長年にわたって,アメリカ人は産婦死亡率の高さにふるえあがってきた.新年の投稿〔日本語版〕では,過去に比べて現在がどれだけよくなっているかを測る主な指標に産婦死亡率を使ったけれど,他の国々に比べてアメリカの産婦死亡率はずっとひどいことになっている.2022年にコモンウェルス財団が出したグラフを引用しよう:
近年になって,この数字はいっそうひどくなる一方だ.
これもまた,アメリカは衰退しつつある国なんだっていう全体的な感覚を強めるばかりだった.産婦死亡率もまた,アメリカの平均寿命が短い上にいっそう短くなってきていることや,医療費が高すぎることなどなどと同種の問題だと思われていた.2010年代後半に強まっていた全般的な危機の感覚に寄与するさらなる要因だと多くの人たちが思っていた.
ただ,ちょっとした問題があるんだけどね:近年の産婦死亡率が上がってきているのは,現実に起きたことではないかもしれないんだよ.2003年以降,アメリカ各地の州では,死亡証明書に関してひとつの変更を加えはじめた――死亡時に妊娠していたかどうかのチェックボックスが追加されたんだ.その結果として,妊娠に関連ありというラベルが付けられる死亡件数が大きく増加した.Joseph et al. (2021) が,そのへんの事情を語っている:
国立保健統計センターが実施した厳格な研究によって明らかになったところによれば,合衆国において報告されていた産婦死亡率の上昇は調査手法の変更から生まれた錯覚だった.2003年改訂版の死亡証明書で妊娠チェックボックスが導入され,これが徐々に各地の州で実施されていったのにともなって,産婦の死亡と認定される件数が増加し,報告される産婦死亡率も上昇する結果となった.本稿では,国立保健統計センターの報告した新発見を要約する.(…)統計処理されていない産婦死亡率は,2002年から2018年にかけて顕著に変化していなかった.年齢調整した分析からは,時間経過とともに産婦死亡率が[21%の]減少を示していることが明らかとなっている(…).産婦の死亡をもたらす具体的な原因は,妊娠高血圧腎症など妊娠チェックボックスに影響されない.そうした原因は,時間経過とともに大幅に減少している.
で,グラフはこちら:
Joseph et al. (2021) の論文では,妊娠との関連が比較的に薄い原因(e.g. 高血圧症や糖尿病)は増加しているにもかかわらず,とくに妊娠と関連している産婦死亡の原因(e.g. 子癇や羊水塞栓症)が減少していることも示している.ここから,ぼくらが目にしていたのは,産婦死亡がどう伝えられるかの変化であって,アメリカで産科ケアの劣化ではなかったことがうかがえる.
とはいえ,だからってアメリカの医療制度に難がないって話にはならない.死亡証明書の変更以前からも,アメリカの産婦死亡率は他の豊かな国々よりちょっとばかり高かった:
コモンウェルス財団のグラフほど悪い状況ではないけれど,すばらしいものでもない(あと,韓国はいったいどうしちゃってるの??).産婦の死亡件数を減らすためにアメリカがなすべきことはたくさんある.ただ,2010年代のアメリカ衰退論の多くがそうだったように,この件も実のところはぼくらが思っていたような劇的なものじゃなく,ずっと控えめなものだったわけだ.
[Noah Smith, “At least five interesting things to start your week (#25),” Noahpinion, January 16, 2024]