アンナ・マリア・メイダ&ケヴィン・オルーク 「大きな政府とグローバリゼーション:政府と市場の補完的な関係」(2007年11月12日)

●Anna Maria Mayda and Kevin H. O’Rourke, “Big governments and globalisation are complementary”(VOX, November 12, 2007)


自由な貿易は勝者と敗者を生むが、勝者は敗者が被る痛み以上の得をする。政府は、勝者と敗者がお互いの得失を分かち合う仕組みを前もって用意して、自由貿易に対する世間の支持を醸成するべきである。政府がそのような仕組みを用意したら、自由貿易に対する世間の支持が高まることを示す証拠があるのだ。

経済学者は、2世紀以上の長きにわたって、自由貿易の利点を説いて回っている。しかしながら、世間の大多数は、今もなお強硬な保護主義者のままである。1995年~1997年の期間に47カ国の計6万人以上を対象にして、自由貿易と輸入規制の強化のどちらを望むかが問われたが、回答者のうちの約60%が輸入規制の強化を望んだのである [1] 原注;World Values Survey, 1995-1997. 詳しくは、以下のリンクを参照されたい。http://www.worldvaluessurvey.org/。中国やインドが将来的に経済大国の地位に上り詰めるようなら、ヨーロッパやアメリカで保護主義を支持する声が今以上にさらに広がることだろう。自由貿易に対する世間の恐れを和らげるために、政府に打てる手というのはあるのだろうか? 保護主義を求める声をはねつけるか、保護主義を求める声に屈するかのどちらかを選ぶしかないのだろうか?

貿易が自由化されると経済的なリスク(economic insecurity)が高まるというのが、グローバリゼーションに対して世間が抱く主たる不満の一つである。海外の生産者(あるいは、海外の労働者)との競争にさらされることによって、国内の労働者が職を失うリスクが高まって、将来の生活を予測するのが難しくなるわけである。グローバリゼーションが経済的なリスクを高めるようなら、政府が国内の労働者のために保険を提供するというのがあり得る対応の一つだろう。予想外の失職に備えて公的なセーフティーネットを整えるわけである。ダニ・ロドリック(Dani Rodrik)の有名な論文 [2] 原注;Rodrik, D., 1998. “Why Do More Open Economies Have Bigger Governments?”, Journal of Political Economy 106, pp. 997-1032.でも述べられているように、他国に対して開かれている国ほど(貿易の自由度が高い国ほど)、政府の規模が大きい傾向にあるのもそのためなのだ。政府と市場は、代替的な関係にあるのではなく、補完的な関係にあるのだ。自由貿易に対する世間の支持を醸成する上で、政府のプログラムはきわめて重要な役割を果たすのだ。

過去の歴史に目をやると、政府と市場が補完的な関係にあることを裏付ける顕著な証拠を見出すことができる。現代の福祉国家の礎が築かれたのは、グローバリゼーションの第一回目の絶頂期――第一次世界大戦に先立つ数十年の期間――だったのだ。当時のヨーロッパでは、社会主義的な政党が一連の社会保険プログラム――年金、傷害保険、失業保険――の導入と引き換えに、貿易の自由化に賛成した。社会保険プログラムの導入という面で改革が最も進められたのは、他国に対して最も開かれた国だった。グローバリゼーションの第一回目の絶頂期は、底辺への競争(race to the bottom)が繰り広げられた時期ではなく、ヨーロッパにおいて自由貿易と社会政策が手を取り合って互いを高め合った時期だったのだ。最近の研究が明らかにしているように、政府が自由貿易に対する世間の支持を醸成できたのは、社会保険プログラムが導入されたからこそなのだ [3] 原注;Huberman, M. and W. Lewchuk, 2003. “European Economic Integration and the Labour Compact, 1850-1913”, European Review of Economic History 7, pp. 3-41.。別の例も挙げると、市場の開放と国内経済の安定のどちらにも目配りした第2次世界大戦後のブレトンウッズ・ガット体制は、戦間期における自給自足経済への傾斜が悲惨な結果を招いたことへの反省と、市場の開放が景気の回復を支えたという認識の上に築かれたと見なすことができるが、経済的なリスクの高まりに備えるために政府が積極的に介入しなければ、市場を開放しても長続きしないだろうと考えられていたのだ。

政治学者のリチャード・シノット(Richard Sinnott)も加えた三人での共同研究の成果を論文としてまとめたばかりなのだが、政府支出が自由貿易に対する世間の支持を高める可能性があることを支持する証拠が得られている [4] 原注;A.M. Mayda, K.H. O’Rourke and R. Sinnott, 2007. “Risk, Government and Globalization: International Survey Evidence”.。ヨーロッパとアジアの18カ国が対象になっているサーベイデータを利用して検証を行っているが、リスク回避的な人ほど、自由貿易に反対しがちという関係性が見出されている。しかしながら、その関係性は、政府支出の対GDP比が高い国においてほど弱まるのだ。

計量経済モデルを用いた統計的推定の一つによると、スウェーデン人に関しては、リスク回避の度合いを測る変数が最大値にまで上昇すると、極端な保護主義に同意する確率が約6.5%ポイント高まる傾向にある。その一方で、インドネシア人に関しては、その確率が約16%ポイント高まる傾向にある。スウェーデンのケースの倍以上だ。スウェーデンとインドネシアの重要な違いは、政府最終消費支出の対GDP比にある。スウェーデンでは、その値(政府最終消費支出の対GDP比)は26.6%。インドネシアでは、わずか6.5%なのだ。スウェーデンでは、経済的なリスクに備える保険が政府によって提供されているのだ。その一方で、インドネシアでは、自助に委ねられている部分が多くて、労働者やその家族が経済的なリスクに自力で立ち向かわないといけないのだ。同じくらいリスクを嫌っていても、スウェーデン人の方が自由貿易への抵抗が少ないとしても、特段驚くようなことでもないだろう。

自由貿易に反対する理由は、人それぞれだろう。例えば、我々が利用したサーベイデータによると、経済とは関係のない理由だったり愛国主義的な理由だったりを根拠にして、海外との経済的な結びつきが強まることに反対する人もいる。ヨーロッパに話を限定すると、親ヨーロッパ的な感情と、自由貿易に対する好意的な感情との間には、明確なつながり(正の相関)があることが見出されている。ヨーロッパが統合されるまでの歴史を顧みたら、それほど驚くような結果でもないだろう。ともあれ、豊かな国々の政府は、経済的なリスクの高まりに備える政策を導入することによって、自由貿易に対する世間の支持を取り付けることができるのだ。市場が開放されるのに伴って労働者やその家族に過度のリスクが押し付けられないように保証する政策を導入すれば、自由貿易に対する世間の支持を取り付けることができるのだ。そうなることは、貧しい国々が輸出を通じて成長を続けるためにも不可欠なのだ。

References

References
1 原注;World Values Survey, 1995-1997. 詳しくは、以下のリンクを参照されたい。http://www.worldvaluessurvey.org/
2 原注;Rodrik, D., 1998. “Why Do More Open Economies Have Bigger Governments?”, Journal of Political Economy 106, pp. 997-1032.
3 原注;Huberman, M. and W. Lewchuk, 2003. “European Economic Integration and the Labour Compact, 1850-1913”, European Review of Economic History 7, pp. 3-41.
4 原注;A.M. Mayda, K.H. O’Rourke and R. Sinnott, 2007. “Risk, Government and Globalization: International Survey Evidence”.
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