
もっとも根本的な権利のために立ち上がらないといけない
「言論の自由が奪われれば,我々は口もきけず沈黙のままにどこぞへと導かれかねない.屠殺場にひかれていく羊のようなものだ.」――ジョージ・ワシントン
「我々の自由は報道の自由にかかっている.この自由は,制限されれば失われてしまう.」――トーマス・ジェファーソン
「なぜ言論の自由と報道の自由が許されるべきなのか? なぜ政府は(…)自らが批判されるのを許容すべきなのか? 私は,殺傷力のある武器による反対を許容しない.思想が命を奪う力は,銃より大いにまさる.なぜ,いかなる者も(…)政府を困らせる有害な意見を世に広めることを許されるべきなのか?」――ウラジーミル・レーニン
ドナルド・トランプは,アメリカに言論の自由を復活させると約束しながら再び権力の座に戻ってきた.1月20日の就任演説で,彼はこう宣言している:
自由な表現を制限しようと違法で憲法に反する取り組みを連邦政府が何年も何年も続けてきた.私は,政府によるあらゆる検閲を即時停止する大統領令に署名し,アメリカに言論の自由をとりもどす.
この2月に,JDヴァンスはこう発言した:
他でもなく我々の政府が,人々を黙らせるように民間企業を後押しした.(…)ドナルド・トランプの先導のもとで私たちの見解はあなたたちのものと相反するかもしれない.だが,我々はそうした見解を公の場で提示するあなた方の権利を擁護するべく戦う.
また,のちにトランプによって FCC を率いるよう指名されたブレンダン・カーは,いまは削除されている2019年のツイートで,同じような感情を述べていた:

気に入らない発言を政府は検閲すべきだろうか? もちろん,すべきでない.FCC には,「公共の利益」の名目で発言を取り締まる気ままな権限などない.
どうして MAGA の人たちは,これほど熱を入れて言論の自由について語っていたんだろう? なぜって,長年にわたって,進歩派運動による攻撃を受けたり,さらに後ではバイデン政権による攻撃も受けて,その自由を脅かされているかのように保守派は感じていたからだ.
2010年代中盤に,ソーシャルメディアで人種差別だったりトランス嫌悪的だったりその他なんらかの点で問題含みだと自分たちが考える言動をした人たちの評判とキャリアを破滅させようと進歩派が試みていた.各種のソーシャルメディア・プラットフォームは,右派のいろんな人たちの「プラットフォーム追放」を進めるよう圧力を受け,現にそれは成功した.1月6日の攻撃後には,他でもないドナルド・トランプもその標的になった.右派のなかには,銀行口座その他の生活に必須のサービスから切り離された人たちすらいた.
こうしたことはなにひとつ言論の自由の侵害に当たらない,と進歩派は主張した.彼らの主張によれば,言論の自由はあくまでも合衆国憲法修正第一条で定義されるのであって,政府による言論の制限だけがその侵害に該当する.だから,民間企業が誰かの銀行口座を停止したり,主要なソーシャルメディア・プラットフォームから追放したりしても,それは単なる社会的な追放でしかなく,いかなる自由の侵害にもならない――そう進歩派は主張していた.これに大して保守派はこう反論した――もしも自分たちの気に入らない発言をした人たちに対して現代社会での生活を送れなくさせるほどの力を民間企業がふるえるのだとしたら,それは言論の自由を奪うことになるじゃないか.
この件については,ぼくは保守派に賛成する.自由を制限する力を持ち合わせている組織は,政府だけじゃない.言論の自由を支持するハーパーズ・レターの公開書簡に署名した――そのことで進歩派たちに激しく非難された――中道リベラルたちは,とても勇敢だったとぼくは思う.
ともあれ,そこにバイデン政権による「偽情報に対する戦争」がはじまった.バイデン政権は,ソーシャルメディア企業に圧力をかけて特定の投稿を削除させようと試みたけれど,最終的に,裁判所がこれを阻止した.バイデン政権下で,国土安全保障省は「偽情報対策委員会」を設けた.保守派は,「これはプロパガンダ省になるんじゃないか」と恐れた.(この後者の取り組みに関しては,ぼくはバイデン政権側に組みする.人々の発言に政府が反論するのは,言論の自由の侵害ではないからだ.)
こういうことが何年も続くうちに,保守派や右翼は自分たちのことを言論の自由の擁護者だと考えはじめた.世間を息苦しくする進歩派の正統教義に反攻しているのだと,彼らは思っている.多くの人にとって,この思いは偽りない本心だ.でも,トランプ政権にとっては,安いスローガンにすぎなかったのが露呈している.
チャーリー・カーク暗殺事件が起きてから,トランプ政権は暗殺を祝う人物を解雇するよう企業に働きかけた.JDヴァンスはこう発言している:「チャーリー殺害を祝うヤツを見かけたら,そいつを非難しろ,いいか,それから雇用主に連絡するんだ.」 実際,多くの雇用主が,カークについて不適切な発言をした人たちを解雇している.トランプをはじめ,共和党の政治家たちはカークを侮辱した人たちを解雇すべしという呼びかけに同調している.
これは,右翼版「キャンセル文化」だ.そして,完璧に合法だ.進歩派たちがやっていたときと,なにもちがわない.これは言論の自由の制限だとぼくは信じているけれど,合衆国憲法修正第1条に違反するわけじゃない.
でも,これはほんのはじまりにすぎなかった.ここわずか数日で,トランプ政権は政府の権力を使って,自分の気に入らない発言をした人たちを迫害しはじめている.
深夜コメディ番組司会者のジミー・キンメルは,MAGA運動がカーク殺害を政治利用しようとしている(これは事実らしい)と非難し,殺人犯は実は右翼だ(これは事実でないらしい)と主張した.これに対して,トランプ政権で連邦通信委員会の委員長をつとめているブレンダン・カーは,ABC とその地方系列局に脅しをかけた:
「MAGAギャング」がチャーリー・カーク暗殺犯を「自分たちとは無関係」に見せかけようとしているとジミー・キンメルが一人語りで発言したのを受けて,FCC委員長ブレンダン・カーは,ABC に対して措置をとると脅した.
水曜にベニー・ジョンソンのポッドキャストに出演したカーは,FCC には「検討できる救済策」があると示唆した.
「これには簡単な方法と難しい方法がある」とカーは発言した.「ようはキンメルのことだが,こういう企業は,行いを改めて対応をとる方法を見つけるといい.さもなければ,FCC にはまたさらに追加で仕事をしてもらうことになるだろう.」
ABC と地方系列局は政権からの報復を恐れて,すぐさまキンメルの番組の放送をやめた.
政府が民間企業に圧力をかけて,気に食わないコメディ番組の放送をやめさせるなんて,それだけでも広く報道の自由へのこのうえなくあからさまな攻撃だ.ところが,トランプ政権は,これがほんの序の口だというシグナルを発している.これから,自分たちの気に入らない意見をつぶすためにもっと広範で深い政府キャンペーンを展開していくらしい.
司法長官パム・ボンディはこう宣言した――言論の自由は「憎悪扇動表現(ヘイトスピーチ)」にまでおよばない.急進的な進歩派たちは長らくそう主張を続けてきたし,保守派は長らくこれに抵抗してきた.

司法長官パム・ボンディ:「一方に言論の自由があり,他方に憎悪扇動表現(ヘイトスピーチ)があります.とくにいま,ましてチャーリーに起きた事件の後では,私たちの社会に〔憎悪扇動表現の〕居場所はありません.誰かを憎悪扇動表現の標的にするなら,その人物を私たちは絶対に追い詰め,追及します.
保守派たちはボンディの発言にすごく憤慨して,彼女はこれを引っ込めた.結局,「憎悪扇動表現(ヘイトスピーチ)」は訴追されないと彼女は言った.ところがそこにトランプがやってきて,自分の政権に反対する TV 局の FCC免許を取り消す意向を公言した.カーは,この考えの一部を支持しているようだった:
自分に「反している」テレビ局の放送局免許を連邦政府が取り消すかもしれないと,トランプ大統領が木曜に示唆した.(…)ホワイトハウスが提供した記者団とのやりとりの音声記録によれば,「連中は私の評判を悪くすることばかりしている.つまり,報道のことだ.連中には免許が与えられているな」とトランプは発言した.
「連中の免許はとりあげるべきかもしれんな」とトランプは述べた(…).大統領によれば,この決定は「ブレンダン・カー次第」だという.(…)キンメルと CBS の深夜トーク番組司会者スティーブン・コルベアから彼に向けられた批判をトランプは具体的に挙げた(…).
「いいか,あれも免許の問題として議論されるべきことだ」とトランプは発言した(…).「テレビ局で夜の番組をやっていて,それがどれも全部トランプ叩きばかりだ.連中はそればかりやっている.振り返って見ると.なんでも,もう何年も保守派の出演者なんていないというじゃないか.」(…)「だが,いいか,ちょっと見てみろ,トランプ叩きしかやっていない.免許をもらってやっているんだ.そんなことは許されない.連中は民主党の武器だ」とトランプは発言した.
同じく木曜,トランプ発言の前にカーは CNBC の番組 “Squawk on the Street” でこう語った――トランプが選挙で勝った帰結としての「メディアエコシステム」の変化は「まだ終わっていない.」
もはや,トランプの言動はカーク暗殺事件と関係なくなっている.たんに,自分を批判する民間企業を脅すために政府の権力を使っているだけだ.また,トランプは深夜番組に出演している他のコメディアンたちも出演させないように要求している.カーク事件に関して保守派の気分を害することをなにも言っていないにもかかわらずだ.さらに,自分への抗議運動をしている人たちに懲役刑を科すべきだとも述べて,トランプは自分に「憎悪扇動表現」について質問した記者を脅した.
その一方で,共和党のごく一部の人たちは,憲法修正第1条を拒絶する姿勢をあらわにしている:
それどころか,制限されない言論の擁護者を自認している一部の共和党員たちは,言論の制限に居心地の悪さを覚えなくなってきている.ワイオミング州選出の共和党シンシア・ラミス上院議員は,Semafor にこう語った.「FCC の免許は権利ではなく,その実態は特権です.」
「平時の,通常の状況であれば,憲法修正第1条はつねに究極の権利のようなものであるべきだと私もたいていは考えます.それに対する抑制と均衡もほぼ存在していてはいけないとも考えます.もはや,私はそう感じていません」とラミスは付言した.
「文化になにか変化があったと感じています.事情が変わったという,なにか認識が必要だと思います」とラミスは述べた.「ああいう常軌を逸したことを互いに言い放っておいて,政治家が銃撃された殺害の脅迫を受けるのを見て驚いて,警備のための金銭をさらに得ようなどとするのを,もはや許すわけにはいきません.」
さらに,フォックスニュースのケイリー・マケナニーはこんな発言をしている:
憲法修正第1条に関するああいう懸念について言えば,(…)チャーリー・カークが失ったすべての権利はどうなんです.チャーリー・カークには,もうなんの権利もないじゃありませんか.
こういうのは全部,ものすごく悪い.多くの保守派や一部の右翼すら,これはものすごく悪いという意見で一致している.言論の自由も報道の自由も,アメリカ人がもつ自由のなかでも一番の基底だ――権威主義国家からアメリカをわかつ中核の価値ってだけじゃなくて,イギリスやカナダみたいに言論・報道の自由をそこまで絶対視していない他の民主主義国ともこの点でアメリカはちがっている.修正第1条が他でもなく第1条なのは偶然じゃない.
「どうして言論の自由がアメリカの文明,ひいては民主制にとってそこまで必要不可欠なの?」 なぜって,ひとたび言論の自由が失われたら,権力に飢えた体制が他のいろんな自由も無効にしてしまうのがはるかにかんたんになってしまうからだ.もう反対の言論をするのが誰にもかなわなくなるからね.べつにボンヤリした「滑りやすい坂」論法に訴えなくても,あらゆる自由の廃絶にあらがう第一のもっとも必要不可欠な守りが言論の自由なんだってことは理解できる.[n.1]
それに,政府による言論の制限から人々を守るためにこれほどぼくらが尽力しているのには,理由がある.政府は,強制力の行使を独占している.〔政府の意向などに〕合わない発言をしたからといって解雇されたり銀行取り引きを停止されたりする危険があったら,みんなが自由をそこなわれたと感じて当然だけれど,牢屋に放り込まれる危険とは比べものにならない.トランプとその一党がカーク死後ももっぱら「キャンセル文化」にとどまっていたなら,ぼくだって彼らの偽善ぶりについて皮肉を言うくらいにとどめてる.でも,いまや彼らは自分たちに反対する人なら誰にでも政府の権力を行使する意図を公言している.これは非常事態だよ.
「で,『言論の自由はいいものでこれを擁護すべきだ』の他に,なにか興味をそそることは言えないの?」 実は,ここで少なくともあと2点,言うべきことがあるとぼくは考えてる.
内戦妄想
第一に,MAGA の人たちの動機について述べるべき大事なことがあると思う.言論を制限したいって本能は,有史以来,ずっと政治的な右翼に存在し続けている――ディクシー・チックスがイラク戦争に反対したあとに展開されたキャンペーンを思いだすといい.ただ,いまはなにかがちがう.2020年以降,右翼は互いに言葉を交わすうちに「いまアメリカは内戦状態にある」と信じ込むようになった.その一部はロシアによるアジプロ〔アジテーション+プロパガンダ〕から来ているけれど,大半はたんにアメリカ発の過剰な警鐘だ.この感覚は,カーク暗殺事件のあとに熱狂的な高まりを見せている:

公正を期して言うと,進歩派の活動家タイプが同じような話を X で囁いているのも聞いたことがある.とはいえ,「内戦」物語を押し立てる右翼の方がずっと著名な面々だし,ずっと声高に執拗に語っている.トランプ政権で移民取り締まりを主導してきた高官のスティーブン・ミラーは,こうまで言っている――「民主党は政党ではない.あれは,国内の過激派団体だ.」 政府高官の要人が全米放送でこんなことを言うなんて,大問題だ.
もちろん,アメリカは内戦なんかしていないし,そのうち内戦がはじまるともぼくは予想していない.ただ,ここで大事なのは次の点だ――いまアメリカが内戦みたいな状況にあると右翼の多くが思っていて,彼らはその戦争に勝利するためにあらゆる規範を破りあらゆる手段を講じるのも辞さないつもりでいる.すると,「キャンセル文化は悪い」とか「政府による言論の制限はとても悪い」みたいな原則を彼らは投げ捨てることになる.自分たちを破滅させようとする冷酷な敵に相対したとき,勝利の無慈悲な論理の前に,道徳は後回しにされる.
もちろん,アメリカの右翼たちは,自分たちを破滅させようと企てる冷酷な敵に直面なんてしていない.でも,彼らはそう思っている.それが,いま彼らをああいう考えに突き動かしている.いま内戦のさなかにあるという感覚を駆り立てている要因の一部には,政治的・社会的な動揺もある――ただ,政治に熱を上げている活動家の小さな界隈では強まっているものの,草の根レベルではこれは収まりつつあるとぼくはいまも思っている.とはいえ,ネット上の急進主義がもつ不定形な性質によって,内戦の感覚が助長されているとも思う.
このソーシャルメディア時代に,政治暴力の大半は「確率的テロ」が占めている (”stochastic terror”).〔世間に似たような人たちが大勢いるなかで〕どこかの精神的に不安定な人物がネット上の急進的コンテンツを摂取しすぎたあまりに,誰かを銃撃したり爆破したりしようと決意してしまう.これは,目に見えない不定形の敵だ.いざ確率的テロリストが無差別殺傷事件を起こすまで,誰がその当人か知りようもない場合も多い.それで,「最近世間を騒がした殺人犯をコイツらが触発したにちがいない」と決めつけたソーシャルメディアのご意見番や活動家や政治家たちが,もっぱら注意を向けるべき敵として選ばれる.
カーク暗殺事件の余波は,ジョージ・フロイド殺害事件が起きた夏の右翼版みたいな感じも少しある.2020年の夏に,大勢の進歩派たちは基本的にこう確信していた.「アメリカはいま革命状態にある」[n.2].そして,敵を打倒するために言論の自由みたいな原則は投げ捨てないといけないと彼らは感じていた.(実は,ジョージ・フロイド以前,2014年~2015年の BLM 抗議運動の頃から,この姿勢は一部の活動家には見られた.)
同様に,カーク暗殺事件に駆り立てられて大勢の MAGA 支持者たちは陶酔的な狂熱に陥っている.彼らはいま内戦が起きているように実感していて,自陣が勝利するためにいますぐなにかしなくてはいけないと思っているものの,どうしたらいいかわからないでいる.内戦の錯覚で重要なのは,そこだ.どう戦えばいいのかいっこうにわからないんだ.
トランプのシャープパワー
注意すべき第二の点は,アメリカで言論を制限しようと意図するトランプが使っている手法だ.政府が言論を制限するとき,伝統的に用いられてきた手段といえば,言動を制限する新しい法律を制定することだ――第一次世界大戦中の「スパイ防止法」や「治安法」,もっと近年だと「愛国者法」が,その実例だった.権威主義政府も,秘密警察を送り出して人々を強制力で黙らせることがある.他方で,トランプは第三の手法を開拓している:それが,シャープパワーだ.
もともと,「シャープパワー」という用語がつくられたときに記述していたのは,中華人民共和国が経済的なアメとムチを使って――とくに市場へのアクセスをエサにして――多国籍企業に中国共産党の利益にかなう行動を余儀なくさせていた実態だった.このタイプの権力は,長い間アメリカの指導者たちには利用できなかった.なぜって,アメリカ政府は自国経済にそんなに深く介入していなかったからだ.そのため,アメリカ政府に使える経済的なアメとムチはあまりなかった.
ところが,大統領に返り咲いたトランプはアメリカの民間部門をゆっくりと支配し,掌握しつつある.トランプは政府にインテルに出資させた.また,関税の特別免除を利用して,個別企業に個人的な力を及ぼしている.アナリストたちのなかには,これを一種の「国家資本主義」と考えている人たちもいる.
そして,中国が示したように,自国経済を統制する政府は,シャープパワーをふるう権能がいっそう高まる.たとえば,トランプは FCC の権限を使ってメディア企業の合併を阻止できる.これによって キンメルをクビにするよう ABC に圧力をかけるにあたってトランプの力が強まっていたのかもしれないと,デレク・トンプソンは考えている:
今日,テレビ局運営最大手のひとつであるネクスターメディアは,傘下の ABC 系列局で「当面の間」キンメルの番組を放送しないと発表した.目下,ネクスターは,62億ドルの合併を FCC の審査に通そうとしている.ABC の発表によれば,キンメルの番組を無期限放送中止にするという.前にも言ったように,本当に重要なトランプの政策はひとつしかない.それは,「痛みによる脅し」と「貢ぎ物の要求」だ.公然と報復の脅しによる統治は,どんな原則でも擁護されない.だが,いまアメリカの貿易政策,アメリカの経済政策,反トラスト政策は,まさしくそんなものになってしまっている.
ただ,これはほんの氷山の一角かもしれない.他にも,トランプが今後シャープパワーを使うかもしれないもっともっと巧妙で強力な方法はある.読者のなかに,AI データセンターにチップが必要なテック系企業の人はいるかな? 「お前のところの従業員のなかに,ソーシャルメディアでトランプ叩きをやったやつらがいるな? そいつらは解雇した方がいいんじゃないか? さもなければ,もしかしてトランプは Nvidia に声をかけて『おい,あそこの会社に供給するのをやめろ』なんて脅すかもしれないぞ.」 そこでもしも Nvidia が反発したら,トランプには彼らの事業をつぶす関税をかけるぞと脅す手がある.似たようなやり方はいろいろあるね.
シャープパワーには,自己強化的な循環をつくりだす力が秘められている.権威主義体制の指導者が事実上ますます国内主要企業を掌握していくにつれて,他に残っている企業も同様に力づくでいっそう効果的に屈服させられるようになっていく.すると,やがて,アメリカ経済は選挙で選ばれたマフィアに運営されるようになる.これは,言論の自由を揺るがす深刻な脅威になる.なぜって,そのマフィアに逆らうのは経済的な自殺行為になるからだ.
合衆国憲法修正第1条も含めて,アメリカの法は政府による言論の制限をやめさせる力が限られている.こういう言論制限は,言論を制限する法律で明文的に行われるわけではなく,非公式に,巧妙に政府が企業を統制することで生じる萎縮効果で達成される.やがて,気づいたときにはもう強力な暗い力がアメリカで幅をきかせていて,ビジネスの世界で生き残りたければそれに逆らえなくなっている.
トランプによる言論の自由の弾圧でなによりぼくが恐れているのは,この点だ.アメリカ各地の街路で戦車やドローンが戦う事態は,まだまだぜんぜん現実味に乏しく思える.政治的暴力の事例はほんのいくつか起きたとはいえ,アメリカが「鉛の時代」に突入しつつあるとは心配していない.ただ,縁故資本主義に国中が怯えて唯々諾々になって経済の活力がゆっくりと奪われていくことは心配している.
原註
[n.1] この点,イギリスやカナダの市民はもっと心配した方がいい.
[n.2] 実は,2021年に繰り返し Twitter でアンケートをとって,「いまアメリカは革命のさなかにあるか」とみんなに訊ねたところ,けっこうな割合が「はい」と回答し続けていた.
[Noah Smith, “Without free speech, America is nothing,” Noahpinion, September 19, 2025]