タイラー・コーエン 「家電もチーズも作る会社」(2003年11月28日)/「チーズの経済学 ~自由貿易に備わる見過ごされがちな恩恵~」(2003年12月5日)

●Tyler Cowen, “Corporations and cheeses”(Marginal Revolution, November 28, 2003)


「どうして『メイタグ・チーズ』っていう名前なんだろう?」と不思議に思ったことはないだろうか? 食器洗い機とか洗濯機とかを製造している家電メーカーで同じ名前の会社――メイタグ社――があるような・・・って思ったことはないだろうか? そうなのだ。両者には密接なつながりがあるのだ。

メイタグ・ブルーチーズ:場所は、アイオワ州中央部。波打つ丘に囲まれるようにして、メイタグ社の家電工場が建っている。その工場の近くを走る道を先に進むと、角のあたりにメイタグ・ファーム(牧場)がその姿を現す。メイタグ・ブルーチーズ(Maytag Blue)を筆頭に各種のチーズがここで作られている。「おやっ?」と思われたかもしれないが、メイタグ社とメイタグ・ファームは関わりがある。メイタグ社は、洗濯機を製造する会社として出発した。創業者の息子にあたるフリッツ・メイタグ(Fritz Maytag)氏は、単に跡を継ぐだけではなく、新しく事を起こした起業家としても歴史に名を残したいと考えた。そこで、フリッツ氏は、アメリカ産のおいしいブルーチーズを作ろうと思い立ち、アイオワ州立大学に籍を置く科学者たちの協力を仰いだ。第二次世界大戦が始まる直前のことである。ヨーロッパ産のブルーチーズをお手本に試行錯誤を重ねた末に、アメリカで初めて牧場で高品質のチーズを作るのに成功。今ではどうなっているかというと、メイタグ・ファームは、メイタグ社から独立した別組織になっていて、原料となる牛乳も(自らの手で育てた牛から搾り取るのではなく)地元の酪農協同組合から調達するようになっている。昔と今とでは変わったところもあるが、昔のままのところもある。メイタグ・チーズは、1930年代と同じように、今でもひとつひとつ手作りされているのだ。アメリカ国内で牧場産のチーズに対する関心が高まると、メイタグ・ブルーチーズの人気に火がついた。舌にピリッとくる刺激が持ち味のこの類稀(たぐいまれ)なブルーチーズの人気たるや相当なもので、全米各地のどのメニュー表を開いても載っている。その素晴らしい風味に加えて、しっとりとしていながら噛むとすぐに砕ける柔らかさ。そして、レモンを思わせる後味。世界を代表するブルーチーズの一つ、それがメイタグ・ブルーチーズである。

メイタグ・ブルーチーズのおいしい食べ方は、こちらを参考にするといい。シンプルに、リンゴに塗って食べちゃうのもありだろう。

メイタグ・チーズの沿革に話を戻すと、どこにも文句のつけようがないように思える・・・よね? 残念ながら、政府による補助金が絡んでくるのだ。乳製品の価格支持制度に対してリバタリアンが批判を加えているこちらの記事をご覧いただきたい。

ケヴィン・マクニュー(Kevin McNew)がケイトー研究所発行の『Policy Analysis』(1999年12月1日付)の中で指摘しているように、アメリカの納税者は、連邦政府が所管する各種の価格支持制度を通じて、国内の酪農家たちに1995年だけでも合計で80億ドルもの補助金を支払っている計算になるという。・・・(略)・・・「乳製品の価格支持制度が納税者に課している費用で、一家に一頭の乳牛を買い与えることだってできたでしょう」。

乳製品の価格支持制度を通じて生み出された補助金の一部が、家電メーカーにもわたっていたとは思いもよらなかった。そのことを正当化できそうな理由を探そうとしても、私には思い付けそうにない。

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●Tyler Cowen, “The economics of cheese”(Marginal Revolution, December 5, 2003)


自由貿易は、国家の繁栄を支えるだけじゃない。グルメな食生活も支えてくれるのだ。カマンベールチーズの歴史を扱った本への簡潔ながら的を射たコメント(書評)の一部を引用しておこう。

50年前には、いや25年前でも、世界都市のどこかか産地のすぐそばかに住んでいない限りは、生のカマンベールチーズ――あるいは、ゴールドラベルのバルサミコ酢だとか、自家農園産のエキストラバージンオリーブオイル(イタリアのトスカーナ産)だとか、(フランスの)バイヨンヌ産の生ハムだとか、オルティス社製のアンチョビの缶詰だとか、ニース風オリーブだとか――を手に入れるのは不可能・・・とは言わないまでも、非常に難しかった。今では、異国の特産品も選り取り見取り(よりどりみどり)で手に入れることができる。インターネット、(物流大手の)FedEx、フードライター(と彼らの著書を出版するグローバル企業)のおかげで、かつてのローカル品が今やグローバルな存在になったのだ。

マーケットが拡がったのは、「遠くのローカル品」 [1] 訳注;異国のごく限られた一部の地域でしか作られていない特産品。だけにとどまらない。「近くのローカル品」 [2] 訳注;自国内のごく限られた一部の地域でしか作られていない特産品。に対する欲求もこれまでにないほど満たされるようになっているのだ。イギリスやアメリカでは、地方の農産物のマーケットがこれまでにないほど賑わっている。「食のソムリエ」(“forager”)――高級レストランのために、地方の農家を渡り歩いて高品質の食材を探し当てるのを使命とする人たち――も職業として制度化されるに至っている。科学的な手法を駆使したワイン造りの台頭によって劣勢に追いやられていたカリフォリニアのワイン業者も息を吹き返しつつある。アメリカ国内にあって、おいしい料理を出す店と評判の方々(ほうぼう)の軽食堂では、納得の味の(カリフォルニア州)ソノマ郡産のシェーブルチーズ(ヤギの乳で作ったチーズ)や、サイプレス・グローブ社製のハンボルト・フォグ――世界最高峰のセミソフト(成熟期間が短めの)シェーブルチーズとの呼び声も高い――を目玉とするチーズの盛り合わせがメニューにでかでかと掲げられるようになっている。世界中でスローフード運動が広がっており、それもまたローカル品や季節品の復活を後押しする追い風になっている。

全文はこちら。はじめから終わりまで興味深い指摘が目白押しだ。メイタグ・チーズの起源を紹介したこちらのエントリーや、地中探査レーザー(GPR)を使ってワインの品質を高めようとする試み――科学的な手法を駆使したワイン造りの一例――を紹介したこちらのエントリーもあわせて参照されたい。

私がヨーロッパを初めて訪れたのは、1980年代初頭に遡る。その当時は、ヨーロッパのあちこちで出くわす食材の質の高さにビックリさせられっ放しだった。しかしながら、食材の質に関しては、アメリカもヨーロッパに急速な勢いで追いついてきているようだ。次なる一歩として、乳製品の価格支持制度で保証されている最低価格なり、海外産のチーズに対する関税なりを引き下げるだけでなく、生乳(殺菌処理されてないミルク)を使ったチーズの輸入自由化にも踏み切るべきだというのが私の考えだ。ヒラリー・クリントンが目指している方向とは真逆に進めというわけだ。

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1 訳注;異国のごく限られた一部の地域でしか作られていない特産品。
2 訳注;自国内のごく限られた一部の地域でしか作られていない特産品。
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