タイラー・コーエンの考え〔拙訳はこちら〕によると、不況の最中に物々交換が流行っているのは、粘着賃金モデルにとって不利な証拠ということらしい。
こういう試みに伴う興味深い側面の一つは、不況の原因を賃金や価格の「粘着性」に求める説を相対化してくれるところだ。物々交換をしたり並行通貨を受け入れたりするのは、価格差別の一種と言える。モノで支払ってもらう(あるいは、何らかのお返しをしてもらう)のと引き換えに、商品を割引価格で売っているようなものなのだ。そのようにして、売れる量を増やそうとしているのだ。お返しをしてもらうのと引き換えに、価格や賃金を引き下げているようなものなのだ。物々交換が流行ったり並行通貨が受け入れられたりするのは、売れる量を増やせるのであれば価格や賃金を引き下げたって構わないと猛(たけ)り立っている売り手(商品の売り手/労働の売り手)が少なくとも一部はいることの証拠なのだ。
コーエンのエントリーで紹介されているように、(不況の最中にある)スペインで物々交換が流行っているらしいが、そのことは粘着賃金モデルを支持する強力な証拠というのが私の考えだ。粘着賃金モデルによると、(長期にわたる契約のせいなのか、貨幣錯覚のせいなのかで)名目賃金が均衡値を上回る水準に高止まりしてしまう可能性がある。労働者はもっと働いて増産に貢献したいと思っているし、仮に増産されたらその分を買いたいと思っている人(消費者)もいるのに、賃金が粘着的なせいで(名目賃金が均衡値を上回る水準に高止まりしたままのせいで)取引が成立しない可能性があるのだ。そのうち業を煮やして通常の労働市場から退出して、物々交換のかたちでお互いの得になる取引を実現しようと試みる労働者も出てくることだろう。まさにこれこそがスペインで起こっている現象のように思われるのだ。残念ながら、物々交換というインフォーマルなかたちで働くというのは、通常の労働市場を経由して働くのと比べると、技術的な効率性の面で格段に劣る(お互いが得をする取引が実現されるという意味では効率的かもしれないが)。すなわち、通常の労働市場を経由して働くのと比べると、得られる対価が格段に少ないのだ。物々交換は、「問題を解決する」わけではなく、不況の悪質性を若干和らげるに過ぎないのだ。
さらに、コーエンは次のようにも述べている。
不況の背後にある何らかの問題をどうにか解決しようとして、物々交換が流行ったり並行通貨が登場したりしていると考えられるが、その問題――物々交換の流行や並行通貨の登場によってその重要性が浮き彫りになる問題――とは一体何なのだろうか? 一つ目は、信用市場の機能不全である。物々交換にしても並行通貨にしても、鈍ってしまっている金融仲介機能の代わりを務めようとしているのだ。
私なら、(信用市場の機能不全ではなく)労働市場の機能不全が問題って述べるだろう。物々交換にしても並行通貨にしても、機能不全に陥っている労働市場の代わりを務めようとしているのだ。
〔原文:“Does barter provide evidence against the sticky wage model?”(TheMoneyIllusion, September 13, 2012)〕