ダイアン・コイル 「信頼、因果推論、こころの誤作動」(2021年7月12日)

最近読んだばかりの三冊についてまとめて感想を述べるとしよう。
画像の出典:https://www.photo-ac.com/main/detail/3857779

ベンジャミン・ホー(Benjamin Ho)の『Why Trust Matters:An economist’s guide to the ties that bind us』 (『信頼が大事なワケ:ヒトとヒトをつなぐ「信頼」の謎を解く』)は、「信頼/ソーシャルキャピタル(社会関係資本)の経済学」が手際よく概観されている一冊だ。私がとりわけ強く印象を受けたのは、「信頼」と「我慢強さ」とのつながりに関する指摘だ。ホー曰く、「関係当事者が将来に高い価値を置く(将来得られる利得を重んじる)ほど――言い換えると、我慢強いほど――、(お互いが信頼し合う)協調的な関係が保たれやすくなる」。わかりきっているはずなのに、どういうわけかこれまですっかり見過ごしてしまっていたつながりだ。契約書の強靭さは、ゴルディロックスが出した小さなお皿のお粥の温度と同じくらい(ほどほど)が望ましいという指摘もお気に入りだ。契約書があまり頼りにならない(あまりに弱々しい)――契約書を結んでも、相手が裏切る(契約違反をする)おそれがある――ようだと、誰かと取引しようにもリスクが大きい。その一方で、契約書が頼りになり過ぎる(あまりに強靭過ぎる)――契約書さえ結べば、相手が裏切ることは絶対にないと確信が持てる――ようだと、信頼が育(はぐく)まれない可能性がある。自分がどれだけ信頼できる人間なのかを行動で見せつける機会がなくなってしまうからだ。 結局のところ、リスクがあるからこそ、信頼も必要になってくるのだ。 本書は、信頼、ソーシャルキャピタル、ゲーム理論、不確実性下および非対称情報下における契約の締結についての膨大な研究成果を学生に紹介してくれている良書だ。あっちこっちの分野の研究成果が軽妙なタッチでまとめ上げられているのだ。

Why Trust Matters

スコット・カニンガム(Scott Cunningham)の『Causal Inference:The Mixtape』(邦訳『因果推論入門〜ミックステープ:基礎から現代的アプローチまで』)は、実に素晴らしい教科書だ。この本は、アングリスト(Joshua Angrist)&ピスケ(Jörn–Steffen Pischke)タッグの本――『Mostly Harmless Econometrics』 (邦訳『「ほとんど無害」な計量経済学』)&『Mastering Metrics』――や、ジューディア・パール(Judea Pearl)の『The Book of Why』(邦訳『因果推論の科学』)の系譜に連なる一冊だ。すなわち、因果推論への格好の入門書という小波に乗った一冊だ。統計学の理論(数理統計学)についても過不足なく説明されているし、学生の演習用にStataやRのコードも盛り込まれている。

Causal Inference:The Mixtape

カール・ダイセロス(Karl Deisseroth)の『Connections:A Story of Human Feeling』(邦訳『「こころ」はどうやって壊れるのか――最新「光遺伝学」と人間の脳の物語』)は、経済学の本ではないが、素晴らし過ぎる一冊だ。著者のダイセロスは、スタンフォード大学に籍を置く神経科学者であると同時に――オプトジェネティクス(光遺伝学)の分野を開拓したことで有名(いや、私はよく知らないけれど)――、精神科医としても働いている。最新科学と文学(人間をめぐる物語)の間を行き来しながら、科学と文学がお互いに光を投げかける格好になっている。文章も美しい。2021年に読んだ中でこれまででべストの一冊だ。


Connections:A Story of Human Feeling


〔原文:“A batch of books”(The Enlightened Economist, July 12, 2021)〕

Total
0
Shares

コメントを残す

Related Posts