1兆9,000億ドル規模の経済・雇用対策〕と「インフレ削減法(IRA)」〔約4,300億ドル規模の経済・気候変動対策〕による財政刺激策を、金融引き締めによって十分に迅速に打ち消すことができなかったため、インフレを押し上げることに「加担」したと主張している。
そしてここから話が面白くなってきた。
「持てる者」(すでに資産を持っている人、あるいはその資産から収入を得ている人)と「持たざる者」(資産を得るのに苦労している人)について多くの議論が交わされた。司会のマイケル・グリーンは、利上げによって「このサイクルでは上流階級が特別に裕福になっている」一方で、「下位50%が押し潰されつつある」と指摘した。これはMMTのエコノミストたちが何年も前から指摘してきたことだが、最近になってようやく主流派を牽引する主張となった。ベッセントは、利上げが「二分均衡」と呼ばれる「分配的に不健全」な均衡の発生を助長してしまっていることに同意した。
そして、イールドカーブのコントロールを緩め、より長い期間の国債の金利上昇を許した日本については、〔FRBが利上げを長く待ちすぎたという米国のケースでの結論とは〕「相異なるビュー」を展開した。以下はベッセントが今起こりうることだと言っている。
私は、日銀が利上げに踏み切れば、実際には経済成長を刺激すると考えている。これは本当に驚くべきことだ。なぜなら家計は純貯蓄者だからだ。企業も純貯蓄者だ。ベン・バーナンキが話していた有名なセリフに、ヘリコプターからお金を落とせばいいというものがある。金利を上げるということは、日銀から家計や企業の口座に送金するようなものだ。
利上げによって経済が加速するという考えを否定することはできないと思う。
MMTerは何十年もの間、このようなダイナミクス(動力学)を説明してきた。そして我々は、利上げがマクロレベルで(正味の)刺激効果を持ちうるという可能性を提起しただけでも嘲笑されてきた。以下のスレを見てほしい。
約20年前、私はとある編纂本に1章分の文章を寄稿し、金利の引き上げが逆効果(すなわち拡大効果)をもたらす可能性がある条件について説明した。それから数年後、スコット・フルワイラーが〔上記を説明する〕私のグラフを「ケルトン曲線(Kelton Curve)」と名付けた。 [2] … Continue reading 1/
https://neweconomicperspectives.org/2013/01/functional-finance-and-the-debt-ratio-part-iv.html
この考えには経験的にも理論的にも裏付けがあるが、多くの経済学者は単純にこの懸念を退けている。 2/
ケルトン:利上げがインフレを上昇させる可能性を考慮したことはありますか?
ジェイソン・ファーマン(オバマ大統領のエコノミスト):いいえ。
しかし、この考えはおそらく広まりつつあるだろう。3/ cc: @wbmosler
グレッグ・イップ(『ウォールストリートジャーナル』経済評論家):かつてゼロ金利政策(ZIRP)は債券保有者の金利収入を減少させるため、引き締め効果を持つと主張する人もいたが、私は否定的だった。しかし、ラリー・サマーズ(@LHSummers)は真逆の方向から同様の主張をしている。金利が高いと国債保有者の収入が増えるため、あまり引き締め的ではないという。
ラリー・サマーズ前米財務長官:金利はかつてほど経済を誘導する手段として有効ではなくなりつつある世界に私たちは生きているのかもしれない。つまり、過熱を冷ます必要がある場合には、金利は一層変動しやすくならざるを得ないだろうということだ。
関連して、今朝、サム・ロー(金融ライター @SamRo)経由で次の発言があった。https://www.tker.co/subscribe?utm_campaign=email-subscribe&utm_medium=email
「金利上昇は現在、全体として企業や消費者に及ぼす悪影響は限定的だ。多くの人々にとっては、実際に正味でプラスに働いている。」4/
2022年8月にパウエルがジャクソンホール会議(中央銀行会議)で「苦悩のスピーチ」を行った際、失業率は3.5%だった。それからちょうど1年経ち、300ベーシス・ポイント(3%)変動した後の2023年のジャクソンホール会議では、失業率は…3.5%のままだった。5/
この手の話に興味があるなら、インタビュー全体を見てほしい。他にもベッセントがMMTに近いビューを語っている箇所がいくつかある(ミンスキー的金融脆弱性、固定相場制vs変動相場制、QE批判等…)。 明確でないのは(彼がどう答えるかは想像できるが)、「FRBが利上げを長く待ちすぎた」という主張と、「利上げが”不健全な”分配効果を生み、金融の安定にリスクをもたらし、意図されたマクロ効果とは正反対の効果をもたらし得る」という彼の立場とをどう整合させるかということだ。
[Stephanie Kelton, “What Trump’s Pick for Treasury Secretary Gets Right (and Wrong) about MMT”, The Lens, Dec 2, 2024]
References
↑1 | monetary financingは通常「財政ファイナンス」と訳されるが、ここで言われていることはいわゆる「財政ファイナンス」、つまり中央銀行が通貨を発行して国債を直接引き受けすることではない。ここでいうmonetary financingは、後述のとおり政府支出=貨幣の創造であり、このプロセスに国債引き受けは介在していない、ということである。 |
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↑2 | 「2005年にステファニー・ケルトンとレックス・バリンジャーが説明したように、政府以外のセクターへの利払いは常に民間部門の所得であるという事実がしばしば忘れられている。したがって、分析では常にそれを考慮すべきであり、特別な状況まで取っておくべきではない。ケルトンとバリンジャーは、私たちが「ケルトン曲線」と呼ぶようになったグラフを提示している(図6)。これは、金利の上昇が支出とGDPを引き上げる場合(「債務残高の対GDP比が高いシナリオ」におけるi1からi2への動きで、YがY*に上昇する)、金利と総需要の関係が、より伝統的なビューとは「正反対」になることを示している。」(Scott Fullwiler, Functional Finance and the Debt Ratio—Part IV, “New Economic Perpetives”, Jan 2, 2013.) |