進化をめぐって最も長く続いている論争の一つが、当初「集団淘汰」と呼ばれていたものについてだ。しかし、以下で説明するように、これはマルチレベル(多階層)淘汰(multilevel selection:MLS)と呼ぶほうが適切である。
元来の集団淘汰は、自然淘汰が(個体や遺伝子に対してではなく)集団に作用し得るという考えのことだった。この考え方は、個体にとって不利益であっても、集団にとって有利な形質がどのようにして進化的に選好されるかを説明するために用いられた。特に重要な問題となっていたのは、協力の進化を理解することにあった。初期の定式化(特に有名なのがV.C.ウィン=エドワーズよるもの)は、非常に素朴なもので、集団(あるいは種全体)にとっての協力の利益を単に仮定するだけで、個体が協力のコストを負担せず協力の成果から利益を得るというフリーライド(ただ乗り)の利益を考慮していなかった。
その後、1964年にW.D.ハミルトンが包括適応度(血縁淘汰としても知られる)の概念を提唱した。これは、動物界で行われる協力の大部分(特に社会性昆虫)の観察例を非常に良く説明できるようにみえた。1970年代までには、「素朴な集団淘汰」という最初の概念は完全に信用を失った。この科学的見解の転換において、影響力を持った一般向け書籍は、リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』である。これは真のパラダイム・シフトであり、すぐに新しい正統派となった。
しかし、科学ではパラダイムは常に転換する。私がこの分野で活動するようになった20世紀後半、反集団淘汰のドグマはほころび始めた。最も重要なことは、議論がマルチレベル(多階層)淘汰理論(multilevel selection theory:MLS)に移行したことだ。これは〔進化的〕淘汰が、複数の組織レベル(遺伝子、個体、集団)に同時に作用するという認識に立った理論である。今日、私の見積もりでは、進化科学者の大多数がマルチレベル淘汰理論を、生産的で主流の枠組み(非主流でなく、真の説明価値持つもの)と見なしているか、(血縁淘汰で全て説明できるから)概念的には妥当だが重要ではないと見なしている。1970年代に支配的になった反集団淘汰パラダイムにいまだに固執しているのは、もはや少数派だ。
マルチレベル淘汰理論は特に、主要階層進化 [1]ジョン・メイナード=スミスによって提唱された「原核細胞 → 真核細胞→多細胞生物」といった生物の階層構造そのものが進化する現象 を理解する上で特に有用である。考えてみると、最も単純なものを除けば、生物学的な存在はすべて多層構造になっている。我々の体を構成しているような真核生物は、より単純な細菌のような細胞が組み合わさって〔主要階層的〕進化したものだ。細胞はいくつも集まって器官をつくり、器官はいくつも集まって生物個体になる。そして、社会は、多くの生物個体から構成されている。
進化を遺伝子中心とする考えでさえ、もうあまり意味があるものでなくなってしまっている。なぜなら、遺伝子は染色体の組み合わせであり、染色体はゲノムの組み合わせだからだ。以下は、私が(教壇に立っていた頃に)協力の進化についての講義で使用したスライドである。

私の知る限り、マルチレベル淘汰理論への最後の大きな攻撃は、2012年のスティーブン・ピンカーによる論文『集団淘汰の誤謬的魅力』だ。それ以来、マルチレベル淘汰理論についての議論は、理論の支持者側が優勢だ。例えば、2016年に、ピーター・リチャーソンと共同研究者らは、マルチレベル淘汰理論の文化進化への応用に関するプログラム(方向性を示す)論文を発表した。この論文には様々な反応があり、好意的なもの(私を含む)もあれば、そうでないものもあった。しかし興味深かったのは、文化的集団淘汰を相容れないと批判していたドーキンスとピンカーが、論文執筆に招待されたにもかかわらず、応答寄稿を辞退したことだ。
最も最近の進捗は、マルチレベル淘汰理論を最も一貫して支持している一人であるデイビッド・スローン・ウィルソンが編集したマルチレベル淘汰理論についての学術書(現在作成中)だ。私はこの論文集に1章を寄稿し、新石器時代の自律的な村から、首長制社会、国家、帝国に至る政治的に独立した人間の政治形態に対して、進化が正当なレベルで作用し得ると論じている。

実際、現在国家は有機体に非常に似ている。もっともこれは別の記事で扱うほうが良いだろう。
重要なのは、我々が明らかに新たなパラダイム転換の渦中にあり、そしてそれは良いことだ、という点にある。
[Peter Turchin, “The Controversy over Multilevel Selection” Cliodynamica, Feb 12, 2026]References
| ↑1 | ジョン・メイナード=スミスによって提唱された「原核細胞 → 真核細胞→多細胞生物」といった生物の階層構造そのものが進化する現象 |
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