過去10年というもの,アメリカの多くの大企業は純粋な収益に傾注することから離れて,社会的・政治的な活動に力を入れるようになった――たいていは,進歩派〔左派的〕な方向での活動だ.この減少は,しだいに「ウォーク資本」(woke capital) として知られるようになった〔woke は,差別や不公正に敏感な態度を示す傾向を意味する〕.Fan (2019) は,この傾向をこんな具合にまとめている:
Apple, BlackRock, Delta, Google(現Alphabet),Lyft, Salfesforce, Starbucks といった名だたる企業が,近年,さまざまな社会問題について非常に公の態度をとっている.かつて,企業はもっぱら社会問題を前に沈黙していた.いまや,その逆になっている――企業は,社会運動で顕著に人目につく役割を果たしており,ときに,企業が議論を先導している場合もある.とくに,人々の意見がそれを支持しているときや,問題の分野が自己の利害関心の関わるところとなっている場合に,そうした事例が見られる.企業が活動する法的枠組みや規範によって,企業は巨大な影響を我々の社会の経済領域や社会領域の両方におよぼしている.これにともなって,企業は社会運動の展開に影響を及ぼす独自の立場にある――よくもわるくも.
他方で,こうした企業の動向を嘲る人たちもいる.「ウォーク資本」は意味のあるかたちで社会を変えられないだろうと,彼らは言う.
でも,この20年ほどのあいだに,ウォーク資本は退潮しつつあるように思える.ウォーク資本の傾向に結びついている2つの主な企業政策である ESG と DEI は,いくぶんか人気を失っている:
先日 Google で起きた事例は,いつか,このプロセスの分岐点だったと振り返られるかもしれない.Google がクラウドコンピューティング・サービスをイスラエル政府に提供していることに反対する座り込み抗議活動を多くの従業員が行った.そのうち,9名が逮捕された.これへの対応として,Google は,なんらかのかたちで抗議に関与していたと判断した従業員28名を解雇した.CEO のサンダー・ピチャイは,同社に長文メモを送って,こう公表した.グーグルは「企業であり,同僚の妨害をしたり同僚を不安にさせたりする活動をする場ではないし,会社を個人的なプラットフォームに利用する場でもなく,また,人々同士をわかつ問題をめぐって争ったり政治論争をしたりする場でもない.」
解雇された従業員たちはソーシャルメディアを使って Google の行動を非難したけれど,みたところ,成果はゼロのようだ:
解雇された労働者です.会社が本性を表して語るときにはよく耳をそばだててください.赤狩り(マッカーシズム)はいまなお健在です.労働者の力に怯える彼らの姿を見てください.連帯はつねに勝利します.ともに戦うことで,私たちは安寧を得られることでしょう.
というか,Google の上層部は従業員の力を恐れることもなく,従業員たちが他でもなく何者なのかを難なく宣告してのけた.
こんな風にいきなりウォーク資本が衰退した理由は,どう説明できるだろう? 2010年代に盛んだった思想や社会変革運動に人々が全般的に背を向けているのも,おそらくはその一部だろう.ただ,ぼくの考えでは,経済的な要因もはっきりとここに働いている.2022年にはじまった利上げはもちろんその一部だ.
有名なシカゴ派経済学者のゲイリー・ベッカーは,かつてこんな理論を提案した――競争があるときに企業が差別をしていると自分にとって経済的に痛手になるけれど,競争がないときにはそういう差別をするゆとりがうまれる.70年代には,ここでいう差別とは女性やマイノリティを差別することだった.実際,この理論を支持する証拠はそこそこある.これについては,2年前の記事で取り上げた.
2010年代には,活動家階級を好遇する差別の方を企業はしばしば選んだ――会社にお金を儲けさせることよりも社会を変える方を職場での主な目標にしている人たちを企業が雇用する場合がよくあった.独占力の台頭と「ウォーク資本」の隆盛を別々のことだとついぼくらは考えがちだけど,ベッカーの理論からは,実はこの2つは密接につながってるんじゃないかという考えが浮かぶ.
近年,Google みたいな企業にかかる競争圧力は高まっている.連邦取引委員会や司法省での反トラスト運動が再び活発になっていることで,おそらく,企業合併にも競争を抑える企業の行いにも抑止効果がはたらいている.Google の検索広告独占は,厳しく精査されるようになったし,いま進行中の反トラスト訴訟の対象になっている.さらに,生成 AI の台頭によってインターネットで情報を探し出すのに検索以外の方法が提供されるようになって,Google の中核ビジネスモデルも阻害されている.
こんな具合に,Google はもはやかつてのように余計なことに手を出す余裕をなくしている.従業員向け特典の削減はその一端だ.出社しても会社にお金を儲けさせずに Google のいろんな政策を叩く従業員たちの仕事を廃絶するのも,同じくその一端だ.
というわけで,進歩派たちは反トラストを強く支持する場合が多いし,とくに大手 IT 企業に対する反トラストならなおさら支持するものだけれど,これは「ウォーク資本」の時代に幕を引くのに主要な役割を果たすかもしれない.
[Noah Smith, “’Woke capital’ thrives when competition is weak,” Noahpinion, April 22, 2024]