タイラー・コーエン 「代金を三重に払う術」(2014年5月21日)

代金を三重に払っているかのように感じるにはどうすればいいかは、もう知っている。反対に、一回の支払いで複数買いしているかのように感じるにはどうすればいいのだろう? そのための格好の術というのはあるんだろうか?
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パリに向かうために家を出る直前にタンスの引き出しを確認したら、予想外の発見をした。ユーロのへそくりを見つけたのだ。よし、これだけあったら何日かタダで食事ができるぞ、とふと思った。乾燥したゴートチーズ一切れに8ユーロ払うのも贅沢じゃなく思えてきて、これからの旅の前途が明るくなったように感じた。

ポケットにユーロを突っ込んで――あるいは、突っ込んだと思って――家を後にすると、タクシーを拾った。ワシントン・ダレス国際空港に到着して代金を払うと、運転手が満面の笑みを浮かべて次のように語った。「立派なチップをいただいて、誠にありがとうございます」 。どこの訛りかははっきりとはわからなかったが、とにかく訛りのある話し方だった。

30分後に空港でふと思った。私が払ったチップは、そんなに多くなかったはずだ。あの運転手は、一体何に対してあんなにも恭(うやうや)しく感謝したんだろう? そして、突然気付いた。ポケットにユーロがないのだ。タクシーの中に落としたに違いない。リアウインドウを閉じるために、後ろを振り向いた時だ(電話がかかってきたのだ。相手の声がよく聞こえるように、リアウインドウを閉じたのだ)。おそらくあの時に落としてしまったのだろう。なるほど。あの運転手が言っていた「立派なチップ」っていうのは、あれのことか。確かに立派に違いない。

何となく(意図せずして)善い行いをしたような気にもなったが、恥ずかしくもあり腹立たしくもあった。いや、落としたお金が惜しいんじゃない。あれくらいの損ならどうにかなるが、自分のことが頼りなく思えてきたのだ。今後、どんなヘマをしでかすかわかったもんじゃない(あの運転手は、どんなつもりであんな発言をしたんだろう? あれだけの立派でたっぷりのチップをこっそり頂いていいものかどうか気が引けて、私から許可を得るつもりであんな発言をしたんだろうか? おそらくは、後々厄介なことになるのを避けるために、チップに言及しておく必要性を感じたのだろう)。

フランスに到着するや、パリにあるATMでお金(ユーロ)をおろさなければならなかった。落としたのと同額のユーロを。お金を使うたびに、代金を二重に払っているかのように感じたものだ。何かを買うたびに、タクシーに落としたユーロのことが思い出されるだけでなく、財布からユーロを出してお会計をしなければならなかったのだ。 ゴートチーズを買っているのに、ダイヤモンドを買っているかのように感じられた。意図せずではあったが善い行いをしたんだから、何かいいことでも起きてくれと心から望んだ。

しばらくして、真相が明らかになった。妻のナターシャが言うには、大量のユーロがキッチンカウンターの上に乗っかっていたというのだ。そうなのだ。落としたんじゃない。置き忘れてきたのだ。

そうと知ってホッとしたかというと、そんなことはなかった。むしろ、さらに嫌な気持ちになった。あんなにオロオロしなくちゃいけなかったのは、何だったんだ? あんなに心がかき乱されなくちゃいけなかったのは、何だったんだ? 自分のことが頼りなく感じられたのは、何だったんだ?  何よりも悪いことには、あれだけのユーロを置き忘れてきたせいで、パリでタダで食事を満喫する機会を逸してしまったのだ!

ゴートチーズの値段が3倍になったかのように思えてきた。

次回の旅でユーロを使う機会があれば、どう感じるだろう?

代金を三重に払っているかのように感じるにはどうすればいいかは、もう知っている。反対に、一回の支払いで複数買いしているかのように感じるにはどうすればいいのだろう? そのための格好の術というのはあるんだろうか?

追記:今朝になって知ったのだが、あのユーロ(キッチンカウンターの上に置き忘れてきたユーロ)は、ナターシャが使ってしまったらしい。


〔原文:“How many times can you lose a bundle of euros?”(Marginal Revolution, May 21, 2014)〕

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