「AI によって消え去る人間の仕事は多い」と考えてる人は大勢いる.おそらく,この予測に誰より自信をもっているのは,実際にその AI をつくってるエンジニアたちだろう.たとえば,現代 AI の創出で要になった一人であるジェフリー・ヒントンは9年前にこう宣言した――放射線科医の育成をやめるべきだ.5年か10年も経てば,彼らは AI に置き換えられるだろう:
当時,まだ ChatGPT はまだ生まれていなかった.それでも,2016年時点の AI システムはすでに医療画像の読み取りをかなりうまくできていた.ヒントンには,ありありと凶兆が見えている実感があっただろうね.
だけど,あれから9年経ったいまでも,放射線医学の業界は健在だ.先日,ディーナ・ムーサがこれについてすぐれた文章を Works in Progress に寄稿していた:
放射線医学の分野は,人間を AI で置換するのに最適のお膳立てができている.デジタルインプットとパターン認識タスクと明確なベンチマークが主軸になっている.(…)ところが,人間の労働力需要はかつてなく高まっている.2025年に,放射線科の専門分野全体で研修プログラムの募集枠は過去最多の 1,208件を記録している.2024年から 4パーセントの増加だ.また,放射線科の欠員率も過去最高になっている.
放射線科医は,スキャン画像を読む以外にも役立っている.2012年に3件の病院で放射線科医を追跡した研究によると,その仕事時間のうち,直接に画像の読影に費やされていたのは 36パーセントにすぎなかった.画像検査を監督したり,結果を診療担当医に伝えたり,ときには検査の所見や提案を患者にみずから説明したり,画像検査を実施する研修医や技師を指導したり,検査依頼書を確認したりスキャン手順の変更を行ったりといった業務に費やされている時間の方が,ずっと長かった.ということは,かりに AI の方がずっと上手に読影できたとしても,放射線科医はたんにその分の時間を他の業務に割り当てるだけかもしれない.すると,AI による代替効果は弱まる.
AIエンジニアたちは放射線科医がやっていることをなにもかも把握しているわけじゃないので,そういうタスクを担当する AI システムの設計はゆっくりとしか進みそうにない.それに,誰かがこの問題に本格的に取り組んだとしても,こういうタスクぜんぶを人間並みにうまくできる AI がいつできあがるのかは,はっきりしない.今後も,人間は一連の業務のどこかに居場所をもちつづけるかもしれない.
自分たちが手がけるモデルの能力にもっぱら目を向けている AI エンジニアたちは,総じて,この経済のエコシステム全体についてそんなに考えていない.エンジニアたちは,自分の産物をまじまじと眺めて,その能力が他の誰よりも優れているのは知っていても,だからといって放射線科医が現場でやっていることを知っているとはかぎらない.それに,AI の導入にともなって放射線科医が生産性を向上させつつ職場での時間の使い方をどう変えるか,エンジニアたちにはわからない.いつの日かヒントンの言葉どおりになるかもしれないけれど,いまのところ,彼は間違っている.